風の市兵衛

本書『風の市兵衛』は、『風の市兵衛シリーズ』の第一作目で、算盤を片手にした渡り用人という珍しい職業の侍を主人公にした痛快時代小説です。

主人公の見た目は優男ですが、独学で習得した剣の腕は相当なもので、痛快小説の主人公として魅力的なキャラクターであり、テレビドラマ化もされた人気シリーズになっています。

柳原堤下で、武家の心中死体が発見された。旗本にあるまじき不祥事に、遺された妻と幼い息子は窮地に陥る。そこにさすらいの渡り用人唐木市兵衛が雇われた。算盤を片手に家財を調べる飄々とした武士に彼らは不審を抱くが、次第に魅了される。やがて新たな借財が判明するや、市兵衛に不穏な影が迫る。心中に隠されていた奸計とは?“風の剣”を揮う市兵衛に瞠目。(「BOOK」データベースより)

 

主人が「相対死(あいたいじに)という武士にあるまじき不祥事」で死んだ三河以来の旧家の高松家に一人の侍が渡り用人として雇われることになります。

名を唐木市兵衛といい、算盤を片手に雇われ先の家計を預かるのを仕事としています。この唐木市兵衛が高松家の借金の現状を調べていく中、様々に不審な事柄が明らかになっていくのです。

 

近年の時代小説は主人公の職業が独特なものが設定されていると感じます。数多くの書き手の中から何とか独自性を出していかなければならないのですから、作家さんも大変でしょう。

簡単に思いつく作品を二、三挙げると、田牧大和には『とんずら屋シリーズ』の「夜逃げ屋」、『からくりシリーズ』の「女錠前職人」などの職業の作品があり、水田勁の『紀之屋玉吉残夢録シリーズ』には「幇間」が主人公の作品があります。

 

 

また、多数の作品がある同心ものの中でも、梶よう子の『御薬園同心 水上草介シリーズ』や『宝の山 商い同心お調べ帖』では小石川御薬園の同心や諸式調掛方同心などと、同じ「同心」でも工夫を凝らしてあるのです。

 

 

本書『風の市兵衛』の場合、「渡り用人」という珍しい職業の主人公が算盤を使いこなし、高松家の収入を知行地の石高から即座に計算し、支出も諸経費等を積み上げていく様は、当時の生活も垣間見えてトリビア的な面白さもあります。

更には本書の主人公唐木市兵衛は剣の使い手でもあります。関西での放蕩時代に剣を学び、「風の剣」の使い手として名を馳せたらしいのです。

という設定である以上は、剣の上での敵役も勿論設けてあり、異国の剣の使い手が配置されていて、剣戟の場面も少しですがあります。

 

更に、唐木市兵衛の過去が明らかになるにつれ、幕府内で力のある後ろ盾や、いざというときに力になり得る仲間が現れたり、物語の冒頭から登場する少々ひねた性格の腕利き同心渋井鬼三次が絡んだりと、エンターテインメント小説としての、定番と言えるであろう要素は十二分に配してあります。

よく練られていて破綻の無い筋立てと、十分に書き込まれている主人公、それを助ける助っ人の設定と、面白い時代劇小説の要素を全部持っていると言えるのではないでしょうか。

 

2010年に刊行された本書『風の市兵衛』を第一巻とするこのシリーズも、2017年までに全20巻が刊行され、2018年からは新シリーズ『風の市兵衛 弐』が刊行されている人気シリーズとなっています。

更には2018年5月にはNHK総合テレビの「土曜時代ドラマ」で、向井理を主演としてドラマ化されており、こちらも人気を得ているようです。

風の市兵衛シリーズ

風の市兵衛シリーズ』とは

 

本『風の市兵衛シリーズ』は「渡り用人」という期間を区切って雇われ、家政のやりくりを行う侍を主人公賭する、痛快活劇小説シリーズです。

優男の主人公が意外にも剣の遣い手であり、様々な難題を解決していくという面白いシリーズです。

 

風の市兵衛シリーズ』の作品

 

 

風の市兵衛シリーズ』について

 

本『風の市兵衛シリーズ』では「渡り用人」というはじめて聞いた職業が登場します。

用人」とは、身分等により職務の内容も異なるようですが、旗本等では「金銭の出納や雑事などの家政をつかさどった者」を言い、また「渡り」とは、「渡り中間」などで使われているように、期間を区切って雇われる者を意味しているようです。

通常は家臣として用人がいる筈ですが、武士の世界もひっ迫していて用人を置く余裕もないのでしょう。そこで、業務の経費削減のために外部委託が行われることになったのでしょうか。

その前に、そもそもこうした職業が実在したのか簡単に調べたのですが分かりませんでした。

ただ、藤原緋沙子の作品に『渡り用人片桐弦一郎控』というシリーズがあり、他に岡本綺堂の『半七捕物帳』にも出てきたりするところを見ると、本当にあった職業なのかもしれません。『半七捕物帳 01 お文の魂』は Amazon の Kindle 版から無料版もあるようです。

 

 

加えて主人公は剣の使い手でもあり、幕府内のそれなりの力のある後ろ盾がいたり、仲間とも呼べそうな同心がいたりと、痛快時代劇の要素を十分に備えています。

勿論、そうしたエンターテインメントの要素を生かしきるだけの筆力も感じられます。テンポよく読んでいくことができるのです。

ともあれ、唐木市兵衛という「渡り用人」が武家やお店などの様々な依頼に応じてその職務をこなしながら、依頼にまつわる事件を解決していくという物語です。

幕府内の後ろ盾として、十人目付の筆頭支配役である片岡信正という腹違いの兄がおり、信正配下の返弥陀ノ介という男が市兵衛の深い信頼で結ばれている友人として登場しています。

また、市兵衛が仕事探しで世話になっているのが口入屋の矢藤太で、この男は市兵衛の京都時代からの知り合いです。

市井の市兵衛の友人の一人として、北町奉行定町廻り方同心の渋井鬼三次がおり、手下の助弥と共に何かと市兵衛の手助けをしています。

この三人に、医者の柳井宗秀を加えた面々が集まるのが深川にある深川堀川町にある一膳飯屋の「喜楽亭」で、そこの亭主はただおやじと呼ばれています。

ただ、本シリーズも『風の市兵衛 弐』になると、市兵衛も住まいを移しており、「喜楽亭」も無くなっています。

代わりに「蛤屋」という小奇麗な二階屋が舞台となり、集まる面々も、南町奉行所臨時廻り方掛同心宍戸梅吉やその使いの紺屋町の文六親分、そしてその手下である鬼渋の息子の良一郎と変化していきます。

 

まあ、渡り用人とは言っても、結局はスーパーヒーローの活躍する痛快活劇時代小説であることには違いは無いのですが、その面白さは近頃のベストではないでしょうか。

野口卓の『軍鶏侍シリーズ』に並ぶほどの面白い小説でしょう。十分に期待に添えるシリーズと言えると思います。

 

 

シリーズも二十巻を越えた二十一巻目(作品としては十九作目)には、『風の市兵衛 弐』とシリーズ名に「弐」の文字が付いています。これは、このシリーズも新たな展開を見せると期待していいのでしょう。

 

ちなみに、2018年5月19日(土)から、NHKの土曜時代ドラマで「そろばん侍 風の市兵衛」が放映されました。

そろばん侍 風の市兵衛 | NHK 土曜時代ドラマ 参照

向井理主演で渋井鬼三次を原田泰造、返弥陀ノ介を加治将樹、青を山本千尋が演じています。

私は殆どドラマを見ないのですが、原作にこれだけ入れ込んでいるのだからと一話だけ見たところ、私の好みとは違ったようです。。

ちなみに、2022年9月27日現在では、NHKオンデマンドの案内はあっても、DVDは出ていないようです。

 

土漠の花

本書『土漠の花』は、ソマリアに赴任している陸上自衛隊員を主人公とした長編のアクション小説で、日本推理作家協会賞を受賞した作品です。

重厚で存在感のある『龍機兵シリーズ』に比べ、よりエンターテインメントに徹した感のある、読みやすいアクション小説として仕上がっている。

 

ソマリアの国境付近で活動する陸上自衛隊第一空挺団の精鋭達。そこに命を狙われている女性が駆け込んだ時、自衛官達の命を賭けた戦闘が始まった。一人の女性を守ることは自分達の誇りを取り戻すことでもあった。極限状況での男達の確執と友情。次々と試練が降りかかる中、生きて帰ることはできるか?一気読み必至の日本推理作家協会賞受賞作!(「BOOK」データベースより)

 

本書が『龍機兵シリーズ』よりもエンターテインメント性が強いとはいっても、社会性が無いというわけではありません。

逆に、より現実に即した物語という意味では抱えるテーマは大きいかもしれません。

 

本書『土漠の花』の舞台となるソマリア及びジブチは、アフリカの東端に位置し、アラビア海に突き出した形状の半島の沿岸を占めています。

ソマリア(正式にはソマリア連邦共和国)は近年海賊の出没が問題となっていて、各国がその対策に苦慮している地域です。

本書の自衛隊も日本の船舶の護衛のために派遣されているのです。

 

本書で描かれている物語は、上記の海賊とは関係のない、内陸部で起きた自衛隊への襲撃事件についての話です。

フィクションではありますが、前述のように、本書『土漠の花』の提起する問題は大きいものがあります。

自衛隊員が事実上の軍隊、軍人として、外国で、外国の人間に対し現実に発砲するという事実がいかに大きなことであるか。

自衛隊員として他国の軍勢に対して発砲することが、国内的に、また国際的にさまざまな問題を巻き起こすであろうことは素人でも分かります。本書でも少しですが触れられています。

しかし、本書ではそれよりも、ひとりの人間として人を殺すことへの葛藤や、指揮官としての苦悩など、人間としての側面に焦点が当てられています。

「自衛隊というよりは人間として戦わざるをえない」状況だと、これは著者本人の言葉です。

 

残念なのは、本書『土漠の花』でのそうした問題への掘り下げがあまり深くは感じられないことです。それよりも、戦闘行為の描写に興味が移ってしまいます。

著者は多分、意識的に人間の内面の深みにまで踏み込むことを避けられたのではないでしょうか。

実際、インタビュー記事を読むと「現代社会のリアルな国際情勢を背景にしたエンタメの復権」などと著者本人が語られていたので、案外的外れでも無かったと思ったものです。

 

そういう「問題提起」という意味では、安生正の『ゼロの迎撃』の方が鋭かったかもしれません。

 

 

日本の都市部でのテロリストへの反撃行為自体の持つ法律的な問題点に対する掘り下げや、分析官である主人公の自分のミスに対する煩悶など、本書よりも緻密であったと思います。

この提起されている問題に対する関わりの浅さが残念ながら物足りなく思ってしまいました。でも、アクション小説としての面白さは十分なものがあります。そう割り切ってしまえば、かなり面白い物語でしょう。

機龍警察 未亡旅団

機龍警察 未亡旅団』とは

 

本書『機龍警察 未亡旅団』は、『機龍警察シリーズ』第四弾の長編のアクション警察小説です。

前巻まで三人の龍機兵の操縦者たちの過去が語られてきました。今回は城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補の話です。

 

機龍警察 未亡旅団』の簡単なあらすじ

 

チェチェン紛争で家族を失った女だけのテロ組織『黒い未亡人』が日本に潜入した。公安部と合同で捜査に当たる特捜部は、未成年による自爆テロをも辞さぬ彼女達の戦法に翻弄される。一方、特捜部の城木理事官は実の兄・宗方亮太郎議員にある疑念を抱くが、それは政界と警察全体を揺るがす悪夢につながっていた―世界のエンタテインメントに新たな地平を拓く“至近未来”警察小説、衝撃と愛憎の第4弾。(「BOOK」データベースより)

 

ある密売取引の現場を急襲した神奈川県警は、バイヤーである不法入国者グループを逮捕しました。

ところが、若い女性ばかりのそのバイヤーのうちの数人が包囲陣にむかって駆け出し、周りを巻き込んで自爆してしまいます。

凄惨な現場には倒壊した車両や炎上する家屋が残されたのみで、残る六人の女性の姿はどこにもありませんでした。

 

機龍警察 未亡旅団』の感想

 

本書『機龍警察 未亡旅団』はこれまでの作品と異なり、城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補の話が語られてはいます。

しかし、現在進行している事件、それも未成年らによる戦闘行為がメインのテーマだとの印象があります。

テロ行為そのものが許されないことは勿論なのですが、加えて「児童を徴集、あるいは誘拐して兵士に仕立て上げ」られている現実、「最も安価で効果的な戦力増加方法」だとして未成年者が戦闘員として闘っているという現実に対する問題提起がなされています。

 

より詳しく言うと、本書『未亡旅団』ではチェチェン紛争という現実を詳細に描写し、テロルの実行犯側の論理をも展開しています。

私達はチェチェン紛争のそうした現実を知りません。描かれている紛争の裏側がどこまで事実なのかは分かりませんが、似たようなことは現実に行われているのでしょう。

本書『未亡旅団』でテロリストとして描かれているのは、チェチェン紛争で夫や家族を失った女性たちだけからなる組織である「黒い未亡人」と呼ばれる組織で、実在の組織だそうです。

こうした組織が現実に存在し、テロ行為を行っているのが現実の世界であるということが目の前に示されるのです。

未成年者や、夫や家族を失った女性たちがテロリストとして闘っているという実際の世界の現実がテーマなので、話は重く、決して痛快活劇ではありません。

 

しかし、作者の筆力はそうした重みをも弾き飛ばす勢いで展開します。アクション小説としての面白さはこれまでにも増しています。

更には警察内部の反特捜部勢力である「敵」との戦いも、より熾烈でサスペンスフルなものになってきています。

 

付け加えますと、物語が内包している龍機兵そのものにまつわる謎や、秘密のかたまりのような沖津旬一郎特捜部長の背景についてはまだ何も語られてはいません。

まだまだ解き明かされるべき謎は山積しているのです。今後の展開が楽しみな作品です。

機龍警察 暗黒市場

本書『機龍警察 暗黒市場』は、『機龍警察シリーズ[完全版]』第三弾の長編のアクション警察小説です。

前巻の『機龍警察 自爆条項』ではライザ・ラードナーの過去が語られましたが、今回はユーリ・オズノフが中心とななっています。

 

警視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ元警部は、旧知のロシアン・マフィアと組んで武器密売に手を染める。一方、市場に流出した新型機甲兵装が“龍機兵”の同型機ではとの疑念を抱く沖津特捜部長は、ブラックマーケット壊滅作戦に着手した。ロシアの歴史と腐敗が生んだ最悪の犯罪社会に特捜部はどう立ち向かうのか。吉川英治文学新人賞に輝く世界標準の大河警察小説。警察官の魂の遍歴を描く、白熱と興奮の第3弾。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

日本のどこかでロシアン・マフィアによる武器密売市場が開かれようとしている。大物マフィアのゾロトフと組んだユーリは、バイヤーとして参加を許された。その背後で展開する日本警察と密売業者との熾烈な攻防。渦中のユーリは自分とゾロトフとの因縁の裏に、ロシアの負う底知れぬ罪業が隠されていたことを知る。時を超えて甦るモスクワ民警刑事の誇り―至高の大河警察小説、運命の影と灯火の第3弾。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

武器密売の国際的ブラックマーケットを内偵中であった警視庁組織犯罪対策部の安藤巡査部長が、その死と引き換えに、日本で新型機甲兵装のマーケットが開かれるらしいとの情報をもたらした。

当然、警視庁特捜部が乗り出すことになるが、何故かユーリ・オズノフ元警部は契約解除になっていて、残りの二体で対処することになるのだった。

 

本書『機龍警察 暗黒市場』前半で語られるユーリ・オズノフの物語とは、モスクワ第九十一民警分署刑事捜査分隊操作第一班の物語です。

この班は、腐敗したロシア警察の中でも清廉さを謳われて「最も痩せた犬達」と呼ばれた警察という職務に忠実であろうとする男達で構成されていました。

誰からも慕われた警察官の父を持つユーリにとって、この職場は天命とも言える職場であり、警察官としての自分を最大に生かせる職場でもありました。その職場で起きた悲劇、それが現在まで続いているのです。

後半は現在の日本に戻り、ブラックマーケット壊滅作戦が語られます。この描写は相変わらずに十分な迫力を持って読者に迫ってきます。

少々出来過ぎな感じがしないでもありませんが、そうした思いを越えた迫力で物語は展開されるのです。

 

十分に練られたストーリーは綿密に計算された人物造形と併せて物語に深みと厚みを感じさせてくれます。

ただ、これまでの三作の中では一番感傷的な物語とも言え、その点が弱点と思う人もいるかもしれません。

 

しかしながら、物語はそうした疑問点をものともしない筆致で進みます。

SF的な設定は単に一つの道具として考えれば、この手の物語が苦手な人でも十分面白いと思ってもらえるでしょう。それほどに力強く、面白い物語です。

機龍警察 自爆条項〔完全版〕

機龍警察 自爆条項〔完全版〕』とは

 

本書『機龍警察 自爆条項〔完全版〕』は、『機龍警察シリーズ[完全版]』第二弾の長編のアクション警察小説です。

第一巻『機龍警察』よりも力強さの増した重厚な物語で、日本SF大賞を受賞しているほどにその面白さが増していると言える小説です。

 

機龍警察 自爆条項〔完全版〕』の簡単なあらすじ

 

軍用有人兵器・機甲兵装の密輸事案を捜査する警視庁特捜部は、北アイルランドのテロ組織IRFによるイギリス高官暗殺計画を掴んだ。だが、不可解な捜査中止命令がくだる。首相官邸、警察庁、外務省に加えて中国黒社会との暗闘の果てに、特捜部が契約する“傭兵”ライザ・ラードナー警部の凄絶な過去が浮かび上がる!極限までに進化した、今世紀最高峰の警察小説シリーズ第二作が、大幅に加筆された完全版として登場。( 上巻 :「BOOK」データベースより)

ライザ・ラードナー、警視庁特捜部付警部にして、元テロリスト。自らの犯した罪ゆえに、彼女は祖国を離れ、永遠の裏切り者となった。英国高官暗殺と同時に彼女の処刑を狙うIRFには“第三の目的”があるという。特捜部の必死の捜査も虚しく、国家を越える憎悪の闇が見せる最後の顔。自縄自縛の運命の罠にライザはあえてその身を投じる…過去と現在の怨念が狂おしく交錯する“至近未来”の警察小説第二弾。( 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

横浜港大黒埠頭で作業中の男は、職務質問をかけられた鶴見署の刑事らを軽機関銃で射殺し、完成形態の機甲兵装(通称キモノ)が格納されていたコンテナ船に閉じこもった末に自殺してしまう。

そこで、日本国内での大規模なテロの可能性があるとして、警視庁特捜部がその捜査を担当することとなった。

 

自爆条項〔完全版〕』について

 

まず、本書は〔完全版〕と銘打たれています。

私は従来の版しか読んでいないので、このサイトは正確には間違っていることになりますが、書籍としては最新のものを表示したいので、表記およびリンクは〔完全版〕を表示しています。

作者の当初の思惑とは異なって、かなりの大河小説になってきているので最初の第一弾『機龍警察』そして第二弾の本書『機龍警察 自爆条項』を〔完全版〕として加筆修正されたものでしょう。

なお、作者月村了衛の「オフィシャル・ガイド」によれば、「〔完全版〕は第2弾の『自爆条項』までで、今後『暗黒市場〔完全版〕』などは出ません。」と明記してあります。

 

機龍警察 自爆条項〔完全版〕』の感想

 

本書『機龍警察 自爆条項〔完全版〕』では本筋の警察とテロリストとの対決という流れのほかに、龍機兵の操縦者の一人であるライザ・ラードナーの過去が語られます。文庫本で上下二巻という長い小説の半分はライザ・ラードナーの物語です。

そして、そのライザの過去と本筋の物語とが交錯し、IRAの歴史が現代のテロ行為へとつながってくるのです。

 

本書『機龍警察 自爆条項〔完全版〕』では物語の背景がかなり明らかになります。

まずは、悲惨という言葉では語りつくすことのできない過去を持つライザが何故にIRAから離脱したのか、また彼女が自らの命を絶てないのは何故か、といった疑問への回答が語られます。

また、「龍機兵」の操縦者が警察外部から選ばれ、警察官の中から選ばれない理由も示されます。

そして、イギリスでのテロに巻き込まれ命を落とさざるを得なかった家族を持つ鈴石緑技術主任とライザの関係も明らかになるのです。

 

本書『機龍警察 自爆条項〔完全版〕』は第一作目に比して更に骨太になっているという印象があります。

シリーズものは二作目になると少しなりとも文章の迫力なり構成なりが落ちることが多いのですが、本書は、より緻密に練り上げられている印象すら受けるのです。

相変わらず情緒過多とも言えそうな文章ですが、別に違和感を感じるほどではありません。

 

本書の半分はライザの物語だと書きましたが、ライザの話は常に悲惨です。不運をまとわりつかせて生きる女であり、そうしてしか生きていけない女でもあります。

反面、終盤近くのアクションシーンは一気にたたみ掛けてきて、本を置くことができません。映像的ですらあります。

私がSF好きでコミック好きであるために、本書のような作品はより好みなのでしょうが、アクション小説が好みであれば是非一読してもらいたい小説です。

 

ちなみに、本書は〔完全版〕と銘打たれています。

私は従来の版しか読んでいないので、このサイトは正確には間違っていることになりますが、書籍としては最新のものを表示したいので、表記およびリンクは〔完全版〕を表示しています。

作者の当初の思惑とは異なって、かなりの大河小説になってきているので最初の第一弾『』そして第二弾の本書『機龍警察 自爆条項』を〔完全版〕として加筆修正されたものでしょう。

なお、作者月村了衛の「オフィシャル・ガイド」によれば、「〔完全版〕は第2弾の『自爆条項』までで、今後『暗黒市場〔完全版〕』などは出ません。」と明記してあります。

機龍警察〔完全版〕

機龍警察〔完全版〕』とは

 

本書『機龍警察』は『機龍警察シリーズ』第一弾の作品で、文庫版で400頁の、現代日本を舞台にした異色の長編警察小説です。

SFのようでありアクションも満載の、それでいて舞台背景も丁寧に書き込まれている、面白さ満載の小説でした。

 

機龍警察〔完全版〕』の簡単なあらすじ

 

テロや民族紛争の激化に伴い発達した近接戦闘兵器・機甲兵装。新型機“龍機兵”を導入した警視庁特捜部は、その搭乗員として三人の傭兵と契約した。警察組織内で孤立しつつも、彼らは機甲兵装による立て篭もり現場へ出動する。だが事件の背後には想像を絶する巨大な闇が広がっていた…日本SF大賞&吉川英治文学新人賞受賞の“至近未来”警察小説シリーズ開幕!第一作を徹底加筆した完全版。(「BOOK」データベースより)

 

警視庁の通信指令室より指令を受けた巡回中のパトカーが現場に駆け付けると、そこで見たものは「キモノ」と称される二足歩行型軍用有人兵器「機甲兵装」だった。

パトカーを一瞬で踏み潰した「機甲兵装」は江東区内を滅茶苦茶に走り回り、多大な人的物的被害をもたらした後、地下鉄有楽町新線の千石駅に停車中の地下鉄車両を人質に立て籠るのだった。

 

自爆条項〔完全版〕』について

 

まず、本書は〔完全版〕と銘打たれています。

私は従来の版しか読んでいないので、このサイトは正確には間違っていることになりますが、書籍としては最新のものを表示したいので、表記およびリンクは〔完全版〕を表示しています。

作者の当初の思惑とは異なって、かなりの大河小説になってきているので最初の第一弾『機龍警察』そして第二弾の本書『機龍警察 自爆条項』を〔完全版〕として加筆修正されたものでしょう。

なお、作者月村了衛の「オフィシャル・ガイド」によれば、「〔完全版〕は第2弾の『自爆条項』までで、今後『暗黒市場〔完全版〕』などは出ません。」と明記してあります。

 

機龍警察〔完全版〕』の感想

 

龍機兵(ドラグーン)」とは、「機甲兵装」つまりはパワードスーツのことです。R・A・ハインラインの『宇宙の戦士』に出てくるパワードスーツがその始まりでしょうか。

より身近なもので言えば、『機動戦士ガンダム』に出てくるモビルスーツがあります。操縦者が乗り込み、その動作が反映される外装装置ということになります。

近時の映画で言えば『パシフィック・リム』があります。しかし、あちらは八十メートル前後の大きさがありますが、本書のそれは三メートル程です。

アニメ『攻殻機動隊』を挙げる人もいるようです。しかし、少々ダークなトーンの側面を見ればそうかもしれませんが、両作品共に世界観が違う、と私は思いました。

 

 

確かに、本書『機龍警察〔完全版〕』の物語の世界観はコミックの『機動警察パトレイバー』(下掲イメージはKindle版)によく似ています。その小説版と言ってもいいかもしれません。

ただ、『機龍警察〔完全版〕』の世界感はより濃密で、登場人物それぞれの性格付けが丁寧に為されており、重厚な小説世界が構築されています。その世界を舞台に展開されるアクションは読みごたえがあり、飽きさせません。

 

 

本書『機龍警察〔完全版〕』の主人公は警視庁内に設けられた「特捜部」ということになるのでしょう。

本『機龍警察シリーズ』では、すくなくともシリーズの序盤では作品毎に物語の進行の中心となるたる人物が異なり、その人物の過去と現在、そしてメインとなる事件、その解決の物語が語られます。

第一作である本書では警察組織の嫌われ者となっている「特捜部」の現在が描かれ、部長の沖津旬一郎警視長や、城木貴彦宮近浩二といった理事官、技術的側面を管理する鈴石緑技術主任などが登場します。

 

しかし、何といっても特徴的なのは「龍機兵」を操縦するのが元傭兵である姿俊之、元ロシア警察官のユーリ・オズノフ、元IRAのテロリストのライザ・ラードナーだということです。

何故この三人なのか、ということも一つの謎であり、シリーズの中で少しずつ明かされていきます。そして、本書ではまず姿俊之を中心として物語が進みます。

 

SF好きな人以外には本書の設定は受け入れにくいかもしれません。でも、そこを少しだけ我慢して読んでもらえれば、内容の濃い物語を楽しめる筈です。

ただ、決して明るい物語ではありません。どちらかと言えば重めの雰囲気ではあります。

しかし、ほかでも書いたように、シリーズ二作目の『機龍警察 自爆条項』は日本SF大賞を、三作目の『機龍警察 暗黒市場』は吉川英治文学新人賞を受賞し、更に「このミステリーがすごい!」でも高評価を得ているのです。

それほどに面白さは保証付きだと思います。

質草破り

訳ありの住人ばかりが集う、通称“烏鷺入長屋”に引っ越した役者の濱次。その家主で質屋のおるいは、筋金入りの“芝居者嫌い”だった。ある日、金を借りに来た三味線弾きの豊路に、おるいは意外な、けれど芝居で大切な役割を担う「あるもの」を質入れしろと言う。濱次シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

濱次シリーズの第二作目です。

 

中二階の女形である主人公の濱次は、それまで住んでいた長屋を追いだされ、通称「烏鷺入長屋」と呼ばれる後家さんが暮らす長屋に移ることになった。家主は「竹屋」という質屋であり、この物語の中心となるのが、そこの男勝りのおるいという女主人だった。

 

江戸時代の質屋では利息が収入源であり、質草も客の心意気や体面といった見栄に関わるものが一般的だった、といいます。

本書冒頭に語られる大工と「竹屋」のおるいとの掛け合いも、質入れされた月代(さかやき)をめぐる揉め事です。月代を質入れすると月代を剃ることはできなくなります。つまりは「恥ずかしさ、ばつの悪さ」と引き換えに質屋は金を貸すのだそうです。

 

この「竹屋」に、森田座の訳ありの三味線弾きが「掛け声」を質に入れます。つまりは、舞台上で三味線の曲の合間の掛け声をかけることができなくなり、事実上三味線を弾けなくなるのです。

しかし、これが騒動を巻き起こします。そこには、前作でも狂言回し的な存在であった奥役の清助が再び絡んできて、同時に、濱次が演じる筈の舞台の配役へも飛び火することになります。

 

本シリーズは芝居小屋が舞台であることから、この作者がもともと持っているリズムの良さが、小粋な舞台設定と相まって実に粋(すい)な色合いを醸し出しています。濱次の師匠の有島仙雀、森田座の座元の森田勘弥といったいつもの人物たちも当然のことながら登場し、物語の脇を固めています。

 

歌舞伎の世界を背景にした物語と言えば、まずは松井今朝子の『花伝書シリーズ』を思い出されます。綿密な考証の上に構築された世界は、格調高く、ミステリーとしての面白さも抜群です。

また、杉本章子の『お狂言師歌吉うきよ暦シリーズ』もあります。下町娘が女歌舞伎の世界で活躍する物語ははなやかで、すぐに物語の世界に引き込まれました。

また、近藤史恵の『猿若町捕物帳シリーズ』も挙げて良いのでしょう。捕物帖ですが第一作目の『巴之丞鹿の子』は歌舞伎の世界が舞台になっています。

どの作品も、粋さを堪能しつつ、人情物語としても、作品によってはミステリー者としても第一級の面白さを持った物語です。

花合せ

江戸の歌舞伎小屋「森田座」の若手役者・梅村濱次は、一座きってのおっとり者。ある日、道端で見知らぬ娘から奇妙な朝顔を預かった。その朝顔が幽霊を呼んだのか、思わぬ騒動を巻き起こす。座元や師匠、茶屋の女将まで巻き込んで、濱次の謎解きが始まった。ほのぼの愉快な事件帖。小説現代長編新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

濱次シリーズの第一作目です。

 

この作者の『からくりシリーズ』『とんずら屋シリーズ』と読み応えのある作品を読んできたのですが、本書もまた実に読み応えのある作品でした。

 

主人公は梅村濱次という森田座の中二階女形です。

森田座」は歌舞伎の芝居小屋であり、「中村座」「市村座」と並んで江戸三座と言われました。

中二階女形」というのは女形の大部屋が中二階あったことから言われたらしく、つまりは主役級の役者以下の女形のことです。

主役ではないのでわりと気楽に過ごしている身分の主人公なのですが、濱次の才能を認めている師匠や座元たちにとっては歯がゆい思いをしているところです。

 

ある日濱次が師匠の家から帰る途中、見知らぬ娘から変な花の植わった鉢を押しつけられた。しばらく預かってほしいというのだ。

その鉢を見た濱次の奥役(楽屋内のいっさいを取り仕切った仕事で、今で言うプロデューサー)である清助は自分が預かりたいという。その鉢の花は変化朝顔であり、好事家の間では高額で売買される代物だったのだ。

ところが、その変化朝顔が盗まれてしまう。この変化朝顔をめぐる騒動は思わぬ展開を繰り広げることになるのだった。

 

主人公が歌舞伎の女形ですので、当然物語の舞台は普段一般人が眼にも耳にもしない、芝居・踊り関連の世界が広がります。

勿論、着物に関しても色々な名称が出てくるのですが、私は和服のことなど全く分からない朴念仁ですので、濱次の様子を「紫縮緬(むらさきちりめん)の野郎帽子、浅葱の小袖に二藍の帯、といった涼しげな色目が、上品に整った顔立ちによく映え、すっきりとした色気さえ感じられる」などと言われれば、その意味はよく分からずとも言葉の雰囲気だけで感心してしまうのです。こうした言葉を理解できるような勉強もしておくべきだったと今更ながらに悔やまれます。

本作品では普通の捕物帖とは異なり、殺人も立ち回りもありません。代わりに、不思議な女の持ち込んだ変化朝顔にまつわる謎が解き明かされていきます。

変化朝顔をテーマにした小説といえば、梶よう子の『一朝の夢』があります。両御組姓名掛りという閑職の北町奉行所同心である朝顔オタクの中根興三郎を主人公とした、作者の優しい目線が光る人情小説で、歴史の渦に巻き込まれていく姿が描かれます。

 

 

時代小説ではありませんが東野圭吾の『夢幻花』もやはり変化朝顔が主要テーマになった推理小説です。

 

 

この変化朝顔にまつわる謎を解く濱次の行動、推理がなかなかに読ませてくれます。幽霊、物の怪(もののけ)、精霊の登場する怨霊ごとには目の色が変わる濱次というキャラクタ―だけで読ませる、と言えば言い過ぎでしょうが、それほどに面白いキャラです。

濱次シリーズ

濱次シリーズ(2018年12月19日現在)

  1. 花合せ 濱次お役者双六
  2. 質草破り 濱次お役者双六 2ます目
  3. 翔ぶ梅 濱次お役者双六 3ます目
  4. 半可心中 濱次お役者双六
  5. 長屋狂言 濱次お役者双六

 

出雲阿国が元祖と言われる歌舞伎は多くあった芝居小屋も認可制とされ、江戸時代中期から後期にかけて江戸町奉行所によって歌舞伎興行を許された芝居小屋は中村座・市村座・森田座の三座だけとなりました。これを江戸三座といいます。本書はこの三座の一つ森田座を舞台としています。

 

主人公は梅村濱次という主役級の役者以下の女形である「中二階女形」です。

濱次の師匠である有島仙雀や森田座の座元である森田勘弥など、濱次の才能に期待しているのですが、本人はいたって呑気で今の身分を楽しんでいるようです。ただ、稽古は嫌いでも怨霊ごとなどには引っ込まれてしまうのです。

 

同じように踊りの世界を舞台にした物語に、杉本章子の『お狂言師歌吉うきよ暦シリーズ』や近藤史恵の『巴之丞鹿の子』を一作目とする『猿若町捕物帳シリーズ』それに松井今朝子の『風姿花伝三部作』などがあります。

そこでも思ったのですが、私のような人間は”野暮”や”無粋”とは言われたことはあっても、粋(すい)とは縁遠い人間で、勿論、歌舞伎や踊りなど全く分かりません。そうした人にも、踊りや歌舞伎の世界の一端を感じさせてくれる、それが杉本章子近藤史恵松井今朝子らの作品であり、本書だと思うのです。

そういう意味で、本書は『お狂言師歌吉うきよ暦シリーズ』が垣間見せてくれる歌舞伎の粋の世界の描写が、少しだけ物足りなく思えました。それでも、濱次と師匠や座元との会話は、見知らぬ世界へと導いてくれます。

ともあれ、この作者は波長が合うのでしょう。もっと色々と読みたいと思わせられる作家さんです。