本書『ゼロの迎撃』は、近時の日本における憲法9条の解釈改憲や集団的自衛権の問題等の政治状況を見るとまさにタイムリーな長編のサスペンス小説です。
前作がパニックミステリーであるならば、本作はミリタリーサスペンスと言えるでしょう。自衛隊の現下の状況を踏まえ、法律論までかなり踏み込んで書かれていて、読み応えのある本でした。
活発化した梅雨前線の影響で大雨が続く東京を、謎のテロ組織が襲った。自衛隊統合情報部所属の情報官・真下は、テロ組織を率いる人物の居場所を突き止めるべく奔走する。敵の目的もわからず明確な他国の侵略とも断定できない状態では、自衛隊の治安出動はできない。政府が大混乱に陥る中で首相がついに決断を下す―。敵が狙う東京都市機能の弱点とは!?日本を守るための死闘が始まった。(「BOOK」データベースより)
本書『ゼロの迎撃』で描かれている市街地でのテロ行為に対しての防御は、個人の財物に多大の損害を与える恐れがあるために単純には防御のための攻撃が出来ない、などの笑い話のネタになりそうな話が現実に起きうる事態として描写されています。
どこまでが現実の法解釈として妥当性を持つのか、私にはわかりませんが、かなりリアリティのある話です。
ある日突然東京の街の真ん中でテロ攻撃が実行され、多数の物的、人的損害が出ました。あまりにも虚を突いた攻撃のため、後手に回る政府。
防衛庁情報本部情報分析官の真下俊彦三等陸佐は三人の部下と共に正体不明のテロリストに立ち向かいます。
が、テロリストの緻密な計算の上にたった行動は真下らの読みをも上回り、真下らも後手後手に立たざるを得ないのでした。
本書『ゼロの迎撃』での主人公が自衛隊の情報分析官という設定はなかなかに面白いと思います。その職掌からして現状の把握が急務であり、物語の中で説明的にならずに状況を進めていけます。
ただ、第一線には出ることができないという立場から、代わりに動き回る部下が配置されています。
敵役は直接的には北朝鮮の軍人であるハン大佐です。この人物がなかなか魅力的に描かれていて、物語の成功の半分はこの人物造形によるのではないでしょうか。
とはいえ、冷徹な人柄ではありながら部下に対する人情を垣間見せるところなど、北朝鮮の国民性を知らないので何とも言えないのですが、日本人の好みが投影されているようにも感じました。
前半は法律論の展開など議論中心に、後半はアクション中心の展開で共に引き込まれて読みました。前作に比べ人物描写も厚みが出ていて、個人的にはとても面白く読みました。
北朝鮮の侵略ということでは村上龍の『半島を出よ』、福井晴敏の『亡国のイージス』、楡 周平の『Cの福音』などがありました。共にアクション小説としての魅力満載でありながら、日本の現状に対する警鐘とでも言うべき内容の作品です。
侵略ものではありませんが、黒川博行の『国境』は北朝鮮を舞台としたコミカルな味付けのサスペンス小説です。
近年公開されてヒットとなった映画「シン・ゴジラ」での政府の行動の描かれ方を見ていて、本書『ゼロの迎撃』での政府の行動の描き方思い出しました。
単なるアクションとしてではなく、現実的な戦いとして法的な側面からの現実性、評価など、その視点はこれまであまりなかったもののように思います。
リアルになってほしくはないものの、考えざるを得ない問題とも言えそうです。