大部屋女形の濱次に、まさかの引き抜き話が。天下の中村座が、思いもよらぬ好待遇で迎えたいというのだ。しかし巧い話には裏があるのが世の常で…。芸に生きる者たちの情熱と哀切を写し出す「縁」のほか、伝説の舞いを生んだ在りし日の有島香風の奔走を描く表題作など全3編。シリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)
濱次シリーズ第三作目の短編小説集です。
相変わらず、舞台裏のかしましさが伝わってくるような、小気味のいい物語です。今回は、趣を変えて、短編三作により成っています。
「とちり蕎麦」
二枚目立役の野上紀十郎は、舞台上でとちった詫びとして「とちり蕎麦」を皆にふるまう羽目になります。紀十郎は何故にしくじりを犯したか、そして何故に紀十郎は森田座から離れた場所にある「峰屋」を「とちり蕎麦」として使うのかが、ほっこりとした人情噺として語られています。
「縁(よすが)」
江戸の歌舞伎の芝居小屋、江戸三座のひとつ「市村座」が、大坂で大人気の女形、香川富助を呼ぶという話がおきます。それに対抗した「中村座」による濱次の引き抜き話に、濱次は勿論、師匠の仙雀や座元の勘弥、ひいきの茶屋の女将のお好らが振り回されるのです。
「翔ぶ梅」
濱次の師匠である有島仙雀と、仙雀の兄弟子で稀代の名女形の有島香風の若かりし頃の物語です。有島香風は本書の影の主人公とも言えるのですが、ここではまだ若手の仙雀はその香風に振り回されています。そして、本シリーズの最初に濱次も演じた舞踏劇「飛ぶ梅」の成り立ちも明らかになるのです。
濱次を中心とした人間模様が、芝居小屋の小粋な世界を舞台に繰り広げられますが、その世界観がうまく確立されていて、読み応えがあります。肩の凝らない読み易い文章でありながら、読み手をすんなりと納得させるのですから見事です。
シリーズものとしては珍しく、巻を重ねるごとに物語の世界が明確になっていき、面白さが増しているような印象がします。いえ、面白くなっていると言えます。