本書『希みの文 風の市兵衛 弐』は、新しい『風の市兵衛 弐シリーズ』シリーズの第六弾の長編の痛快時代小説です。
本シリーズの第四弾『縁の川』以来、本シリーズに登場している大坂の本両替商「堀井」に関連した一連の事件、人物についての始末がつけられる、といえるのでしょう。
唐木市兵衛に返り討ちにされた刺客の一族が、復讐を誓い市兵衛の身辺探索を始めた。一方、大坂に情が移り江戸への出立を渋る小春を、亡姉の親友お茂が訪ねてきた。幼馴染みが辻斬りに遭い、生死の境をさ迷っているという。犯人捜しを始めた市兵衛だったが、己れの居場所を刺客に突き止められてしまう。良一郎らを先に発たせた市兵衛は、自ら死の罠に飛び込み…。(「BOOK」データベースより)
序章 小橋墓所 | 第一章 詮議所 | 第二章 武家奉公人 | 第三章 光陰 | 第四章 鈴鹿越え | 終章 大坂便り
東小橋村の家へと帰りを急ぐお橘を小橋墓所へと引きずり込もうとした侍は、逆らうお橘に覆面を取られたためお橘の背へ一太刀を浴びせるのだった。
お橘の不幸を知った幼馴染のお茂は、無かったことにされようとしてるお橘の事件を何とかしてくれないかと市兵衛に頼みに来た。
保科柳丈と島田勘吉は北船場の本両替商「堀井」を訪ね、店主安元の母親から室生斎士郎の顛末などを聞いていた。
一方、江戸の北町奉行所の詮議所お白州では、小間物商「萬屋」の奉公人の根吉の自死は本両替商「堀井」の無慈悲な取り立てのためだとして、母親と兄は堀井の主人堀井安元と筆頭番頭の林七郎の二人の奉行所の厳正な裁きを求めていた。
江戸での本両替商「堀井」への詮議が終わった日、大坂の市兵衛、富平、良一郎、そして小春の四人は近江の国の草津にいた。その後土山宿に着いた市兵衛は、迎えに来た島田勘吉と共に山道へと入り、柳丈のもとへと行くのだった。
本書『希みの文 風の市兵衛 弐』では、本『風の市兵衛 弐シリーズ』第四弾の『縁の川』において小春と良一郎のあとを追って大阪まで来た市兵衛と富平は、未だ大坂にいます。
未だ大坂にいる市兵衛らを描いた本書『希みの文 風の市兵衛 弐』で語られるのは、大筋で三つの物語だと言えると言えます。
一つは、小春の姉が世話になっていたお茂が持ってきた、小坂源之助という侍に理不尽に斬られたお橘についての助力の頼みであり、この話が柱になっています。
もう一つは、江戸において為されている大阪に本店を持つ本両替商「堀井」の、小間物商「萬屋」奉公人の根吉の死についての詮議の話です。
そして、大坂において市兵衛により殺された野呂川白杖、室生斎士郎という二人の剣客の兄であり師匠である保科柳丈との対決という三つの物語です。
最初のお橘の話は、理不尽な振る舞いに及んだ小坂源之助という男の話です。源之助の父親は小坂伊平といい、大坂東町奉行・彦坂和泉守の家老をしていたのです。
この小坂伊平は「一季居り」という一年契約の武家奉公人であり、「渡り用人」をその職務とする市兵衛とは似た立場にある人物だという設定です。
ですから、仕える家の家政を司る武家奉公人とは異なり、市兵衛は主に家禄の低い旗本や御家人の勝手向きのたて直しに雇われる「算盤侍」であると言います。
そして、この小坂伊平と市兵衛との会話の場面は、伊平の収入の具体的な描写などかなり読みごたえがありました。「一季居り」とはいえ侍であり、奉公人として、また父親としての伊平の言葉は重みを感じるものだったのです。
奉行の家老職でさえも一季限りの奉公ということがあるのか、とネットを調べましたが、庶民や武家の奉公人の間では一季奉公はあるものの、家老職といった重要な役職での一季奉公の事実は見つけることはできませんでした。
例えば、「江戸時代の雇用等 – 一般財団法人 日本職業協会」 では「上級の者は一般に終身の奉公」であることが示唆されているだけで、一年契約の方向という事例は見つけることができなかったのです。
でも、「一季居り」という言葉自体が「無い」ということでもないのでそのままに読み続けましょう。
息子の小坂源之助との関係性はいつもの、市兵衛による痛快な仕置き場面があります。弱きものに対し高圧的な世間知らずを叩きのめす市兵衛の活躍を楽しむだけです。
次いで、本書『希みの文』で語られるのは、江戸で行われた本両替商「堀井」の詮議の様子です。この場面はいつものお白州の場面とは異なる進行があります。具体的な詮議の進め方が簡単ですが示されています。
ここで「本両替商」と単なる「両替商」の違いが気になりました。
そもそも、徳川家康により貨幣制度が整備され、金、銀および銭の三種類の通貨が流通することとなり、円滑な取引のために通貨間の両替が必要となって、「両替商」が成立したそうです。
この「両替商」は「脇両替」と「本両替」とに分化したそうで、脇両替は銭貨の売買を業とし、本両替は金銀両替および信用取引を仲介する業務まで行ったそうです(詳しくは ウィキペディア を参照してください)。
そして、本書『希みの文』の最後は市兵衛の剣の見せ場が設けられています。このところの三巻の敵役として登場してきた剣客の総まとめとしての保科柳丈の登場です。
この保科柳丈は大物として、しばらくは市兵衛の敵役として登場し続けるのかと思っていましたが、そうでもなかったようです。
それでも、単なる悪役ではなく、侍としての心を持った武士として登場し、死んでいきます。その剣戟の場面は作者も慣れたもので、読みごたえがありました。
今後、また江戸にもどってからの市兵衛の新たな展開を楽しみたいと思います。