辻堂 魁

風の市兵衛シリーズ

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残照の剣 風の市兵衛 弐』とは

 

本書『残照の剣 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛シリーズ 弐』の第七弾で、2020年8月に祥伝社文庫から320頁の書き下ろし文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。

いつもの市兵衛の物語として安定した面白い物語ですが、新鮮味がない、とも言えそうな作品です。

 

残照の剣 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

“宰領屋”矢藤太の許に大店両替商“近江屋”から、唐木市兵衛を名指しで口入の周旋依頼があった。蟄居閉門中の武州川越藩士に手紙を届けてほしいという。二人は川越藩主に国替えの噂があり、資金調達のため圧政下にあると知る。異論を唱えた藩士も改易は必定、その時は江戸に迎えたいというのだ。市兵衛は矢藤太と共に赴くが、到着するや胡乱な輩に囲まれ…。(「BOOK」データベースより)

目次

序章 赤間川 | 第一章 百代の過客 | 第二章 江戸街道 | 第三章 居合斬り | 第四章 蝉の国 | 終章 養子縁組

 

残照の剣 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『残照の剣 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐 シリーズ』の第七弾の長編の痛快時代小説です。

 

寛政十二年(1800)閏四月末に武州川越城下で上位討ちがあった。そしてその二十五年後の文政八年(1825)夏、十吉郎という男が永富町の滝次郎店で遺体で見つかった。

それから十日近くが過ぎ、大坂から帰っていた唐木市兵衛のもとに口入屋「宰領屋」の矢藤太が仕事を持ってきた。依頼主は銀座町の両替屋の《近江屋》だが、依頼の内容に嫌な予感がするという。

近江屋の主の隆明とその母親の季枝は、先に死んだ十吉郎は二十五年前の上意討ちから逃れた堤連三郎であり、季枝と隆明は連三郎の妻と子だという。

そして当時傷を負った連三郎が世話になり、現在は川越で蟄居閉門の身の村山永正へ手紙を届けた上で、閉門が解けたら村山永正とその娘の早菜とを江戸まで警護して連れ帰ってほしいというのだった。

その仕事を請けた市兵衛と矢藤太は、早速川越へ向け旅立つが、川越へ着いた市兵衛らは早速正体不明の敵に襲われる。

 

残照の剣 風の市兵衛 弐』の感想

 

前巻『希みの文 風の市兵衛 弐』までしばらく大坂にいた市兵衛たちがやっと江戸へと帰ってきました。

まるで駆け落ちのように大坂へと旅立った小春と北町奉行所同心の渋井鬼三次の息子の良一郎の二人を無事に連れ戻したのはいいのですが、今度は小春と良一郎が一緒になると言いはじめます。

小春は義兄の又造と夫婦になることを願う義理の両親の思いに、良一郎は老舗扇子問屋《伊東》の主である文八郎の跡継ぎになるという両親の思いにこたえられないと言い出したのです。

今度のこの二人の行く末に振り回されそうな市兵衛です。

 

ところが、そうした話を追いやるような川越行きの話が巻き起こります。その裏には、二十五年前に上意討ちにあった堤錬三郎の事件が絡んでました。

その事件の陰には借金に苦しめられている川越藩松平大和守家の事情もあり、国替という幕閣の政策にも係わる事態へと連なる事情があったのです。

市兵衛への依頼主である近江屋の季枝や、隆明らの依頼内容にあった村山永正の蟄居閉門の理由も松平大和守家の国替に対する異論と殿様への直言という無礼な振る舞いにあるというのです。

更には、蟄居閉門が解けたあと、堤連三郎とおなじ目に逢うのではないかとの危惧もあると言います。

そこで、村山永正とその娘早菜の身の安全を確保したいとの近江屋の願いでもありました。

 

本書『残照の剣』で図られた国替は、後に「三方国替え」として歴史上有名な事件へとして記録されることになります。

すなわち、「三方国替え」自体は江戸時代を通して何度も行われたようですが、後の天保11年(1840年)に行われ、「天保義民事件」と称される反対運動にまで発展し失敗した「三方国替え」がもっとも有名なようです。

この事件は藤沢周平もその作品『義民が駆ける』で取り上げています。

第十一代将軍である徳川家斉が、その子斉省が養子として入った川越藩のために、内実の豊かな庄内藩との国替えを命じます。時の老中水野忠邦は、川越藩を庄内へ、庄内藩を長岡へ、長岡藩を川越へと順次転封する三方国替えの案を命じるのでした。

実質減俸ともいうべき措置を命じられた庄内藩の対応などが描かれていて、特定の主人公を据えるのではなく、この事件に対してのいわゆる群像劇として、俯瞰的な視点で描かれています。

さすが藤沢周平の作品であり、講談社文庫版で解説まで入れて390頁弱のボリュームの作品です。なお、中公文庫版も出ています。

 

本書は、この作品とは異なり、三方国替えという事件自体ではなく、その政策を進める殿様も含めた藩の重鎮たちに対する異論を唱えた男を助けようとする市兵衛の姿が描かれます。

異論を唱える姿もあまり詳しくは描かれません。国替えを図るという藩の政策に関しても、男を蟄居平穏させるための事件として持ってきただけという印象です。

できれば、もうすこしそこらから掘り下げてもらえれば、後の市兵衛の行動にも深みが出るのではないかと素人ながらに思ってしまいました。

端的に言えば、市兵衛の物語も若干のマンネリ化に陥っているのではないでしょうか。

 

本書『残照の剣 風の市兵衛 弐』では久しぶりに市兵衛の盟友弥陀ノ介が登場します。しかし、市兵衛の兄片岡信正との席に同席するだけで、活躍の場面は見られません。

できれば、弥陀ノ介の妻であるも含めた、三人の活躍が見たいものです。

[投稿日]2020年12月01日  [最終更新日]2024年5月18日
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