師走雪の夜、元松前奉行配下の旗本が射殺された。銃は西洋製で、賊はえぞ地での遺恨を口にしたという。北町同心・渋井が捜査を開始した同じ頃、渡り用人・唐木市兵衛は元老中・奥平純明から、碧眼美麗な側室・お露と二人の子の警護役に雇われる。やがて純明が破綻したえぞ地開発の推進者だったことが判明、屯田兵として入植した八王子千人同心の悲劇が浮上する…。(上巻)
遂に奥平純明が襲撃され、市兵衛は賊が安宅猪史郎ら元千人同心で、純明のえぞ地政策の盟友だった商人・竹村屋雁右衛門がその協力者と知る。雁右衛門は純明の側室・お露の前夫で、裏切られ、妻を奪われたとして恨み骨髄に徹していた。やがて純明とお露が秘す哀しき真相を知った市兵衛は、己が一分を果たす覚悟を新たにするが…。明日を求めぬ復讐劇に待つ終幕とは?(下巻) (「BOOK」データベースより)
風の市兵衛シリーズ第八弾で、文庫本上下二巻からなる長編です。
今回は蝦夷地開拓の物語が背景にあり、蝦夷での屯田兵らの開拓に伴う苦難など、今まで何とはなく聞きかじっていた話が展開されています。
元松前奉行配下の旗本が蝦夷地に入植した八王子千人同心の関係者によって射殺されます。その賊は蝦夷地での恨みを口にしており、元老中の奥平純明も襲撃対象になっている恐れもありました。
彼ら八王子千人同心らの開拓時の怨念を今回の話の根幹にし、彼らの生き残りが、自分らを見捨てたと信じる老中奥平純明を殺害しようと企てます。そして、その奥平純明の側室お露と二人の子の警護役を市兵衛が行うことになるのです。
今回のこの物語で始めて知った話として、八王子千人同心という侍たちの入植の話がありました。この事実は、八王子市や北海道苫小牧市のホームページにも掲載されていて、その困難な開拓の様子がうかがえます。
前巻同様にうまいというか丁寧だと思うのは、丁寧に調べあげている八王子千人同心の物語を中心に据えている点も勿論そうですが、老中まで務めたという大名が身内の護衛として一介の素浪人を雇うという設定を、御前試合の形式を設けて一つの痛快物語として仕上げていることです。
こういうあまりありそうもない設定を読者に納得させる運び方に納得させられるのです。
ただ、竹村屋雁右衛門絡みの話には少々無理を感じましたが、そうした点があってもなお面白い物語でした。
蝦夷地開拓を舞台にした物語で一番に挙げるべきは船戸与一の『蝦夷地別件』があります。
日本冒険小説協会大賞を受賞した作品で、文庫本で三巻にもなるアイヌ民族最後の蜂起「国後・目梨の乱」を描いた大作です。さすがの船戸与一と思わせられる作品でした。
他にも高田郁が著した『あい―永遠に在り 』も忘れられません。七十歳を超えて北海道の開拓に身を捧げた関寛斎の妻である「あい」の、ひたすらに明るくそして侍の妻であり続けた女性の、逞しく生きた物語です。
また、これは映画ですが、監督が行定勲で、主演が吉永小百合で、渡辺謙や豊川悦司らという豪華キャストで制作された『北の零年』という作品がありました。
明治初期の北海道に移住した淡路の稲田家主従546名の、廃藩置県という時代の波に翻弄され、苦労する姿を描いた作品です。