唐木市兵衛と暮らした幼き兄妹小弥太と織江の親戚にあたる金木脩が酔漢に襲われ重傷を負った。柳井宗秀の治療で一命をとりとめたものの、酔漢は実は金木の故郷北最上藩の刺客であることが発覚する。急遽、北最上に奔る市兵衛。そこでは改革派を名乗る一派による粛清の嵐が吹き荒れていた―領民を顧みず私欲を貪る邪剣集団が、市兵衛暗殺に牙を剥く!(「BOOK」データベースより)
序章 忠犬 | 第一章 大川 | 第二章 羽州街道 | 第三章 江戸の男 | 終章 無用の用
新シリーズ『風の市兵衛 弐』の第三弾です。
柳橋北の船宿≪川口≫で襲われ重傷を負った北最上藩石神伊家馬廻り役助の金木脩は、からくも脱出し市兵衛に連絡を取る。脩から話を聞いた市兵衛は、北最上藩へと旅立つのだった。
北最上藩の金木家へとやってきた市兵衛は、隠居の了之助らに脩の状況を話しているところに、≪神室の森≫で伐採が始まったとの知らせが入った。早速了之助らと共に駈けつけた市兵衛は、伐採に付き添っていた黒装束の侍らを退ける。
小弥太と織江の親が死なねばならなかった原因である金木家の本家である中原家と宝蔵家との争いに巻き込まれざるを得ない市兵衛だった。
これまでも面白く、読み応えがある時代小説のシリーズものとして人気を獲得してきたこのシリーズですが、若干のマンネリ感を抱いていたのもまた事実です。
そうしたことは作者も感じておられたからこそ、シリーズを新たにされたのだと思います。そして本書でシリーズも新しくなって三巻目になりますが、かなり読み応えがありました。
新シリーズの第一巻目で登場し、市兵衛が斬り捨てた信夫平八に関連した北最上藩石神伊家にまつわる話が本書でも続いています。
信夫平八と、数年前に病に倒れたその妻由衣との間の小弥太と織江という子らの実家である金木家、その本家の中原家と宝蔵家との争いに巻き込まれた市兵衛は、横暴な宝蔵家を懲らしめ、小弥太と織江の実家の金木家を助けるという痛快小説の王道の物語になっています。
その市兵衛が中原家を助けるに至るまでの筋道が、丁寧に、しかも物語の流れの中で自然に為されているところがこの物語の魅力になっているのだと思います。
加えて言えば、市兵衛の剣の冴えは本書でも十分に見せ場を作ってありますし、勧善懲悪の定番の流れを裏切ることの無い、安定したおもしろさを保っています。
今回の話は、市兵衛の仲間が登場する場面はほとんどありません。新しい岡っ引きである紺屋町の文六だけが、脩が襲われた経緯について調べ上げているだけです。しかし、この探索も、市兵衛の活躍自体にはあまり役には立っていません。ただ、読者に物語の背景を説明するという意味では大きく役に立っています。
そしてもう一点。中原家の娘が市兵衛に熱い視線を注ぎますが、そのことについてはあまり触れてないところは若干物足りなく思いました。
本シリーズで不満があるとすれば、その点の市兵衛の回りの女性の影の無さでしょう。以前、京都時代の市兵衛の恋人らしき人物が登場してきたことはありますが、この頃はそれもありません。市兵衛ではなく、弥陀ノ介の恋の成就が少し描かれていたくらいでしょう。
また、新シリーズになってすぐの市兵衛の過去の一端が明かされましたが、今のところは新しいシリーズでは何も変化はありません。今後どのように市兵衛の過去が関わってくるものか、そちらも楽しみです。
いずれにしろ、本書は面白さを取り戻した作品だと思われます。今後の更なる活躍を待ちたいと思います。