辻堂 魁

風の市兵衛シリーズ

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本書『乱れ雲 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐』シリーズの第八弾で、文庫本で340頁という長さの長編痛快時代小説です。

今回の風の市兵衛は、そろばん侍としての側面が表に出た、このところではかなり面白い部類に入る作品でした。

 

乱れ雲 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

江戸を流行風邪が襲った。蘭医柳井宗秀は、重篤の老旗本笹山卯平に請われて、唐木市兵衛を紹介する。卯平は秘かに金貸を営んでおり、百両近い貸付が残る五千石の旗本広川助右衛門へのとりたての助役を依頼したのだ。助右衛門は返済逃れの奸計を巡らす。同じ頃《鬼しぶ》の息子良一郎は北町奉行所に出仕、見習仲間と賭場で破落戸相手に大立回りを演じてしまい……。(「BOOK」データベースより)

 

序章 流行風邪 | 第一章 上弦の月 | 第二章 とりたて | 第三章 出世街道 | 第四章 東宇喜多 | 終章 放生

 

唐木市兵衛が蘭医柳井宗秀の紹介で訪ねた旗本の笹山卯平は、千五百石の旗本ではあるものの無役で小普請入りとなって裏で金貸しをやっていていた。

笹山卯平は近頃流行のたちの悪い風邪にかかっていて明日をも知れない病状だったため、息子の六平に付き添って取り立てを頼みたいというのだった。

特に旗本の広川助右衛門には百両近い大口の貸付があり、何としても取り立ててほしいというのだ。

一方、渋井鬼三次の倅の良一郎は北町奉行所で無給の無足見習として出仕を始めていた。

その良一郎は同じ与力見習の滝山修太郎や見習仲間に酒席に誘われ、その勢いで賭場へと繰り出すが、そこで諍いを起こしてしまうのだった。

 

乱れ雲 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『乱れ雲 風の市兵衛 弐』は、こじらせると胸をやられ逝ってしまうという奇妙な夏風邪が流行っている、という舞台設定で、現代のコロナ禍の世相をそのままにうつしているようです。

登場人物は現代のマスクを思わせる晒(さらし)の端布で鼻、口を覆いながらの会話をしています。

この病気自体は物語にそれほどは関係しては来ませんが、病気に対しての適切な対応で評判が上がった蘭医柳井宗秀の紹介で新たな仕事に就くことや、依頼人もまたこの病にかかっていることなどはあります。

 

ともあれ、本書『乱れ雲』での市兵衛は、旗本が陰で行っている貸金業の取り立てを手伝うという業務につき、そろばん侍としての力が少しではありますが発揮されています。

また、前々巻まで市兵衛らと共に大坂に行っていた鬼渋の息子の良一郎が同心見習いとして出仕しているのには驚きました。

そこで先輩の見習同心の遊びに付き合わされ、訳ありの賭場で喧嘩騒ぎを起こしてしまうという失態を犯してしまいます。

その際の良一郎の振る舞いが心地よく、これまでは半人前だと思っていた良一郎が、次第に一人前の男として、また同心の卵として育ってきているのだと実感させられた作品でもありました。

 

このように本書『乱れ雲』は市兵衛が渡り用人としての業務の中で算盤を駆使する場面があったり、もちろん市兵衛の剣戟の場面も用意してあったりと、市兵衛の物語としての見どころが丁寧に描かれている作品です。

また、鬼渋こと渋井鬼三次と、その息子の良一郎の新たな姿も見ることができる楽しさもあります。

ただ、本書『乱れ雲』は本書としてそれなりの面白さを持った作品ではあったものの、この頃、市兵衛の友である返弥陀ノ介やその妻のの姿を見ることがありません。

前巻『残照の剣 風の市兵衛 弐』でも書いたように、できればこの二人も交えた痛快な物語を読みたいと思います。

そして、前巻『残照の剣 風の市兵衛 弐』に登場した近江屋の内儀季枝の娘早菜の消息を記してあったのもこの作者らしい丁寧な描写でした。

蛇足ですが、時代小説のファンの方はまず知っていることとは思いますが、本書『乱れ雲』にも出てくる「小普請組」とは「無役の旗本や御家人」のことを指します。
詳しくは「情報・知識&オピニオン imidas」を参照してください。
[投稿日]2021年06月16日  [最終更新日]2021年6月16日
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辻堂魁 風の市兵衛シリーズ - 祥伝社
作家になる前は出版社で働いていました。当時は純文学のようなものを書いては新人賞に応募していましたが、まるで駄目。歳をとり定年退職が近づき、作家にはなれないだろうと諦めていましたが、文章は書いていました。

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