「市兵衛さんにしか頼めねえんだ」夏の日、渡り用人・唐木市兵衛の許を、請け人宿の主・矢藤太が訪れた。依頼は攫われた元京都町奉行・垣谷貢の幼い倅の奪還。拒む市兵衛に矢藤太は、倅の母親はお吹だと告げる。お吹こそ、青春の日、京で仕えた公家の娘で初恋の相手だった。奪還を誓う市兵衛。だが、賊との激闘の中、市兵衛は垣谷家の大罪と衝撃の事実を知ることに…。(「BOOK」データベースより)
風の市兵衛シリーズ第十一弾です。
前巻では、市兵衛の兄片岡信正の結婚、そして片岡信正とその妻佐波との馴れ初めなどが明らかにされた物語でした。本書では、主人公の市兵衛の京都での暮らしが垣間見え、市兵衛の青春の日々を思わせる一編となっています。
市兵衛は、矢籐太からの拐かされた子供の救出という仕事の依頼を一旦は拒むのですが、拐かされた子供が市兵衛の京都時代の初恋の人であるお吹の子だったことから、元京都町奉行垣谷貢とその妻お吹との間の子の奪還を引き受けることになります。
これまでも繰り返し書いてきたように、今回の雇い主と市兵衛との関係性も、説明的ではなく、物語の流れの中で舞台背景に即した形で明らかにしてあります。
こうした流れの中、本書では市兵衛の過去、それも矢籐太と知り合った京都での暮らしの一端が垣間見える作品になっています。京都での市兵衛の暮らし、そして恋心、青年市兵衛の青春時代です。
その市兵衛が、「渡り用人」としてではなく、直接的に用心棒として県の腕をふるう、それもかつての想い人の警護をし、その子から慕われるのですから、その心中やいかにといったところでしょう。
本書では、本書のタイトル「遠雷」という単語が数か所にちりばめられています。それは、市兵衛らの遠い過去の日々をも示しているようで、やはりこの作者はうまい、とあらためて思わせられる表現でした。