『天満橋まで 風の市兵衛 弐』とは
本書『天満橋まで 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛シリーズ 弐』の第五弾で、2019年8月に祥伝社文庫から335頁の書き下ろし文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。
『天満橋まで 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ
定町廻り“鬼しぶ”の心配をよそに、唐木市兵衛は未だ大坂に在った。世話になった長屋のお恒の息子が、突然、殺されたのだ。堂島の蔵屋敷で働く孝行息子だったが、その背中には幾つもの刺し傷があった。下っ引の良一郎らと下手人を追う市兵衛。堂島は米の取り付け騒ぎに震撼していた。同じ頃、市兵衛をつけ狙う刺客が現れた。気配からかなりの凄腕と思われ…。(「BOOK」データベースより)
序章 西方浄土 | 第一章 土佐堀川 | 第二章 東天満 | 第三章 権現松 | 第四章 梅田墓所 | 終章 帰郷
『天満橋まで 風の市兵衛 弐』の感想
本書『天満橋まで 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐 シリーズ』の第五弾の長編の痛快時代小説です。
大坂に来るきっかけとなった小春の姉の死から始まった事件自体は、唐木市兵衛らの活躍で一応の解決を見ました。
しかし、大坂でお世話になったお恒ばあさんの裁縫仕事を手伝いつつ裁縫の手ほどきも受けている小春の望みで、未だ大坂にとどまっている一行だったのです。
ところが、そのお恒の一人息子で島崎藩蔵屋敷蔵元《大串屋》の手代をしている豊一が、蔵屋敷で働いていた通いの出仲仕に惨殺されるという事件が起きます。
事件が起きた島崎藩蔵屋敷ではなにか問題があったらしく、豊一の亡骸を引き取りに行った市兵衛らの一行は、蔵方の侍から豊一から何か預かっていないかと尋ねられます。
一方、新シリーズの第四弾である前巻の『縁の川』の終わりで市兵衛と立ち会い敗れた野呂川白杖の兄保科柳丈は、同じく彦根城下に住まう配下の剣士室生斎士郎に、白杖の死の実際を調べその無念を果たすようにと命じていたのでした。
前巻『縁の川 風の市兵衛 弐』で大坂に来ていた市兵衛たちですが、本巻においてもまだ大坂にとどまっているままです。
その大坂で、市兵衛たちが世話になっていたお恒ばあさんが難儀に会っているため、その手助けをすることになる、というのが本巻の中心となる話です。
その一方で、本作での市兵衛の相手として室生斎士郎という侍が登場します。この侍は前述の通り前作で市兵衛に倒された野呂川白杖の兄である保科柳丈から命じられた剣士です。
この剣士は本書の本筋の話とは無関係に登場してきた人物であって、市兵衛との剣戟の場面用に設けられた人物との印象があります。
それは、シリーズの中で今後は保科柳丈という男が黒幕となるのではないか、この男が市兵衛の敵役として残っていくという展開の伏線ではないかとも受け取れるのです。
また、本書『天満橋まで 風の市兵衛 弐』では島崎藩の蔵屋敷での米に関する取引が事件の核心となっていて、その実際についての知識が説明されています。
ここでの現物取引である正米取引と先物取引である空米取引との仕組みについての説明は、ウィキペディアでも説明されているところです。
こうした江戸時代の経済の仕組みについての解説が本シリーズの特徴の一つでもありますが、本書ではこれまで以上に詳しい説明が載っているように思えます。
このような相場の話を扱った作品として必ず思い出すのが獅子文六が著した『大番』という作品です。
この作品は、戦後の東京証券界でのし上がった男の一代記であって、日本橋兜町での相場の仕手戦の様子が描かれた痛快人情小説です。、少々古い本(1960年代)ですが面白さは保証付きです。
ともあれ、本書『天満橋まで 風の市兵衛 弐』は、シリーズの中ではあまり大きな展開はない、一息ついた物語だと言えます。
新シリーズになって早々に描かれた吉野の村尾一族はもう絡んでは来ないのか、また心強い仲間である返弥陀ノ助はどうなっているのか、そちらの話も読みたいものです。