『春風譜 風の市兵衛 弐』とは
本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐 シリーズ』の第十一弾で、2022年6月に祥伝社文庫から337頁の文庫本書き下ろしで刊行された、長編の痛快時代小説です。
話自体は単純ですが、物語の背景や登場人物の行動の理由を会話の中で説明させることで紙数を費やしている印象がある、シリーズの中では今一つの作品でした。
『春風譜 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ
唐木市兵衛は我孫子宿近くの村を訪れていた。小春の兄の又造が、妹と“鬼しぶ”の息子・良一郎との縁談を知り家出したのを、迎えに出たのだ。ところが、又造は訪ね先の親戚ともども行方知れずだった。同じ頃、村近くで宿の貸元と、流れ者の惨殺体が発見された。近在では利根川の渡船業等の利権争いで、貸元たちが対立していた。市兵衛は失踪人探索を始めるが…。(「BOOK」データベースより)
その年の暮れ、安孫子宿の西にある根戸村の貸元の尾張屋源五郎が何者かに襲われ命を落とした。
一方、とある林道で長どすの一本差しの六十歳くらいの旅人が喉頸を絞められ、骨が折られた状態で見つかった。
この亡骸の検視をした陣屋の手代を始め、この二つの事件を結び付けて考えるものは誰もいなかった。
同じ年の暮、長谷川町の扇職人佐十郎は息子の又造に声をかけ、又造の妹小春の良一郎との祝言の話を聞かせた。
その話を聞いた又造は安孫子宿の南吉のところへ行くと書置きをしたまま家を出てしまう。
唐木市兵衛は小春から頼まれ、安孫子宿の南吉のところへ又造を連れ戻しに行くことになるのだった。
『春風譜 風の市兵衛 弐』の感想
本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐 シリーズ』の第十一弾の長編の痛快時代小説です。
本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は、ヤクザ者の抗争に巻き込まれた小春の兄又造と、かれを連れ戻そうとする唐木市兵衛の話を中心に、その抗争の別な側面に関わる渋井鬼三次の探索の様子を描いた作品です。
全体的に話の構造自体は単純です。
市兵衛が家出をした小春の兄の又造を連れ戻しに行く話がまずあります。
それと、問屋場の公金を着服して行方をくらました安孫子宿の宿役人である七郎治という男の探索のために渋井が駆り出されるという話があります。
その上で、二つの事件が根っこでは繋がっているというのです。
話自体は以上の二つの話がそれぞれに単純な事件としてあり、その両事件の中心に柴崎村の牛次郎という貸元の悪行が絡んでいるだけのことです。
又造は、頼った先の南吉が牛次郎からひどい目にあっていてそこに巻き込まれてしまいます。
一方、鬼渋が追っている公金着服事件もその根は南吉の事件と同じであり、ただこちらは犯人と目される七郎治の現れるのを待つ渋井やその手下、そして陣屋の役人の田野倉順吉など張り込みの様子があるだけです。
本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は、こうした単純な事件の二つの側面が描かれている作品のためか、当事者の会話の中で事件の背景説明が為される場面が多いように感じました。
具体的には、市兵衛が又造を探索する過程での聞き込みの際の会話がそうです。
また、渋井の登場する場面も張り込みだけということもあってか、渋井と田野倉との会話があり、その中で田野倉の推理として事件の背景説明が為されるという構造です。
もともと、作者辻堂魁の作風自体が会話の中で背景説明をする、という傾向が強いとは思っていたのですが、本書ではそれが強く感じられました。
会話の中での背景説明ということ自体はいいのですが、それがあまりに執拗だと少々引いてしまいがちです。
市兵衛の行動にしても、又造と南吉の行方を探す先に市兵衛を甘く見た悪漢たちがいるといういつものパターンです。
物語の根底が講談風であり、本書の作者辻堂魁の文章のタッチも決して明るいものではないこともいつもと同じです。
特別な展開もない本書『春風譜 風の市兵衛 弐』だけをみると、決してお勧めしたい作品とは言えないと思うほどです。
とはいえ、当たり前ではありますが、本書でも南吉には自分の村におことという思い人がいたり、七郎治も馴染みの女がいたりして、それぞれの話に花を持たせたりの工夫はあります。
ただ、本書の魅力が主人公の市兵衛というキャラクターの魅力、それに尽きると言え、物語自体の魅力があまり感じられないのは残念でした。
次巻に期待したいと思います。