水上草介は、薬草栽培や生薬の精製に携わる小石川御薬園同心。人並み外れた草花の知識を持つものの、のんびり屋の性格と、吹けば飛ぶような外見からか、御薬園の者たちには「水草さま」と呼ばれ親しまれている。御薬園を預かる芥川家のお転婆娘・千歳にたじたじとなりながらも、草介は、人々や植物をめぐる揉め事を穏やかに収めていく。若者の成長をみずみずしく描く、全9編の連作時代小説。(「BOOK」データベースより)
小石川御薬園同心という珍しい役人を主人公とした連作の人情小説集です。
主人公水上草介は江戸は小石川の御薬園の同心です。御薬園の名前は聞いたことがあったのですが、その来歴は知らず、ましてや「同心」といえば警察職務と思っていた私には驚きの設定でした。
小石川の御薬園とは現在の「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」のことです。「江戸で暮らす人々の薬になる植物を育てる目的」で造られたもので、当初は別の場所にあったものが1684年(貞享元年)に現在の場所に移されたのでそうです。そこでの管理者である役人としての同心が本書の主人公です。(ウィキペディアによる)
本書を評して「時代小説にも草食系男子」と評した人がいました。言い得て妙だと思います。確かに本書の主人公は侍ではあっても剣の腕前はからっきしです。代わりに草木の知識は相当なもので、その知識で周りで巻き起こる様々な出来事に対処していくのです。
侍が主人公の、これまで読んできた時代小説とは趣が異なり、派手な展開はありません。ただ、水上草介の草木に対する愛情が細やかに語られます。
ただ、その代わりと言っていいのか、水上草介の上司の娘で、剣の腕も立つお転婆娘千歳が登場します。この二人の掛け合いが好ましく、二人の行く末もこの先の楽しみの一つでしょう。
植物は人間の力でどうなるものでもない。しかし、手をかければそれなりに育つ。「植物を愛し、尊敬している草介を通して、めまぐるしい現代で忘れられている生き方を伝えられたらうれしい。」とは著者梶よう子の言葉だと書評にありました。
植物をモチーフにした作品といえば、梶村啓二の『野いばら』という作品があります。植物が主題ではないのですが、幕末の英国軍人の眼で見た日本を、詩的な文章で描写してある恋愛小説と言ってもいいかもしれません。少々趣は違いますが、良質な感動を覚えた作品でした。
他に、シーボルトの屋敷の薬草園を管理する庭師の物語である朝井まかての『先生のお庭番』という作品もあります。
何よりも本作品を読んで一番に思い出した作品と言えば、漫画『家栽の人』という作品です。主人公は家庭裁判所の裁判官で、いつも植物を愛でています。そして出版社からのコメントにあるように「植物を愛するように人を育てる異色の家庭裁判所判事」として、杓子定規な法律の適用だけではない判断を下すのです。これも良い作品でした。
『御薬園同心 水上草介』シリーズは、読後感がとても心地いい小説です。ずっと続編が出るのを待っていたのですがやっとでました。『桃のひこばえ 御薬園同心 水上草介』という作品です。こちらも待ったかいがある作品でした。