『帰り船 風の市兵衛』とは
本書『帰り船 風の市兵衛』は『風の市兵衛シリーズ』の第三弾で、2010年10月に祥伝社文庫から368頁の書き下ろしとして出版された、長編の痛快時代小説です。
『帰り船 風の市兵衛』の簡単なあらすじ
日本橋小網町の醤油酢問屋「広国屋」に風のように一人の男が現われた。“算盤侍”の唐木市兵衛である。使用人の不正を明らかにしてほしいということだったが、折しも広国屋で使う艀に直買い(密輸)の嫌疑がかかっていた。市兵衛は店を牛耳る番頭の背後にいる、古河藩の存在を知る。その側用人と番頭の企みとは?風の剣を揮う市兵衛の活躍やいかに。(「BOOK」データベースより)
市兵衛は、兄である公儀十人目付筆頭である片岡信正からの話で、日本橋小網町の醤油酢問屋「広国屋」に雇われることになった。
番頭たちが勝手に店を切り盛りして、果てには古河藩の用人と結び、抜け荷を企んでいる様子があるのだった。
『帰り船 風の市兵衛』の感想
本書『帰り船 風の市兵衛』は風の市兵衛シリーズ』の第三弾となる長編の痛快時代小説です。
本書を読んだ当初は、市兵衛の「風の剣」の使い手としての一面が前面に出ており、算盤侍としての側面は影を潜めている点について、シリーズとしての魅力が無い、と思い、また当時のブログにも書いていました。
江戸時代を経済の側面から見たユニークな小説という魅力がなくなり、剣の使い手としての市兵衛を強調するのは本シリーズの特色を削ぐものだと思っていたのです。
しかしながら、本シリーズを読み続けていると、本シリーズの魅力は単に経済の面からみた痛快小説というだけにとどまらず、市兵衛というキャラクターを中心にした登場人物たちの魅力や、なによりも本シリーズの作風の丁寧さ、作者の情景描写も含めた物語の構築の仕方のうまさにあると思うようになりました。
そういう視点で見ると、本書も剣戟の場面の爽快さも含めてシリーズの中の一冊であり、それなりの面白さをもった物語だということができるのです。
本書には、シリーズ第一作から登場する異国の剣の使い手である「青」という女が登場します。この青がたまたま古川藩の用人に拾われ、そこにいるという設定なのですが、その点だけは若干気になりました。
私は、偶然という要素が入るとほとんどの場合違和感を感じてしまいます。特に本書の場合など、この作者であればもう少し自然に物語に登場させることができたのではないかと思ってしまうのです。
ただ、この「青」はこの後もまたどこかで、それも結構重要な役柄で登場することになります。そうしてみると、このシリーズのレギュラー登場人物の一人になるのかもしれません。
でも、こうした「違和感」などとは言っても本書が面白い物語であることを否定するほどのことでもなく、続刊を読み続けることになるのです。