暮鐘 東京湾臨海署安積班

暮鐘 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『暮鐘 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』二十作目の、新刊書で316頁の短編警察小説集です。

全部で十編の短編から構成されていますが、安積班員他の登場人物のそれぞれの特徴を生かした読みごたえのある作品集になっています。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

江東区有明で強盗事件が発生。被害者は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。強行犯第一係の安積班が現場に向かい本格的な捜査が始まろうとしている矢先、犯人が自首してきたのだが、須田は納得がいかないようでー(第二話「暮鐘」より)。ひとつひとつの事件を、安積班の揺るがぬ正義の眼差しで解決に導くー。(「BOOK」データベースより)

 

目次 :: 公務/暮鐘/別館/確保/大物/予断/部長/防犯/予告/実戦

公務
臨海署でも「働き方改革」を徹底するように言われるが、事件に応じた対応ができなくなり、ひいては一般市民の生活にまで響いてくるのだった。

暮鐘
殺人事件が起き警視庁捜査一課の乗り出してきて、臨海署の安積達はその補佐に回ることになった。刑事としては明らかに太り過ぎで、のろまに見える須田巡査部長の活躍が描かれる。

別館
東京湾で人質事件がおき、テロ事案も疑われる中、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動するのだった。

確保
警視庁指定の重要指名手配被疑者の確保に、警視庁本部の捜査一課が来ることになった。安積と組んだ一課のベテラン刑事の荒川は、佐治係長と相良班長について話すのだった。

大物
安積班の桜井が組織犯罪対策課の古賀巡査部長に怒鳴られていた。組対の検挙のチャンスを逃したものらしい。しかし、村雨は桜井は大物で放っておいて大丈夫だというのだった。

予断
久しぶりの居酒屋で飲んでいると、鑑識係長の石倉がやってきてクイズを出してきた。皆なかなか政界にたどり着かないでいた。

部長
臨海署に連続強盗事件捜査本部が設置され、臨海署の地域課からも応援が来ていた。安積の「大牟礼部長」という呼びかけに、水野は本部の部長と思ったというのだった。

防犯
珍しく安積が交機隊の速水と飲みに行くと、そこに来た東報新聞の山口記者に速水が東報新聞の特集について一言いい始めた。警察による防犯の必要性といってもできることとできないことがあるというのだ。

予告
お台場で行われる野外イベントに対し犯行予告がきたらしい。それに対し、署長が犯人は東京湾臨海署の署員が必ず捕まえると宣言したのだった。

実戦
黒木が、青海の埠頭での乱闘騒ぎに乗り出し、一瞬で十人ほどの乱闘を叩きのめしてしまった。黒木は剣道五段の腕前だというのだ。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏の短編小説は、シリーズ登場人物の人となりや考え方、、それに相互の人間関係などをピンポイントで描き出してあり、結果としてシリーズ自体を立体的に構築することに役立っているようです。

安積班シリーズ』の短編集としては、例えば本書の二冊前に出版された『道標 東京湾臨海署安積班』があります。

この『道標』では、登場人物の若いころを描いたり、同じ事件を異なる人物の視点で描き、そこにいる安積警部補の姿を浮かび上がらせるなど、各短編の構成がかなり考えられていました。

 

 

しかし、本書『暮鐘』ではそのような一冊の作品としての構成までは考慮されていないようです。

ただ、安積班員やシリーズ内で独特な位置にいる交通機動隊の速水の仕事ぶりを描いたり、また東京湾臨海署水上安全課を取り上げて特殊部隊の存在を示してあったりと、現代の警察業務の紹介的側面はあります。

例えば冒頭の「公務」という話は、2021年現在でも取り上げられることの多い、「働き方改革」が取り上げられています。

安積達にも残業を減らすようにと指示があり、その結果公務が滞り、ひいては市民生活に影響を及ぼしかねない事態にまで陥るのです。

 

また、「別館」という話では、東京湾臨海署水上安全課の管轄になる海上での人質事件が起き、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動します。

つまり、東京湾臨海署水上安全課、海上保安庁、本庁のWRT、SAT、SIT、SSTといった、通常の刑事事案からテロなどに応じた組織が紹介され、まるで特殊部隊の品評会といわれる話になっています。

そして、「部長」という話では、部長という呼称について本部部長と巡査部長との区別などの説明があります。同時に、この話では地域課という職務の重要性について語られているのです。

「防犯」では防犯と権力の暴走とのバランスが語られています。

 

一方、二話目の「暮鐘」では、安積班の頭脳でもある須田をメインに、須田をのろまと言い放ち、高圧的な態度をとる本庁一課の佐治係長と衝突する安積がいます。

その佐治係長は四話目の「確保」という話で、元自分の下にいて眼をかけていた臨海署の相良班長との関係が変わります。

そして、「大物」では村雨が教育掛をしている桜井について、「予断」では鑑識係長の石倉を通した職務上の先入観について、「予告」ではのろまと見える須田の、「実戦」では黒木の剣道五段の腕前が披露されています。

 

このように、本書『暮鐘』では、警察組織の紹介や安積班班員の活躍などが気楽に読める構成になっている、今野敏のらしい読みやすい短編小説として仕上がっているのです。

やはり、この作家の物語は大白いと再認識した一冊でした。

一夜の夢 照降町四季(四)

一夜の夢 照降町四季(四)』とは

 

本書『一夜の夢 照降町四季(四)』は、『照降町四季シリーズ』の第四弾で、文庫本で368頁という長さの長編の痛快人情時代小説です。

本書では佳乃の姿は脇へと追いやられ、照降町の復興の姿が描かれてはいるもののそれは背景でしかなく、結局は八頭司周五郎という浪人の痛快時代小説になっている物語です。

 

一夜の夢 照降町四季(四)』の簡単なあらすじ

 

派閥争いで命を落とした周五郎の兄。存続の危機に立たされた旧藩・豊前小倉藩から呼び出された周五郎は、照降町を去らなくてはならないのか。そして、佳乃との関係はー大火から九ケ月、新設された中村座で佳乃をモデルにした芝居の幕が開く。大入り満席の中には、意外な人の姿があった。勇気と感動の全四巻ついに完結!(「BOOK」データベースより)

 


 

八頭司周五郎は、二年数か月ぶりに、実家の八頭司家のある豊前小倉藩十五万石小笠原家の江戸藩邸を訪れた。兄裕太郎が何者かに殺されたというのだ。

周五郎は、当主を失った八頭司家の、そして豊前小倉藩の先行きを考えなければならず、兄の死は病死として処理される必要があった。

そこで当代藩主小笠原忠固の直用人鎮目勘兵衛に会い、兄裕太郎の死の真相を告げ、藩のためにも病死としての届け出を願い出た。

ところが、その足で藩主の忠固本人に会うこととなり、つまりは周五郎の藩内の内紛へのかかわりを余儀なくされることになるのだった。

 

一夜の夢 照降町四季(四)』の感想

 

前巻の『梅花下駄 照降町四季(三)』では、「佳乃が主人公の人情話というには無理がありそうな展開」と書いたのですが、本書『一夜の夢 照降町四季(四)』でもその言葉はそのままにあてはまりそうです。

というのも、本書冒頭早々に八頭司周五郎の兄八頭司裕太郎の死が告げられ、兄の死は小倉藩の内紛に巻き込まれての落命であったことが示されます。

そして、当然のごとく藩内抗争に巻き込まれる周五郎がいて、早晩照降町から消えなければならない定めが示唆されています。

その後、己丑の大火で焼失した照降町の復興の様子を挟みながら、結局は周五郎の活躍する姿が描かれることになります。

つまりは、佐伯泰英の他の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』(または『居眠り磐音シリーズ』)や『酔いどれ小籐次シリーズ』などの痛快時代小説と同じく、市井に暮らす浪人が、かつて仕えていた藩内の抗争などに巻き込まれ、藩主に助力してその抗争を終わらせる、という定番の物語になってしまっているのです。

 

 

それは、せっかくの佐伯泰英の新しい試みと思えた本『照降町四季シリーズ』も従来の佐伯泰英の物語と同様であり、何ら変化はなかったという他ありません。

本『照降町四季シリーズ』は、当初こそ鼻緒挿げ職人の佳乃という女性を中心にした物語であり、若干の新鮮味を感じなくもありませんでした。

しかし、結局は八頭司周五郎という浪人の物語へと変化していき、それで終わったというほかない話だったと言うしかありません。

 

本書『一夜の夢 照降町四季(四)』でこの『照降町四季シリーズ』は終わることになるのですが、どうにも微妙なシリーズというしかないと思います。

星落ちて、なお

星落ちて、なお』とは

 

本書『星落ちて、なお』は、新刊書で321頁の一人の女性絵師を描いた長編小説です。

第165回直木賞を受賞した作品ですが、主人公の女絵師河鍋暁翠という人物を知らないこともあってか、今一つ没入できない物語でした。

 

星落ちて、なお』の簡単なあらすじ

 

明治22年、自ら「画鬼」と称した不世出の絵師、河鍋暁斎が死んだ。暁斎の門下で、ずっと身のまわりの世話をしていた娘のとよ(暁翠)に対し、早くから養子に出され家を出た腹違いの兄・周三郎(暁雲)は、事あるごとに難癖をつける。絵の道に進まなかった弟の記六は、なにかと金を無心に来るような有様で、妹のきくは病弱で床に臥せる日々。また、「写真」と「洋画」の流行により、暁斎門下の描く絵にも時代の荒波が押し寄せていた。暁斎という巨星が墜ち、河鍋家と門弟のあいだで辛うじて保たれていた均衡が崩れつつあるなか、河鍋一門の行末は、とよの双肩にかかっていた。
 幕末から昭和という激動の時代を背景に、鬼才・河鍋暁斎という偉大な父の影に翻弄されながら、絵師として自らの道を模索し続けた女性の一代記。(内容紹介(出版社より))

 

星落ちて、なお』の感想

 

本書『星落ちて、なお』では、河鍋暁翠という女性絵師の人生の節目ごとの様子を描きだしています。

明治二十二年の春河鍋暁斎の死、明治二十九年の冬の八代目鹿島清兵衛の没落、明治三十九年の初夏のとよと高平常吉との結婚と、何らかの出来事に応じたとよとその周りの様子が描かれています。

そうした区切りごとでのとよの姿が、父親であり師である河鍋暁斎に対する尊敬とも畏敬ともつかない思いと、父暁斎と同じく絵のことしか考えない奔放な兄河鍋暁雲こと周三郎に対する複雑な感情とを交えて描き出されているのです。

 

女性絵師の物語というと、葛飾北斎の娘で東洋のレンブラントと呼ばれた葛飾応為を描いた朝井まかての『眩(くらら)』という作品を思い出します。

この物語は、北斎の娘で応猪ことお栄の絵師としての姿や、また女としての姿もまた生き生きと描かれている作品です。

そして、本書の中でも北斎と暁斎、応為と暁翆とを比べていますが、小説としてもどうしても本書『星落ちて、なお』と『眩(くらら)』とを比べてしまうのです。

 

 

本書『星落ちて、なお』では、父親の暁斎が死去したのちの主人公の暁翆こととよの姿から始まります。

主人公とよの父である暁斎は、八十歳を超えてもなお旺盛な画力を失わなかった北斎とは異なり、五十九歳という若さでこの世を去っています。

画鬼と呼ばれるほどに絵のことしか考えていなかった暁斎ですが、残された二十二歳のとよには異母兄の周三郎という新たな存在がおり、何かととよのことをけなし、雑用はすべてとよに押し付けてしまいます。

弟の記六もまた面倒なことからは逃げるしかなく、借金ばかりを増やすありさまです。妹のきくは病弱で何もできません。

結局は、暁斎の親友である真野八十吉や、鹿島清兵衛という大店の主の世話になるしかないとよでした。

 

本書『星落ちて、なお』に限らず、実在の人物の生涯を描く作品は多々あります。作家たちが本書のように実在の人物を描く意図は何だろう、と思っていました。

この点について作者の澤田瞳子は、「本の話」の中で、「絵に限らず、親子だから、家業だから、ということで逃れられないことは誰にも大なり小なりあって、とよの生きた人生は一面、我々全員が共有できる人生でもあります」と言っておられます。

だれしも人生では何らかの束縛から離れては生きていけないから、主人公の人生に読者自身の人生を重ね、そこで何らかの意義を見つけてほしい、とでも言うことでしょうか。

 

私が好むエンターテイメント小説の場合、読者に楽しんでもらいたいと思って書いているという作家の言葉を読んだことがあります。

では、本書のように文学性の高い作品はどうなのでしょう。芥川賞にノミネートされるような作品ではどうなのでしょう。

本書のような文学性の高い作品を読むと、いつもそうした疑問が浮かんできます。

 

そうした意味では本書は私の好みとは少し異なる作品でした。冒頭に述べた『眩(くらら)』という作品はかなり楽しく、葛飾応為の生き方を客観的に楽しんだ記憶があります。

しかし、本書の場合、詳細に情景が描写してあり、さらには人物なり時代なりの詳しい説明が為されています。

そうした差異が物語としての面白さ、私の好みにも影響しているのでしょう。

 

何といっても、本書『星落ちて、なお』は第165回直木賞を受賞した作品です。

作者の筆の力は確かに主人公の懊悩を浮かび上がらせ、物語として、文学作品として高い仕上がりになっています。

作者澤田瞳子はこれまで何度も直木賞の候補には上っていながらそれを逸してこられました。

今回やっとそれを受賞されたことになりますが、ただ、私の個人的な好みとは一致しなかったということです。

高瀬庄左衛門御留書

高瀬庄左衛門御留書』とは

 

本書『高瀬庄左衛門御留書』は、新刊書で335頁の長編の時代小説で、第165回直木賞と第134回山本周五郎賞という両賞の候補作となった作品です。

近頃わたしが好みだと思った作家さんとして葉室麟、青山文平、野口卓の両氏がいますが、本書の作者砂原浩太朗氏もまたその中に入りそうな作家さんでした。

 

高瀬庄左衛門御留書』の簡単なあらすじ

 

神山藩で、郡方を務める高瀬庄左衛門。五十を前にして妻を亡くし、息子をも事故で失い、ただ倹しく老いてゆく身。息子の嫁・志穂とともに、手慰みに絵を描きながら、寂寥と悔恨の中に生きていた。しかしゆっくりと確実に、藩の政争の嵐が庄左衛門に襲いくる。人生の苦渋と生きる喜びを丁寧に描く、武家もの時代小説の新星、ここに誕生!(「BOOK」データベースより)

 

 

高瀬庄左衛門御留書』の感想

 

本書『高瀬庄左衛門御留書』は、既に息子にあとを継がせて好きな絵を描いて暮らす隠居の身の高瀬庄左衛門という男の物語です。

家督を譲って隠居しているという人物を描くという点では藤沢周平の『三屋清左衛門残日録』のようであり、その佇まいはまた身分、立場は異なるものの、野口卓の『軍鶏侍シリーズ』の主人公、岩倉源太夫のようでもあります。

 

 

心に沁みる時代小説と言えば、とくに藤沢周平という作家が取り上げられることが多いようです。

それは、藤沢周平という作家の紡ぎ出す文章や作品の世界が持つ清々しさが、古き良き日本へと連なる美しさを醸し出すなどのことがあると思われます。

そして、葉室麟青山文平など落ち着いた文章を持つ時代小説の新たな書き手が現れるたび、藤沢周平の名が取りざたされるのです。

本書『高瀬庄左衛門御留書』の作者砂原浩太朗もまたそうであり、新人でありながら落ち着いたたたずまいの作風を持つこの作者は私の琴線に触れる作家さんでした。

 

作者の砂原浩太朗の文章は、読み始めはとくに何ということはない文章のように感じていました。

近いと思える青山文平と比べても、硬質で張り詰めた緊張感を持つ青山文平の文章と異なり、特に特徴が無いように思えたのです。

また、同時期に読んだために比べてしまった同じ第165回直木賞の候補作であった澤田瞳子の『星落ちて、なお』と比べても、実にあっさりと感じる文章でした。

星落ちて、なお』は詳細に情景が描写してあり、さらには人物なり時代なりの詳しい説明が為されています。

 

 

ところが本書『高瀬庄左衛門御留書』の場合、事前の背景描写がなされるだけで、人物の詳細な心象描写はあまりなく、描かれる場合もわずかであり、客観的な心象風景に委ねてあります。

でありながら、すぐにこの文章の静かで落ち着いた雰囲気になじみ、心に沁みるようになってきました。

どちらがいいとか悪いとかの話ではありません。単に自分の好みとして本書の文章の方が好みであるということだけです。

ただ、一言付け加えれば『星落ちて、なお』の方はそう遠くない過去に実在した人物を描いているのであり、史実を説明する必要があったということはあるかもしれません。

というのも、この作者の澤田瞳子の過去の作品の文体はもう少し説明的でなく、気楽に描かれていたように思うのです。

 

ともあれ、本書『高瀬庄左衛門御留書』は読み始めから惹き込まれました。そして、一気に読み終えてしまいました。

ストーリー自体は単純ではありません。というよりも複雑といった方がいいのかもしれません。

息子の死。実家へと帰った息子の嫁志穂の数日おきの来訪。息子に引き継いだ郡方の役務への復帰。一人の若侍の危難を救った主人公とその若侍の交流。藩内の抗争とその抗争に巻き込まれる主人公。

登場する人物も少なくはなく、人間関係を把握し覚えておくのも簡単ではありません。もう少し話を単純にし、登場人物の相関関係も簡略化できていればなどと思うこともありました。

しかし、それでもなお本書にひかれました。

 

その理由の一つとして、主人公高瀬庄左衛門の言葉に魅力が挙げられると思います。

本書終盤近くで、生前の息子と学業を争った青年に向かって言った言葉で、「人などと申すものは、しょせん生きているだけで誰かのさまたげとなるもの・・・均して平なら、それで上等」という文言があります。

この言葉など、そのままに私たちの普通の生活の中で意識し、救いとなる言葉でもあるでしょう。

 

また、本書『高瀬庄左衛門御留書』の中で、庄左衛門とかつて庄左衛門が思いを寄せたことのある芳乃という女性との会話の場面がありました。

庄左衛門が絵を描くようになった原因が、「じつはあの居室にこそ淵源があったのかもしれない。」などという庄左衛門の心の内と、その背景の自然の描き方がとても好ましく思えます。

こうした処理の仕方は藤沢周平青山文平といった作家にも通じる心地の良さを感じるのです。

この庄左衛門と芳乃の会話の場面では藤沢周平の『蝉しぐれ』の映画での、主人公牧文四郎役の市川染五郎とふく役の木村佳乃との年を経てからの会話の場面を思い出しました。

こうした印象は、著者砂原浩太朗自らが「藤沢教信者」といい、「自分にとって藤沢先生は特別な存在。藤沢作品は、小説のひとつの理想型ではないかと思っています」といわれているほどであり、あながちはずれでもないと思っています( 小説丸 : 参照 )。

 

だからといって本書『高瀬庄左衛門御留書』が手放しで面白い作品だったということでもありません。先に述べた単純ではないストーリーなどの他に、何となくの物語の浅さを感じるのです。

その理由もよく分からない、素人の私の単純な感想であり無責任という他ないのでしょうが、もう少し厚みを感じる物語を期待したいのです。

 

とはいえ、繰り返しますが冒頭から惹き込まれて作品であることは嘘ではなく、物語の世界に身を委ねる感覚になった作品は久しぶりでもありました。

まだデビュー二作目だという作者には過大な要求かもしれませんが、今後の作品が期待される作家さんです。

JAGAE 織田信長伝奇行

JAGAE 織田信長伝奇行』とは

 

本書『JAGAE 織田信長伝奇行』は、著者自身のあとがきまで入れて新刊書で516頁にもなる長編の歴史小説です。

伝奇作家として高名な夢枕獏が夢枕獏なりの織田信長を描いた作品で、期待とは異なってはいたものの、それなりに面白い作品でした。

 

JAGAE 織田信長伝奇行』の簡単なあらすじ

 

河童、妖刀、大蛇、バテレンと法華、信玄の首……
現代伝奇の旗手が描く誰も知らなかった戦国覇王の顔!
その時、本能寺にいたのは誰だ?
著者渾身の歴史巨編!

『魔獣狩り』『神々の山嶺』『陰陽師』の創造主が描く、神になろうとした男!
“蛇替えーーつまり、蛇を捕らえるために、池の水を汲み出すことである。”
UMA(未確認動物)の探索者であり、合理主義者だった信長。対するは、あやかしの人、飛び加藤こと加藤段蔵。
「これで、おもしろいものにならなかったら、物語作家失格である。」(「内容紹介」出版社より)

 

JAGAE 織田信長伝奇行』の感想

 

本書『JAGAE 織田信長伝奇行』は、作者があの夢枕獏であり、テーマが織田信長ということもあって、当然、信長を中心とした伝奇小説だと思っていました。

冒頭の三章は妖術師や河童、妖刀などの不思議な出来事を中心に超合理主義者の信長がその実態を暴くという話です。つまり本書は、章ごとに世の中の不思議を取り上げその実態を信長が暴いていく、という物語のようです。

しかし、次第にどうもそうではなさそうに思えてきました。帰蝶を嫁とし、義父である美濃の斎藤道三との対面の様子の描写などはまさに歴史小説そのものなのです。

ただ、本書序盤で描かれている信長は徹底した合理主義者であり、うつけと呼ばれるほどに身なりにかまわない存在であって、これまで言われてきた信長像と異なりません。

 

その点では、同じく信長を描いた垣根涼介の『信長の原理』という第160回直木賞の候補となった作品のほうが、「パレートの法則」と呼ばれている現象を通して組み立てられていて、より特徴的だったと思います。

 

 

しかしながら、冒頭から描かれる河童や妖刀についての信長の関りかたについての描き方はまさに夢枕獏の文章であり、超合理主義者である信長という人物の存在を際立たせています。

そうした合理主義者信長を際立たせるという描き方自体はいかにも夢枕獏の描写であり、作品らしいということはできると思います。

また、『信長公記』やフロイスの『日本史』などの資料を随所で引用し、史実を際立たせてながら、信長の極端な性格を浮き彫りにする手法も上手いものだと思います。

 

 

本書『JAGAE 織田信長伝奇行』の序盤をこのようにみると、冒頭で飛び加藤こと加藤段蔵という忍びのエピソードを持ってきているのはそれなりの意味があると思えて来ました。

まず、幼い信長と飛び加藤との邂逅から始め、信長の人生の節目に飛び加藤を関わらせることで、超合理主義者で現実的な信長と、その対極である不思議の頂点にいる「妖物」の飛び加藤とのかかわりを描きたかったのだろうと思うようになりました。

その観点から本書を見てみると、序盤の木下藤吉郎と信長との出会いや、終盤の明智光秀との関係にも飛び加藤がかかわっています。

ということは本書『JAGAE 織田信長伝奇行』は、歴史の裏面に飛び加藤がいて、飛び加藤の思惑にのって歴史が動いたという、まさに夢枕獏の歴史小説だということになりそうです。

ただ、かつての夢枕獏の物語であれば、歴史的事実の改変も含め、より直接的に「妖物」としての飛び加藤を動かしてダイナミックな描き方をしていたのではないでしょうか。

しかし、本書ではそうではなく、信長という人物自体の行動、その行動に至る信長の心象を深く追い求め、信長という人物像を浮かび上がらせているように思えます。

 

本書『JAGAE 織田信長伝奇行』の設定だけを見ると、歴史の背後に忍者がいたという考えは、コミックや映画だけではなく小説でもタイトルは覚えてはいませんが、すでにあった構成だと思えます。

特に、冒頭の加藤段蔵の「牛を呑む」幻術のエピソードなどは司馬遼太郎の『果心居士の幻術』という短編集の中の「飛び加藤」という作品で描かれています。

このエピソードに関して調べると「甲陽軍鑑末書結要本」という書物が種本のようで( ウィキペディア : 参照 )、その後もいろいろな物語やコミックでこの場面を見たと記憶しています。

 

 

でも、そうしたことは別に難点でも何でもなく、出来上がった物語がいかに面白いかどうか、だけが問題でしょう。

 

その観点からは、本書『JAGAE 織田信長伝奇行』は確かに夢枕獏ならではの視点があるようです。

例えば、藤吉郎は飛び加藤から信長の人物評として、信長は人を権威では見ずに機能として見る、と聞いています。だから、藤吉郎は信長の杖となれというのです。走る信長は転ぶから杖となれというのです。

こうした信長像自体は決して目新しいものとは思えませんが、それを飛び加藤の信長評として藤吉郎が信長に仕える一因となったとするのは面白い描き方だと思います。

また信長が使った「天下布武」という言葉や印判についての考察や、信長が行った伴天連と仏教僧との宗論の場面などは資料を駆使して描いてあり、読みごたえがあります。

 

このように、本書『JAGAE 織田信長伝奇行』では夢枕獏らしい表現が随所にありますが、特に飛び加藤が自身を評していった言葉は印象的でした。

飛び加藤は、自分にはとれぬ首はないが、人望がなく徳がないし、おれについてくる者はおらず、結局はおれの持っているものは技に過ぎない、というのです。

そうした飛び加藤と超合理主義者の信長との物語である本書『JAGAE 織田信長伝奇行』は、当初思っていた夢枕獏の物語とは違っていましたが、それなりの面白さはあったと思えます。

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』とは

 

本書『雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第四巻で文庫本で345頁の長編の痛快時代小説です。

何とか豊後関前藩内部の争いを終えた磐根の、自ら苦界に身を落とした奈緒を追う旅はまた江戸へと戻る旅になる、シリーズ中休みの一冊でした。

 

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』の簡単なあらすじ

 

秋の気配をただよわす西海道の峠道をいそぐ一人の若い武士。直心影流の達人、坂崎磐音であった。忽然と姿を消した許婚、奈緒の行方を探す途上、道連れとなった蘭医が因で、凶暴な異形僧たちに襲撃されることに…。些事にこだわらず、春風駘蕩のごとき磐音が、行く手に待ち受ける闇を断つ。大好評!痛快長編時代小説第四弾。(「BOOK」データベースより)

 

坂崎磐根の親友小林琴平の妹でもあり許嫁でもあった奈緒が長崎の丸山遊郭に売られていったと聞いた磐根は、安永二年(1773)旧暦七月、長崎へと向かっていた。

その長崎では、磐根らの働きで不正を明らかにされて関前藩を追放され長崎の出店にいた西国屋の襲撃を退けるが、奈緒は小倉城下に新たにできる岩田屋善兵衛の遊女屋へ売られてしまっていた。

小倉の町では岩田屋善兵衛の遊女を赤間の唐太夫がすべてさらったと聞いて、岩田屋と唐太夫との出入りに加わるが、菜緒はその前日に京の島原へと売られていた。

奈緒を追って京都へとたどり着いた磐根だったが、奈緒は京の朝霧楼から加賀金沢の遊郭へと売られた後だった。

金沢では金沢藩内部の抗争に巻き込まれかけた磐根だったが、奈緒が売られた先の一酔楼へ行くと、奈緒は江戸へと送られたという話だった。

吉原会所の四郎兵衛によると奈緒は吉原にいた。しかし、江戸町二丁目の大籬丁子屋は吉原でも一、二を争う格式の大見世であり、丁子屋が京に支払った金子は千二百両だといい、もはや磐根にはどうしようもない金額になっていた。

 

雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』の感想

 

本書『雪華ノ里─ 居眠り磐音江戸双紙 4』は、居眠り磐音江戸双紙シリーズの中休み、ともいうべき一編になっています。

前巻『花芒ノ海─ 居眠り磐音江戸双紙 3』で磐根の活躍で豊後関前藩での抗争に終止符が打たれ、やっと磐根の個人的な事柄である奈緒の探索に移ったのですが、その菜緒は遊女として売られてどこにいるか分からないようになっていたのです。

関前の橦木町にある妓楼さのやの女将によれば、奈緒は関前から遠い地に身売りしたいと言っていたらし、女衒の言葉に従い長崎の丸山の望海楼に売られたという事実を聞き込んだのでした。

それから、長崎、小倉、京都、金沢へと辿り、ついに江戸吉原へとやってきたのです。

 

この間の様子が語られる一編となっており、いわば磐根版のロードムービーといった趣きでしょうか。

とはいえ、行く先々で奈緒が磐根に向けて書き置いた短歌が残されているなど、出来すぎに思えなくもないのですが、ともあれ痛快小説として単純に楽しめる作品です。

ロータス・コンフィデンシャル

ロータスコンフィデンシャル』とは

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、新刊書で332頁の公安捜査官を主人公にした長編の公安警察小説です。

舞台は公安であってもあい変らずに今野敏の物語であり、主人公倉島の成長物語の要素が強い、とても読みやすく面白い作品でした。

 

ロータスコンフィデンシャル』の簡単なあらすじ

 

外事一課の倉島は、「ゼロ」の研修帰りのエース公安マン。ロシア外相が来日し、随行員の行動確認を命じられるが、同時期にベトナム人の殺害事件が発生。容疑者にロシア人バイオリニストが浮かび上がる。一方、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることがわかる。倉島は、ベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探るが…。(「BOOK」データベースより)

 

ロシア外相ドミトリィ・コンスタンチノヴィッチ・ザハロフの来日に伴い、倉島達夫らもユーリ・ミハイロヴィッチ・カリーニンという人物の行動確認をするよう命じられた。

倉島はロシア大使館のコソラポフにカリーニンの素性を確かめると、FSOつまり大統領などの政府要人の警護のための組織である連邦警護庁の大佐だというほかに耳寄りな情報はなく、つまりは要注意人物ではないとの結論に至るのだった。

そこに公安機動捜査隊の片桐秀一から、ベトナム人が殺された事件の被疑者がザハロフ外相の随行員の一人と接触したらしいと知らせて来た。

防犯カメラに写っていた被疑者の名はマキシム・ペトロヴィッチ・ヴォルコフといい、日本に滞在しているミュージシャンだという。

ただ、被疑者といっても片桐一人の心証だと聞き片桐の考えすぎだと思う倉島だったが、そのことを聞いた倉島と同僚の白崎敬は、倉島こそどうかしているというのだった。

そのうちに、白崎の行方が分からなくなってしまう。

 

ロータスコンフィデンシャル』の感想

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、いかにも今野敏の作品らしい、読みやすく時間をかけずに読める気楽な警察小説です。

この気楽に読めるというところが今野敏の作品らしいところであり、後述の麻生幾濱嘉之らのシリアスな作品と異なるところです。

 

シリーズを重ねるごとに成長を見せてきた主人公の倉島達夫警部補ですが、前作の『防諜捜査』では「作業班」を率いるまでになっています。

つまりは、独立した一人前の公安捜査員として予算や人員を自由に使い、国家のために働くことができる立場になったのです。

ところがそんな倉島が慢心したのか、公安としての自覚に欠けた行動をとってしまいます。

公安に移る前はベテラン警部補であった白崎からも倉島が「変わった」と指摘されますが、自分が変わったことに気付かない倉島でした。

この白崎はシリーズ第四作の『アクティブメジャーズ』から行動を共にしているのですが、公安捜査員としてはまだ経験が浅いとの思いもあったのでしょう。

そうこうするうちに、白崎の失踪事件などが起き、さすがの倉島も自分の怠慢に気付きます。

そして、伊藤や片桐といったこのところ行動を共にしてきたチームの仲間たちの力を得て、白崎の行方を探すとともにベトナム人殺害事件として名前が挙がっているヴォルコフの件の調べも進めるのです。

こうして、自分のミスに気付いてからの倉島の行動力は目を見張るものがあり、読者も引っ張られてしまいます。

この倉島の変化こそが本書『ロータス・コンフィデンシャル』の一番の魅力でしょう。その上で、公安の職務の実態の描写もまた関心事となってくるのです。

 

公安関係の作品と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』などの名前が浮かびます。

日中にまたがる諜報戦争とともに公安警察の真実が暴かれていき、大どんでん返しをみせる、諜報小説、エンターテインメント小説の最高峰と言われている作品です。

 

 

また、濱嘉之著の『警視庁情報官シリーズ』は、公安警察出身である著者の濱嘉之氏が、自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出す異色の長編小説です。

ずば抜けた情報分析力を持っている公安警察官が主人公とした、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説になっています。

 

 

日本でもこうした十分に面白いインテリジェンス小説が増えてきました。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、これらのリアリティに富んだ作品群と比較すると、公安警察関係の小説としては若干色があせる印象はあります。

他の場所でも書いたと思うのですが、本書では公安の諜報活動の実際のエッセンスだけが示され、描かれているのは今野敏が描く普通の警察小説の捜査とあまり変わらない印象です。

それは本書が面白くないということではなく、物語の展開の仕方が現実の公安捜査の実際というよりも、登場人物たちの個々の心証を中心とした行動に重きが置かれているために、他の警察小説との差異が出にくいということになるのではないでしょうか。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』の面白さは、主人公倉島の上司も含め、元刑事の白崎や片桐や伊藤ら仲間たちの援助があって成長していく倉島の変化、成長の様子の描写にこそあると思います。

 

今野敏という書き手のこれまでの傾向を見ると、今野敏の描き出すインテリジェンスの世界はどうしても諜報活動自体というよりも、そこに携わる人間たちの思惑なり行動なりが描かれることになると思われます。

そしてそれは今野敏の小説の世界として変わらずに支持されるでしょうし、また支持していきたいと思うのです。

続編を待ちたいともいます。

倉島警部補シリーズ

倉島警部補シリーズ』とは

 

本シリーズの『倉島警部補シリーズ』は、今野敏という作家にしては珍しい公安警察員を主人公にしたシリーズです。

とはいえ、基本的にはこの作家の他の警察小説の構成とあまり変わってはいないと思われ、今野敏のタッチが強く残った、読みやすいシリーズです。

 

倉島警部補シリーズ』の作品

 

倉島警部補シリーズ(2021年09月08日現在)

  1. 曙光の街
  2. 白夜街道
  3. 凍土の密約
  1. アクティブメジャーズ
  2. 防諜捜査
  3. ロータスコンフィデンシャル

 

倉島警部補シリーズ』について

 

この『倉島警部補シリーズ』は、当初の三作は倉島達夫警部補を主人公とするアクション小説風の作品でしたが、第四作あたりからシリーズの色が変わり、より公安警察色の強い作品になってきたように思います。

第三作まではヴィクトルというKGBの男との話が軸になっていたのですが、第四作目の『アクティブメジャーズ』からはヴィクトルは登場しません。

というよりは、シリーズ一作目の『曙光の街』ではヴィクトルがメインと言ってもいいほどであり、このヴィクトルによって主人公の倉島達夫は変わっていくのです。

この三作で、倉島はまだ頼りなさの残る、事なかれ主義の男から一人前の公安捜査官へと育っていきます。

 

そして、第四作の『アクティブメジャーズ』では、倉島警部補はゼロと呼ばれる研修から戻ったばかりということになっています。

ゼロの研修から戻ったということは、一人前の公安捜査官になったということであり、文字通りシリーズの主役となったと言えます。

それまで倉島を助けてきたヴィクトルは登場しなくなり、代わりに倉島の情報源としてロシア大使館の三等書記官のコソラポフという男が登場し、よりインテリジェンス色の強い話になっているのです。

シリーズ初期の三作は十年以上も前に読んだ作品なので、その後のヴィクトルの消息は覚えていません。

 

ここで「ゼロ」とは「チヨダ」とも呼ばれる警察庁警備局警備企画課の情報分析室のことであり、ここでの研修を終えた公安警察員は公安のエリートと呼ばれるそうです。

この「ゼロ」をテーマに書いた作品が、これまで何度も取り上げてきた麻生幾が書いた『ZERO』という作品です。

この本の惹句に「日本スパイ小説の大収穫でありエンターテインメント小説の最高峰」とあるのも納得の作品です。

 

 

ともあれ、前作『防諜捜査』が出てから五年後をへて新しく『ロータスコンフィデンシャル』という続巻が出ました。

これからも倉島警部補の成長譚が読めることを楽しみにしたいと思います。

矢能シリーズ

矢能シリーズ』とは

 

元ヤクザの矢能政男という男の探偵稼業の様子を描いたハードボイルドミステリー小説です。

矢能という男のキャラクターにもよるのでしょうが、小気味のいい文体で読みやすいこともあり、好きなシリーズの一つになっています。

 

矢能シリーズ』の作品

 

矢能シリーズ(2021年09月04日現在)

  1. 水の中の犬
  2. アウト&アウト
  1. バードドッグ
  2. ドッグレース

 

矢能シリーズ』について

 

この『矢能シリーズ』は、普通の探偵小説とは異なり、本格派の推理小説でも、クールなハードボイルド小説でもありません。

元笹健組にいたという矢能の前身に応じ、もっぱらヤクザを顧客とする、いわばヤクザ御用達の探偵なのです。

ただ、矢能のもとには栞という小学生の女の子がいますが、この栞という少女の存在が本『矢能シリーズ』の魅力の一つとしてあると思われます

また、後には栞の勧める美容室の女性もシリーズの雰囲気を和らげる役目を果たしていそうです。

この栞や美容室の女性の来歴は簡単ではありますが、シリーズ第一弾の『水の中の犬』に述べられています。

 

本『矢能シリーズ』は、そもそも『矢能シリーズ』というシリーズ名で通るものかどうかも実はよく分かりません。とはいえ、ネット上では『矢能シリーズ』で通っているようですからいいのでしょう。

先にシリーズ第一弾は『水の中の犬』と書きましたが、実はシリーズ第一弾はと問われるとそれがはっきりとはしません。

矢能という男が最初に登場するのは、確かに『水の中の犬』という作品です。

このときはまだ菱口組若頭補佐笹健組組長の笹川健三のボディーガードのようにして笹川の側にいました。その組内の地位は不明ですが貫禄十分の笹健組の組員であったと思っていいのでしょう。

しかし、『水の中の犬』の主人公は矢能政男ではなく、「私」として登場する探偵です。

本シリーズの『矢能シリーズ』というネーミングからも分かる通り、本シリーズの主人公は矢能政男という男だとするならば、この『水の中の犬』は『矢能シリーズ』の前日譚ともいうべき位置にあります。

この矢能政男がヤクザをやめ、『水の中の犬』の主人公の「探偵」の後をついで探偵となるのです。

その辺の詳しい事情は『水の中の犬』を読んでもらうしかありません。

 

 

シリーズの主人公と言える矢能政男が本格的に活躍するのは、ですから第二弾の『アウト&アウト』からです。

新米探偵が元ヤクザという経歴を生かして様々な依頼を処理していくさまが描かれています。

矢能にはどうにも似合わない稼業だと人は言いますが、むかし取った杵柄で業界には顔が通っていて、まんざらでもなさそうです。

 

第一巻がダークな雰囲気のハードボイルドミステリーだとするならば、、第二巻以降は若干コミカルなニュアンスを抱えるハードボイルドエンターテイメント小説です。

まだまだこれから続いていくシリーズでしょう。

この『矢能シリーズ』は、私にとって続巻が楽しみなシリーズの一つなのです。

仁義なき戦い 菅原文太伝

仁義なき戦い 菅原文太伝』とは

 

本書『仁義なき戦い 菅原文太伝』は、著者自身によるあとがきまで含めて単行本(ソフトカバー)で299頁の評伝です。

『仁義なき闘い』という映画の主役である菅原文太という役者の評伝であり、面白く読んだノンフィクションです。

 

仁義なき戦い 菅原文太伝』の簡単なあらすじ

 

「俳優になったのは成り行きだった」誰もが知るスターの誰も知らない実人生。故郷に背を向け、盟友たちと別れ、約束された成功を拒んだ。「男が惚れる男」が生涯をかけて求めたものは何だったのか。意外な素顔、大ヒット作の舞台裏、そして揺れ動く心中。発言の裏に秘められた本音を丁寧に掬い上げ、膨大な資料と関係者の貴重な証言を重ね合わせて「敗れざる男」の人生をまるごと描き出す決定版評伝。( 内容紹介(出版社より))

 

菅原文太は、新東宝、松竹を経て、安藤昇の引きで東映はと移籍したそうです。

そこから『現代やくざ』シリーズ、『まむしの兄弟』シリーズなどのヒット作を得、『仁義なき戦い』シリーズ、『トラック野郎』シリーズなどで大スターの仲間入りをしました。

その後、大河ドラマ『獅子の時代』に主演したり、東映版の映画『青春の門』の伊吹重蔵役、『千と千尋の神隠し』や『ゲド戦記』にも声で出演したりしています。

その後岐阜県清見村に引っ込んで暮らしていたところにある悲劇が襲い、その後の自身の膀胱がんの発症などもあって、山梨県で本格的に農業をするようになったそうです。

そして2014年11月28日、転移性肝がんによる肝不全で永眠されました。

 

仁義なき戦い 菅原文太伝』の感想

 

映画好きの私にとって、これまで見た映画の中で最高の作品の中の一本は『仁義なき闘い』であり、その主役の菅原文太という役者は、高倉健と並んで最高の役者の中の一人です。

 

映画好き、それも小説と同様にジャンルを問わない映画好きの私は、御多分に漏れず学生時代には東映のヤクザ映画にもはまりました。

中でも『仁義なき戦い』という映画は衝撃であり、それまで名前しか知らなかった菅原文太という役者を知るきっかけにもなった映画です。

梅宮辰夫、松方弘樹、田中邦衛、成田三樹夫、室田日出男といった役者たちが顔をそろえた、これまでにない作品だったのです。

それまでの任侠映画とは異なる新しい現代ヤクザの流れを汲む作品であり、様式美を無視したリアリティあふれた映画であって、皆が声を揃えて面白いと叫んだものです。

 

その映画での主人公の広能昌三を演じた菅原文太という役者の存在感はすさまじいものでした。

この映画では、松方弘樹の演じた弱さを見せるヤクザや、千葉真一のすさまじいチンピラ姿など、ほかにも取り上げるべき役者や場面などいろいろあるのですが、菅原文太という役者はまた別格です。

その菅原文太という役者の評伝というのですからすぐに手に取りました。

ほかに、石原慎太郎が安藤昇という男を描いたノンフィクション『あるヤクザの生涯 安藤昇伝』という本を図書館に予約したところでもあり、本書の情報を耳にしてすぐに借りたということもあります。

 

 

本書『仁義なき戦い 菅原文太伝』の巻末に示された参考資料の膨大な数は数えるのも嫌になるほどであり、作者の主観と客観的な情報との峻別も明確です。

詰め込まれた情報もまた膨大ではあるものの、整理されていて読みやすい作品でもありました。

しかし、これまで菅原文太という役者の実像はほとんど知らなかったこともあって、思った以上に本書『仁義なき戦い 菅原文太伝』は面白い作品でした。