見えるか保己一

見えるか保己一』とは

本書『見えるか保己一』は、2026年3月にKADOKAWAから352頁のハードカバーで刊行された、長編の時代小説です。

第39回山本周五郎賞の受賞作であり、また第175回直木賞の候補作にもなっている高い評価を受けている作品ですが、個人的な好みとは少し離れた作品でした。

昔歴史を勉強する中でその名前だけは聞いたことがある塙保己一というの国学者の一代記であって、個人的な好みとは少し外れた作品でした。

見えるか保己一』の簡単なあらすじ

江戸時代の全盲の国学者・塙保己一。幼少期に失明するも、学問を志し、やがて国内最大の叢書『群書類従』の編纂という、前代未聞の大事業に取り掛かる。類稀なる記憶力で、学者として輝かしい経歴を築いていく保己一だったが、その傍らに常にあったのは、目明きー妻、学者仲間、弟子らとの、すれ違いだったー。山田風太郎賞受賞作家の、新境地にして勝負作!(「BOOK」データベースより)

見えるか保己一』の感想

本書『見えるか保己一』は、塙保己一というの国学者の生涯を描いた作品で、第39回山本周五郎賞を受賞し、また第175回直木賞の候補作にもなった作品です

このように評価は高い作品なのですが、その内容は残念ながら個人的な好みと異なった作品でした。

 

塙保己一は七歳の時に視力を失った盲人であり、眼の見えないなか手のひらに書いて文字を覚え、ひとに読んでもらい書物を暗記し、盲人の役職の最高位である検校となり、また国学者として名を成すまでになった人物です。

また、塙保己一と言えば、『群書類従』という書籍の名前は聞いたことがありました。では『群書類従』とは何かと言えばそれは一冊の作品ではなく、「叢書」のことをいうそうです。

「叢書」とは多義的ではありますが、ここでは「テーマなど特定の共通項に基づいていくつかの書物・著作をまとめあげたもの」のことを言うそうです( ウィキペディア : 参照 )。

『群書類従』という叢書の持つ本当の意味について、「枕草子や源氏物語が正しい形で残っているのは、塙保己一のおかげだ」という言葉に出会って自分の役割を確信したと紹介してありました。( 好書好日 : 参照 )

 

そんな天才の生涯を描いたのが本書です。

本書の導入部から「両の眼をくにょくにょと擦る。こすこす、じゃいかん、くにょくにょじゃ。・・・」と眼病にかかっている自身の眼を触る行動への独白についての独特な表現から始まります。

この表現は、私が読んだこの作者の前著『化け物心中』でも猫の鳴き声を「ねうねう、にゃあう」と場面がありました。当時の私は「物語の世界観の一端が示され、読者はこの作品世界に一気に引きずり込まれてしまうのです。」と記しています。

そのことは本書でも同様であり、常とは異なる物語の導入の仕方、表現のあり方があって本書の世界観へと誘われ、なお且つ本文でも同様の文体が続いて独特の世界観を堪能することになります。

 

そして、通常の伝記作品とは異なり、単に主役である人物の人となりを紹介し、その人物に関する出来事を並べ挙げているだけではない展開へと導かれるのです。

本書での保己一は、盲人なのに目明きのように周りの様子を認識しているように動き理解する天才、というわけではありません。

そこには盲人なりの努力があり、同時に限界もあります。そのことに周りは気づかず、次第に保己一と周りとの認識に齟齬が出てくるのです。

 

主人公である塙保己一は、幼名を寅之助、盲いてのちは辰之助といい、幼馴染の輝明に触発され学問をしたいと江戸に出るまでが第一章で描かれます。

第二章になると雨富検校に入門してから千弥と呼ばれている姿があり、鍼や按摩で身を立てようとしていますが、なかなか上達しません。

そんな千弥が学問の道に進み、名前も保木野一から保己一と代わり、大成していく姿が描かれていきます。

ただ、その段階ごとに成長する保己一の描かれかたが独特です。

 

目の見えない保己一は、音や匂いで人物をも含めた周りの様子を知ります。そんな、まるで見えているかのような保己一の様子に周りの人間は目明きのような盲人だと噂します。

ところが、保己一の内心はそんな周りの思惑とは異なっており、そんな折々の保己一の内心、苦悩が詳細に描かれていきます。

また各章では、その時にかかわった第三者視点での文章が挟まれています。目の見えない保己一と目明きとの認識の差異や、保己一にとってのその時々の導きなどが記されていて、全体がより客観的に見えてくるのです。

そうした中、「見えるか保己一」というタイトルに込められた作者の意図が少しずつ明らかにされていきます。

 

蛇足ですが、本書には南町奉行根岸肥前守鎮衛が重要な人物として登場します。この人物は「耳袋」という随筆集を残していたことで知られています。この「耳袋」をテーマとした作品が風野真知雄の『耳袋秘帖』という作品です( 『耳袋秘帖シリーズ』 : 参照 )。

また、たまたま同じ時期に図書館から借りていた作品が南町奉行所の新人養生所見廻り同心を主人公とする砂原浩太朗の『小石川養生所青春譜』であり、この主人公の上司として南町奉行の根岸鎮衛が登場しています。

 

話しをもとに戻しますが、本書は著者の独特な筆の運び自体は若干の関心を呼ぶのですが、主人公の心のはこびと目明きたちの心の動き方の描写が独特であり、どうにもついていけない箇所がありました。

これは個人的な好みの問題ですから、好みが合致する方にとっては惹きこまれて読み進める作品だと思います。

火災調査官

火災調査官』とは

本書『火災調査官』は、2016年9月に東京創元社から刊行され、2018年5月に創元推理文庫から395頁の文庫として出版された、長編の推理小説です。

物語の舞台は関心のあるものでしたが、その内容は残念ながら興味を引くものではなかったと言わざるを得ません。

火災調査官』の簡単なあらすじ

目黒区の空き家で放火が発生。現場には犯人の遺留物と思しき、ダ・ヴィンチの作品を模写した天使の絵が残されていた。そしてそれを皮切りに、都内で同じ手口の放火事件が頻発。なぜ同じ絵が現場に必ず残されるのか?被害者たちの共通点とは?有能だが本心では炎の美しさに執着している火災調査官・東と、正義感あふれるポンプ車小隊長・白木が事件の謎を追う、渾身のミステリ。(「BOOK」データベースより)

火災調査官』の感想

本書『火災調査官』は、2018年5月に創元推理文庫から395頁の文庫として出版された火災調査官を主人公とした長編の推理小説です。

火災調査官」という職種は全くと言っていいほどに情報を持っていない分野でもあって関心のあるものでしたが、物語としては面白さを感じることのないものでした。

 

登場人物を見ると、主人公は消防本部予防部調査課に勤務する火災調査官の東孝司という男です。

この男は、わが道を行くタイプであり、思っていることをそのまま口に出してしまうなど周りから浮いてしまうそうで、人との付き合いを苦手としており、また、火災現場に行くと「炎が見える」と噂されています。

反面、高校時代の二年上のバスケ部の先輩でもある白木はスポーツ万能で明朗な性格の持ち主であって、周りに溶け込むことができない東とは真逆であり、東が苦手としていた存在だったのです。

ほかにも、内藤や武井といった他消防署の火災調査官たちや、目黒署の榊刑事のような警察官などが周りを固めていて、捜査権を持たない主人公の調査を手助けしてくれています。

火災調査官」とは、「火災の原因や状況を調査し、再発防止策を講じるための専門職」であり、また「警察や消防、保険会社などの関係機関と連携して調査を進め」るそうで、「火災現場での証拠収集や分析を通じて、火災の原因究明に努め、地域社会の安全を守る役割を担ってい」るのです( JOBOON! : 参照 )。

 

確かに、本書は火災調査官を主人公に据えているだけあって、消防に関してのお仕事小説としてのトリビア的な知識を得ることができる面白さはあります。

しかし、登場人物のキャラクター設定は成功しているとは思えず、人物の書き分けもあまりうまくいっているとは思えませんでした。

主人公の性格にしてもわが道を行く性格がはっきりとはしておらず、苦手な先輩である筈の白木との対立もあまり目立ちません。

火災調査官として調査に動く主人公の姿は積極的であり、他者との衝突の場面もあまり感じられません。

 

また、普通のミステリーの主人公と異なり捜査権を持っておらず、また私立探偵でもないので公務員としての縛りがあって調査官としての行動がかなり制約されます。

つまりは、主役の行動が制限されていて魅力が半減なのです。その上、残念ながら主題となる謎が弱く、敵役の存在もあまり印象に残りません。

そうした中、物語の流れは平板でストーリー展開にあまり変化が感じられず、淡々と進む印象です。

さらに言えば、本書の帯には「二人が追う」として、火災調査官とポンプ車小隊長とが放火を追うと書いてありましたが、実際は火災調査官だけが中心となっています。

 

結局、火災調査官という職種は珍しいものだし、本書についての関心を掻き立てるものではありました。

しかしながら、物語としては残念ながら面白くなかったと言わざるを得ないのです。

柩の狩人

柩の狩人』とは

本書『柩の狩人』は『狩人シリーズ』の第六弾で、2026年5月に幻冬舎から644頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

シリーズ第五巻『冬の狩人』同様にこのシリーズの近時の傾向のままに、佐江刑事の物語として展開されています。

柩の狩人』の簡単なあらすじ

老朽化したビルが突如崩落。その夜、歌舞伎町に轟音が響いた。死者10名、負傷者8名。未曽有の大惨事の中、警視庁は二人の遺体の特定に難航する。それは、背中に虎の入れ墨のある男と、名義の異なる複数の会員証を持つ女だった。二人の身元特定を頼まれた新宿署の佐江は、死者の中に後輩刑事・滝の名を見つける。だが池袋分駐所に配属される滝が、現場にいたことに違和感があった。彼は何をしていたのか?同じ疑問を持った滝の元妻の秋絵と共に、佐江は犠牲者たちの足取りを追う。すると、18年前に起きたある未解決事件と滝との繋がりが発覚。死者の中に未解決事件の関係者がいたのではないかー。捜査は予期せぬ方向へと転がり始める。新宿署の一匹狼が、“柩”に葬られた謎を追う。予測不能。極上のノンストップ・エンターテインメント!(「BOOK」データベースより)

柩の狩人』の感想

本書『柩の狩人』は『狩人シリーズ』の第六弾で、新宿署の型破り刑事を主人公とした長編の警察小説です。

著者の大沢在昌らしい濃密なハードボイルド作品であり、警察小説です。

 

このシリーズ当初に見られた、巻ごとに異なる主役とその脇を支える佐江刑事という物語ではなく、佐江刑事個人の物語として描かれる近時の傾向のままの物語でした。

本『狩人シリーズ』は、巻ごとに登場する個別の魅力的な登場人物の活躍があって、そこに佐江がからむ点こそが魅力の物語だと思っていました。

しかし、先に述べたようにここ数巻では佐江刑事個人の物語として描かれるようになり、本書もその例にもれず佐江刑事の活躍を中心に描かれた作品となっています。

 

ただ、だから本作品が面白くない、と言っているわけでは決してなく、エンタメ作品として面白いのはもちろんです。

本書は先に書いたように新宿署の型破り刑事を主人公としていますが、大沢在昌の作品にはもう一人新宿署の型破り刑事が存在します。それが『新宿鮫シリーズ』の鮫島刑事です。

本書中でも「新宿署には永年、異動の対象とならない警察官が二名いる。一名は生活安全課の警部で、もう一名が佐江だ。」と触れられています。

両方のシリーズのファンとしては、二人の主人公が同じ物語世界で共存しているという設定は実に楽しみなのですが、この頃の佐江の物語はそのまま鮫島に置き換えても成立するのではないかと思えるのです。

もちろん、鮫島と佐江とではキャラクターは異なるし、キャリアである鮫島に対する晶という恋人の存在があるなど、二人の間には大きな差があるのはわかっています。

結局は、シリーズ初期のような作品が好みだと言っているだけです。

 

物語は、さすがに作者の大沢在昌の物語らしく複雑で、当初は新宿の中華料理店の入ったビルの崩落事故から始まった話が、日本のやくざはもちろん、中国系マフィアや北朝鮮工作員まで絡んでくるようになります。

その上で、話をまとめていくのですからさすがです。

 

新宿歌舞伎町の「東京油脂ビル」通称「アブラビル」の四階の床が崩落し、そのビルで唯一営業していた老舗の中華料理店の客から複数の死者を出す大事故が起きます。

死者の中には佐江の知り合いだった機捜時代の佐江の後輩の滝刑事がいましたが、佐江には身許不明の二人の死者について調べてほしいとの命が下ります。

ところが、その身元不明の死者の背後には思いもかけない事実が隠されていたのです。

 

佐江刑事個人の物語になっているとはいっても、本書でも佐江と共に調査を手伝う仲間が登場します。

その一人が、この事故で死んだ滝刑事の元妻で、探偵会社「女の砦」の所員だった山崎秋絵という女性です。

池袋分駐所勤務だった滝が、何故新宿の取り立てておいしいわけでもない中華店に一人でいたのか、その理由を知りたいと調査に乗り出していたのです。

 

そしてもう一人、元公安調査官の生命保険調査員の井川一郎という男も登場しますが、この人物は登場時はこの物語の主軸となるかと思えたのですが、そういうことでもありませんでした。

そのことは、秋絵にしても同様で、どうしても佐江の存在感には勝てないのです。

 

物語の流れ自体は、さすがに作者の大沢在昌の物語らしく、かなり複雑で気を抜くとおいていかれそうになります。

こうしたストーリーは、物語を書き初めには何も決めていないと言うから驚きです。でありながら、最終的には物語が破綻することもなく、一応の解決を見るのはさすがだと思います。

ただ、このシリーズはファンではあるだけに佐江が脇に回り、主役との関係性を中心に描かれるような物語をこそ期待したいと思います。

廻り道 手蹟指南所「薫風堂」

廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』とは

本書『廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」』シリーズの最終巻で、角川文庫から2020年2月に文庫本書下ろしで出版された人情時代小説です。

野口卓らしい小説ではあったものの、私の好みとはちょっと異なる作品でした。

廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

「薫風堂」の師匠・雁野直春は、稔書堂の北斗屋庄兵衛に依頼された書物の執筆に専念しながら、新しい年を迎えた。手習子たちとともに書初めを終えた直春は、意外な人物の訪問を受ける。それは、婚姻を約束しながら果たせずにいた石川家の美雪の母、阿久里だった。旗本の姫と浪人である直春との叶わぬ夢は、阿久里の来訪で終わりを告げるのか。さらに、直春に因縁ある実父から突然の呼び出しが―。シリーズ完結!書き下ろし長篇時代小説。(「BOOK」データベースより)

目次

捻書堂の北斗屋庄兵衛から頼まれた「手習心得」の執筆も何とか目途がついた雁野直春だったが、美雪の母親の阿久里が訪ねてきて、美雪との縁談は無かったものにしてくれと言ってきた。

美雪が手習所の女房になることは事実上できないことを察していた直春は、決別を受け入れ、また父親の春田仁左衛門にも自分との関りを断ってほしいと頼み、また緑之助にも報告をするのだった。

その後、定吉が兄弟子と喧嘩をして奉公先をやめさせられた事件などもあったものの、「手習之心得」と変更した本の書き直しも順調な直春だった。

廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』の感想

本書『廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』は、本書『廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」』シリーズ』の最終巻でとなる人情時代小説です。

 

本書『廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』は、まさにタイトル通りに、これまでの話が「廻り道」に過ぎなかったという実にベタな最終巻になっています。

ここまで来たらネタバレでもないと思うので書きますが、本書のラストは結局は大衆小説の王道の大団円というやつです。

同じ大団円でももう少し変化のつけ方があってもいいかなとは思いましたが、大団円での完結ということ自体には何の文句もありません。

それどころか、こうした終わり方自体は明るい未来を指し示すものとして個人的には好んでいるほどです。

とはいえ、言いたいのはそこではなく、やはり野口卓の小説としては『軍鶏侍シリーズ』と比較してしまうのは避けがたく、その結果、もの足りなさを感じてしまったということです。

 

軍鶏侍シリーズ』の中で番外編とでもいうべき立ち位置にある作品として『遊び奉行』という作品があります。

この作品は、『軍鶏侍シリーズ』本編で描かれる園瀬藩の権力争いの部分を取り上げ、視点の主を本編の主人公の岩倉源太夫とは別な人物として設定し情感豊かに描き出したものです。

このような作品を書いているのですから、本書のような手習所の師匠を主人公とした作品でも、ストーリー性を重視した作品を描いてほしいと痛切に感じたのです。

本書『廻り道 手蹟指南所「薫風堂」』のような、江戸の庶民の生活を作者野口卓の豊富な知識を持って紹介する、という作品も悪いとは言いませんが、やはり個人的な好みで申し訳ないのですが野口卓の語るストーリー重視の物語を期待します。

 

本書では、それまでの本シリーズで語られてきた直春の実の父親の春田仁左衛門との確執の話や、仁左衛門からもたらされた石川家との縁組やその相手の石川美雪という娘との恋模様の描写がありました。

それと同時に、こちらが主眼かとも思うのですが、手習所のあり方や「薫風堂」での手習子との交流などが描かれていました。

その中で手習所のあり方については、恩人である忠兵衛や書肆である捻書堂の北斗屋庄兵衛などとの会話などでも語られています。

さらには、江戸の庶民の生活の一端が様々な雑学的豆知識として語られていて、読み手の好奇心を満足させてもくれてもいます。

 

本書での美雪との恋模様では美雪の友人である菜実という娘が登場しましたが、物語に刺激を与える存在としてあったのでしょうが、直春の初心さを示すものとして必要だったかは疑問がありました。

その菜実の行いそのもの、またその行いに対する美雪の振る舞いが若干不自然に感じたのです。

 

本書で語られる教育論や豆知識などは、それはそれとして魅力的です。

そうして事柄を好む人たちにとっては、本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』は、たまらない魅力を持った作品だと思います。

ただ、私の好みとは少々異なりました。

今後の野口卓の作品に期待したいと思います。

血は争えない

血は争えない』とは

本書『血は争えない』は2026年4月に双葉社から472頁のハードカバーで刊行された、長編のアクション・エンタメ小説です。

新宿は歌舞伎町を舞台にしたあるヤクザの人生を描いた作品ですが、この作者の作品にしては今一つのめり込めない作品でした。

血は争えない』の簡単なあらすじ

ページをめくるたび死の匂いが強まるー令和最高のヤクザ・アクション・エンタメ小説!1970年、母を亡くした15歳の不破隆次は、新宿・歌舞伎町の支配者である実父・王大偉に会いに行くが、相手にもされなかった。絶望の底で異母兄のヤクザ・近藤に拾われた不破は、王一族を守る「盾」として、血と暴力の道へと身を投じる。対立組織を拳ひとつで壊滅させ、一般人すら容赦なく蹂躙するその凶暴性から、いつしか「歌舞伎町の狂王」と呼ばれる。昭和から平成、王一族に害をなすヤクザ・警察官・政治家を次々と葬り死刑判決が下された史上最悪のヤクザだったが、その体に流れる「王の血」には、決して暴いてはならない禁忌の秘密が隠されていたー。(「BOOK」データベースより)

血は争えない』の感想

本書『血は争えない』は、新宿歌舞伎町を背景とした不破隆次というヤクザものの人生を描いた作品です。

この作者お得意のバイオレンス作品ですが、物語としては今一つの面白さでした。

 

とはいえ、双葉社の文芸総合サイト「COLORFUL」では2025年の年間ランキング1位を獲得し、累計177万PVを突破した話題作だそうです( COLORFUL : 参照 )。

でも、同じ深町秋生のヤクザものである『ヘルドッグス 地獄の犬たち』などと比べると、物語のスケールも登場人物のキャラクターも及ばないと感じたのです。

確かに、『ヘルドッグス 地獄の犬たち』は警察小説でもありジャンルは異なるのかもしれませんが、物語の舞台はヤクザの世界であり、暴力、それも過剰な暴力描写があふれている点では同様です。

しかし、本書の場合、主人公の暴力が小さくまとまっているように感じたのです。

多分、それは暴力自体を物語の中に特別に位置づけていない『ヘルドッグス 地獄の犬たち』と異なり、本書の場合、不破隆次の生き方が王一族を守るという目的に縛られていることからくるのではないかと思います。

 

王一族は歌舞伎町を牛耳る総帥で政界やヤクザとも黒い繋がりを持つ台湾出身の権力者の王大偉を家長とし、その父の元で企業の経営を任されている長男の王英輝と次男の智文がいます。

ほかに、主人公の不破隆次が王大偉に会いに行ったとき放り出されそうになっていたのを助けてくれたのが、王大偉が正妻以外の女に産ませた暴力団岡谷組若頭の近藤傑志です。

これらの登場人物は個性的ですが、人気投票をしたら多分一番になるであろう人物がこの近藤です。

 

本書の主人公の不破隆次は、癌で死んだ場末のストリッパーだった母親の有紀子から、父親は新宿の「王大偉」であることを聞かされて育っていました。

隆次は、幼いころ土地の子供たちから石を投げられて左目の視力を失ってもいましたが、現在では歌舞伎町の裏社会を支配する王一族の一員であることに誇りを感じ、一族の力になるために必死で生きているのです。

そして、昭和45年、昭和53年、昭和62年、平成8年、平成14年、令和6年と時代は移り、それに合わせ主人公もまた成長し、王一族もまた数々の出来事に見舞われることになります。

その過程で、自分の生き方を王一族の守護という生き方に限定したものと思われます。

 

話は変わりますが、私は昭和45年大学浪人のために早稲田大学近くの新宿外山町にあった箱根山のふもとに下宿し、新宿三丁目末広通りにあった郷土熊本のラーメンチェーン店でアルバイトとしてラーメンを作っていたのです。

まさに本書と同じ時代の新宿で青春を送っていたのであり、本書でコマ劇場をはじめとする新宿の街の描写はなつかしさでいっぱいでした。

 

その新宿の街で繰り広げられる物語は、私の個人的な感想にもかかわらず、それなりに評価され、人気を博しているクライムストーリーです。

バイオレンス物語が好きな人にはたまらない物語なのかもしれません。

警視庁心理捜査官 KEEP OUT II 現着

警視庁心理捜査官 KEEP OUT II 現着』とは

本書『警視庁心理捜査官 KEEP OUT II 現着』は『警視庁心理捜査官シリーズ』の第三弾で、徳間文庫から2016年2月に刊行され、2021年6月に392頁の新装版として出版された、警察小説集です。

短編二編と中編一編の計三篇が収められた、吉村爽子とその上司の柳原明日香の二人を中心に置いた痛快ともいえる作品でした。

警視庁心理捜査官 KEEP OUT II 現着』の簡単なあらすじ

男社会の牙城ともいえる警察組織。何かというと、女はすっこんでろ! とドスを利かせた台詞が飛び交ったりするものだが、どっこい、この二人にはそんなものは蛙の面にションベン、右から左への吹き流し。下手すりゃ、言ったほうが大ヤケドを食らってしまう。警視庁心理捜査官シリーズの名コンビ、柳原明日香と吉村爽子。部内の権力闘争の結果、公安部から捜査一課に異動した明日香(『公安捜査官 柳原明日香』)。ある事件での規律違反を問われ警視庁捜査一課から所轄の多摩中央署に都落ちした爽子(『警視庁心理捜査官』『Keep Out』)。二人あるところに難事件あり。硬直した頭脳の持ち主の男刑事たちを尻目に、しなやかにしたたかに事件を解決に導く。ネオ警察小説の旗手が送る全三篇の事件簿。こんなに正々堂々と本筋で女が大活躍する警察小説、ほかに見たことがない!(内容紹介(JPROより))

目次

警視庁心理捜査官 KEEP OUT II 現着』の感想

本書『警視庁心理捜査官 KEEP OUT II 現着』は『警視庁心理捜査官シリーズ』の第三弾で、二編の短編と本書のために書き下ろされた中編の計三篇が収められた、小気味のいい作品です。

 

第一話の「嗤う女狐」は、柳原明日香が主人公の短編です。

この第一話は時が戻り、吉村爽子が柳原明日香が主任を務めている警視庁刑事部捜査第一課の第二特殊班捜査四係に新しく配属された時点から始まります。

池袋で傷害事件が起き、すぐに犯人と思われる男の特定にも至ったのですが、そこに新たな犯罪行為の温床の可能性が高いと判断した捜査本部は各所属からの応援要員を集めることとします。そこで捜査一課から派遣されたのが柳原明日香と吉村爽子でした。

ところが犯人と目される男の観察拠点にいた池袋署の機動捜査隊の芦原と名乗る警部を中心とした捜査員たちは、ある意味有名人の公安上りの柳原明日香を目の敵にしている男たちだったのです。

この話は、ミステリーというよりは、柳原明日香という人物のユニークさを前面に押し出した作品です。

「女」というだけで差別的な視線を向ける男たちに、明日香の「公安の女狐」と呼ばれた実力を見せつける痛快小説です。また、まだ何もわからない爽子を育てようとする明日香自身の気持ちに気づいた事件でもあります。

 

第二話の「寝台刑事」は、支倉由衣が主人公の短編です。

支倉由衣は、発熱して床に就いた爽子に代わり宿直勤務中に発生した事件について担当することになります。

現場には多摩中央署庁舎内に分駐所を持つ第九方面自動車警ら隊や第三機動捜査隊も出動しており、慣れない支倉は同じく宿直当番でかつて自身が所属していた盗犯係の元田孝造巡査部長と共に事件現場に駆け付けます。

支倉以外の捜査員たちは事件性がないと判断しようとするところでしたが、疑問を抱いた支倉は単身待機寮で眠る爽子に電話をし、自分の違和感を告げるのです。

前話では先輩の柳原明日香の背中を見ていた爽子ですが、この話では爽子の背中を後輩が追いかけています。

安楽椅子探偵的な立場の爽子の姿が描かれ、若干都合がよすぎる気もしますが、話としてそれなりに楽しめた物語でした。

 

第三話の「嵐の中で」は、柳原明日香係長と吉村爽子の二人を中心とした中編というよりも長編と言った方がよさそうな物語です。

指定捜査員として八王子署へ派遣されていた爽子は、実質的な指揮者である捜査副主任官の園部係長らの捜査方針に異を唱え、相勤者の櫛田からも相手にされずにいました。

そんな時、爽子の所属する多摩中央署では捜一第二特殊犯捜査第五係の柳原明日香係長は別の殺人事件に駆り出されていたのです。

八王子署での事件で捜査本部の意見と対立する爽子と、多摩中央署での事件を担当する柳原明日香とがタッグを組み事件解決に邁進し、二人と対立する敵役として園部係長ら設定されています。

この話でも爽子のプロファイリング技術はそれほど語られてはいません。それよりも、女性捜査官を格下に見る男たちと戦う柳原明日香という女性捜査官の活躍する姿をメインにした痛快物語だと思えてきました。

ちなみに、この話で柳原明日香は捜査五係の係長ということになっていますが、第一話の「嗤う女狐」では捜査四係と記されています。この点については、特殊班増設に伴い第二特殊班捜査五係になったとの説明がありました。

 

結局、このシリーズは当初は心理捜査官である吉村爽子が主人公の警察小説だと思い読み始めたのですが、この第四弾まで読み進むと、結局は吉村爽子に加えてその上司の柳原明日香も加えた二人が主役のシリーズだと思えてきました。

いずれにしても、エンターテイメント小説として楽しく読めるシリーズですので読み続けたいのですが、わが図書館にはシリーズの途中までしか収納されていないようです。

残念ですが、あるだけの作品を読みたいと思っています。

警視庁心理捜査官

警視庁心理捜査官』とは

本書『警視庁心理捜査官』は『警視庁心理捜査官シリーズ』の第一弾で、2000年12月に徳間書店から刊行され、2004年2月に徳間文庫から上下二巻で848頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

現実には存在しない「心理捜査官」という新しい職種の女性捜査官を主人公に据えた、かなり読み応えのある作品でした。


警視庁心理捜査官』の簡単なあらすじ

今日からの俺は、昨日までの自分とは違う。あらゆる道徳はもはや無意味だ。この闇が自分を守ってくれる。そして俺は、闇から自在に姿を現し、獲物を再び闇の中に連れ去って行くのだ…。男が立ち去った後に残されたのは、凍てつく路地の暗闇で場違いに扇情的な姿勢を取らされた女の死体だけだったー。暴走する連続猟奇殺人犯を追い詰める、心理捜査官・警視庁二特捜四係吉村爽子の活躍。(新境地と高評された傑作警察小説)(上巻:「BOOK」データベースより)

いまでも夢に出てくる、あの男の目。泣けば殺される、自分では何もできない恐怖、惨めな悲しみに突き落とされたあの時の。だから、この犯人だけは許さない!女という性を愚弄し続ける性犯罪者を…。忌まわしい記憶の葛藤を抱えながら快楽殺人犯を追う吉村爽子。女であるがゆえに、心理捜査官であるがゆえに捜査陣の中で白眼視されながら、遂に犯人に辿り着く。圧巻のクライマックス。(下巻:「BOOK」データベースより)

警視庁心理捜査官』の感想

本書『警視庁心理捜査官』は『警視庁心理捜査官シリーズ』の第一弾で、そこそこに読み応えはあった作品でした。

女性捜査官が主人公であることは目新しいとは言えないでしょうが、その担当職種が「心理捜査官」という点が面白い設定の作品でした。

 

作者の黒崎視音は本作がデビュー作だそうです。

しかし、読者として大切なのは対象作品が面白いか否かという点であり、文庫本で上下二巻で848頁にもなるという長さは必要か、という疑問はありました。

同時に、登場人物がステレオタイプに思え、また主人公の心理描写が少々冗長にも感じました。

でも、本書がデビュー作であること、そしてそれなりにのめり込んで読み終えたことを考えると、この作品はある程度評価すべきものなのでしょう。

 

本書の主人公は吉村爽子という警視庁捜査一課第二特殊犯捜査四係所属心理応用特別捜査官の巡査部長で、日本ではあまりなじみのないプロファイリングを犯罪捜査に生かすことを期待された存在です。

ここでプロファイリングとは、「犯罪捜査において犯罪の性質や特徴から行動科学的に分析し、犯人の特徴を推論すること。」(ウィキペディア)を言うそうですが、推理小説、特に警察小説の分野ではこの言葉自体は目新しいものではありません。

私が読んだ作品の中では、例えば今野敏の『警部補・碓氷弘一シリーズ』に登場する藤森紗英は、警察庁の心理調査官という設定です。

また、長沢樹の『ダークナンバー』もプロファイラーとテレビマンの二人の活躍を描く長編の警察小説です。

でも、私が読んだ時期が本書が後になったというだけであり、本書が先駆的な作品だと言われているようです。

 

幼いころに暴漢に襲われたトラウマを持っていること、男社会である刑事たちの「勘」こそが大事だという中にあってプロファイリングなど無視されていること、など、その設定も目新しいことではありません。

例えば、本書の主人公吉村爽子同様にレイプという被害を受けたことのある主人公と言えば誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』の姫川玲子がいます。

また、深町秋生の『アウトバーン 組織犯罪対策課 八神瑛子』の八神瑛子は夫が何者かに殺された過去があります。

さらに、女性警官と言えば男社会の中で理不尽な目に遭いつつもその障害を乗り越えていく姿が描かれますが、そのことは乃南アサの直木賞受賞作である『凍える牙』から始まる『女刑事音道貴子シリーズ』なども同じです。

 

また、ステレオタイプな登場人物に思えるという点も、本書の敵役である大貫裕也警部は少々型にはまりすぎており、単に男の典型としての存在でしかないようです。

その他の上司たちもまた主人公に振り舞わされる側の男として存在しますが、佐久間貴則警視などその描かれ方は均一に思えます。

特に、爽子が騙され、利用された過去がある吉川政治警部補なども同様で、存在感を感じにくい存在でした。

 

とはいえ、現実には存在しない、しかしながら現在ではその重要性が認識されているプロファイリングに注目し、心理捜査官という職種を新たに設けて女性を配置し、物語を構成した点は面白く読みました。

特に、柳原明日香警部というキャラクターは魅力的です。この人物を主人公としてスピンオフ作品が書かれているのもうなずけます。

総体的に物語の冗長性と、描かれている登場人物たちの存在感の薄さ、などの欠点は感じるものの、かなり面白く読んだ作品でした。

警視庁心理捜査官シリーズ

警視庁心理捜査官シリーズ』とは

本『警視庁心理捜査官シリーズ』は「心理捜査官」という職種の女性警察官を主人公に据えた、新しいジャンルの警察小説です。

主人公も、また脇を支える女性上司のキャラクターも立っていて、なかなかに読みがいのあるシリーズだと思います。

警視庁心理捜査官シリーズ』の作品

警視庁心理捜査官シリーズ(2026年07月26日現在)

  1. 警視庁心理捜査官
  2. KEEP OUT 警視庁心理捜査官
  3. 現着 警視庁心理捜査官 KEEP OUT Ⅱ
  1. 警視庁心理捜査官 純粋なる殺人
  2. マインド・チェンバー 警視庁心理捜査官

警視庁心理捜査官シリーズ』について

本『警視庁心理捜査官シリーズ』は、「心理捜査官」の女性警察官を主人公に据えたシリーズであり、登場人物のキャラクターもン魅力的であって、読み応えのあるシリーズでした。

 

心理捜査官」というのは、プロファイリングをを犯罪捜査に生かすことを期待された存在です。

ここで「プロファイリング」とは「犯罪者プロファイリング」のことであり( ウィキペディア : 参照 )、また「犯行現場の状況、犯行の手段、被害者等に関する情報や資料を、統計データや心理学的手法等を用いて分析・評価することにより、犯行の連続性の推定や次回の犯行の予測、犯人の年齢層、生活様式、職業、前歴、居住地等の推定を行うものである。」と、平成16年警察白書の「プロファイリング」の項目に書いてありました。

現実には「心理捜査官」という職種は日本の警察には存在してはいないそうですが、2009年に犯罪の広域化や電子化に対応した即応部隊として警視庁刑事部に設置された「警視庁刑事部捜査支援分析センター」にプロファイリングを主とする「情報捜査支援」が期待されているとありました( ウィキペディア : 参照 )。

 

本『警視庁心理捜査官シリーズ』では、過去に性犯罪の被害者となった経験を持つ女性を主人公とした「心理捜査官」が主人公として設定されています。

一方で、それまでの男社会であった捜査一課の刑事たちをそのままに配置し、主人公に対置させています。

 

「藤森紗英(ふじもり さえ)」は、今野敏の警察小説「警部補・碓氷弘一」シリーズに登場する架空のキャラクター(警察庁の心理調査官)です。

長沢樹著『ダークナンバー』は、プロファイラーとテレビマンの二人の活躍を描く、新刊書で378頁の長編の警察小説です。警察の捜査と報道の調査とを詳細に、そしてリアルに描き出した本作は、読みにくさもありましたが、途中からはかなり面白く読みました。

 

その主人公は幼い頃に性犯罪の被害にあったことのある27歳の吉村爽子という警視庁捜査一課第二特殊犯捜査四係所属心理応用特別捜査官である巡査部長です。

身長は157㎝、小顔の童顔のとても警察官とは思えない見た目の女性です。

そんな彼女の言葉を頭から否定するのが という刑事でありセクハラ、モラハラの日々を送ることになります。他方、上司も彼女の言葉に重きを置くことはありません。

ただ、そんな彼女の味方になってくれるのが第一巻『』で組んだ相棒の藤島直人巡査長であり、爽子はほのかな恋心を抱きます。

また、柳原明日香警部という強烈なキャラクターの持ち主が設定されていて、ある意味主人公以上の存在感を放ち、事実、彼女を主役としたスピンオフ作品も登場しています。

元公安というその経歴を持った彼女は、男優位の社会でもそこらの男どもが何を言ってもかないません。そんな上司に守られている爽子だったのです。

 

作者黒崎視音のデビュー作でもあり第一弾の『』が文庫本で上下二巻にわたる長編であったのに対し、第二弾の『』はショートと言ってもよさそうな短編集です。

そして、第三弾の『』は二本の短編と書下ろしの中編というよりはもう長編ともいえる一編が収められています。

 

先に述べた柳原明日香警部を主人公にした作品も本シリーズに含めるのであれば、全部で  作となるこのシリーズです。

この後続編が書かれるのか分かりませんが、その日を期待したいと思います。

けんぐゎい

けんぐゎい』とは

本書『けんぐゎい』は、2026年4月に光文社から316頁のハードカバーで刊行され、第175回直木賞を受賞した長編の時代小説です。

ひとりの女性の心象を深く追い求め、その成長、そして人生について考えさせられる作品であり、私の苦手とする作品でした。

けんぐゎい』の簡単なあらすじ

利発だが酷い痘痕の姉ふゆ。逆上せ癖で縹緻よしの妹りよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習い師匠の手伝いに、りよは船宿の下女奉公に出された。師匠の養子で禍々しいほどに歪んだ性癖をもつ宗三郎から手籠めにされたふゆは懐妊するが、現人神と崇められる女医者と出逢い、彼女の人生は大きく変わっていく。自我に目覚めた主人公が、女の生と向き合う、時代小説の新しい扉。(「BOOK」データベースより)

けんぐゎい』の感想

本書『けんぐゎい』は、一人の女性の人生を描いて第175回直木賞を受賞した長編の時代小説です。

主人公の内心を緻密に描写し、追いかけ、その変貌ぶりを表すことで彼女の成長の様子を描き出そうとしていると思われます。

 

作者の朝倉かすみ氏はこれまでに『平場の月』で第161回直木賞の、また『よむよむかたる』で第172回直木賞の候補作になっている作家さんです。

そして、本書『けんぐゎい』で第175回直木賞を受賞されています。

 

主人公のふゆは痘痕(あばた)の痕がひどく、醜さを抱えて生きています。

そのふゆが、奉公先の師匠の養子である宗三郎から、ふゆのひどい痘痕が残る醜さなどの障りを抱えて生きている者たちは「けんぐゎい」に生きるものだと言われます。

つまり作者の言葉を借りると、「普通、と呼ばれる場所からはじかれているような人たち」は、圏内に生きる宗三郎たちとは違うのだと諭されます。

その宗三郎から手籠めにされて妊娠したふゆは、そのためそれまでの人生とは異なる生き方へと踏み出すことになるのです。

 

ふゆの母親は、ふゆの妹のりよが奉公先の主人から手籠めにあってもそれは喜ばしいことだと言います。

そうした母親の言葉をそのままに受け入れていたふゆでしたが、自分の身に同じことが起き、賢い妹のりよの言葉などもあり、ものの見方が変わっていきます。

つまり、宗三郎から凌辱を受けていることなどの自分の現在の状況は、何も自分が悪いためではないことに気づいていくのです。

 

本書はこれまでのこの作者の文体とは別人かと思うほどに異なる独特の文体で進んでいきます。

それは、これまでの現代小説では編集者に止められ、自分の好きな言葉で書きたいという望みがそのままでは叶えられなかったという作者の思いが、時代小説という形式を借りて初めてかなえられたのだと書いてありました。

作者のうちに心地よい形として蓄えられた言葉の選択が、時代小説のほうがより満たされると感じられるのだそうです( Real Sound : 参照 )。

 

また、これまでに何度も書いてきた、芥川賞と直木賞との違いが本書でもまた気になりました。

日本文学振興会のサイトではそのQ&Aにおいて芥川賞・直木賞の違いについて、「芥川賞は、雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編作品のなかから選ばれます。直木賞は、新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本(長編小説もしくは短編集)が対象です。」と書いてあります( 日本文学振興会 : 参照 )。 

結局、対象となる作品が「純文学」か「エンターテインメント作品」かということになると思われます。

その観点からすると、本書などはエンタメ作品というよりは人間の生きかた、そして内面を追及している文学作品だと思えるのですが、どうもそういう思いとは異なっているようです。

 

正直言うと本書を図書館から借りたときは持病の具合が悪くてなかなか読書の体力もなく、ななめ読みしかできませんでした。

そのため、読み込みできていない読書であったことも事実ですが、もともと本書のようなタイプは私の苦手とする作品であり、いつも読み通すのに苦労します。

とはいえ、直木賞を受賞している作品であることは厳然たる事実であり、私の思いなど意味もなさそうです。

誓いの証言

誓いの証言』とは

本書『誓いの証言』は『佐方貞人シリーズ』の第五弾で、2026年3月にKADOKAWAから384頁のハードカバーで刊行された長編の推理小説です。

事件の背景に職人と経営者との対立を抱えた人間ドラマですが、作者のデビュー当時に書かれていたこのシリーズ作品は青くはあってももっと読み応えがあったような気がします。

誓いの証言』の簡単なあらすじ

東京・中野に弁護士事務所を構える佐方貞人のもとに、警察から一本の電話が入った。さきほど逮捕した男が、佐方を弁護人に指名しているという。男は大学時代の同期・久保利典で、行きつけのクラブの女性から不同意性交等罪で訴えられたらしい。無実を主張する久保を信じ、事件の経緯を調べはじめた佐方だったが、女性が久保を嵌める動機が見当たらない。隠された接点があるはずだと二人の過去を探るうち、約二十年前に香川で起きた、ある石職人の死亡事故が浮かび上がる。(「BOOK」データベースより)

誓いの証言』の感想

本書『誓いの証言』は『佐方貞人シリーズ』の第五弾で、職人と経営者との対立を抱えた人間ドラマを事件の背景にしたミステリーです。

確かに佐方貞人の物語ではありますが、作者のデビュー当時に書かれていた本シリーズ作品は、もっと青くさかったような気がします。

 

つまり、シリーズ当初の作品はもっと読みがいがあったように思えるのです。

本書は七年ぶりに刊行されたシリーズ作品だそうで、『佐方貞人シリーズ』の中でも弁護士としての活躍を描いたのは十六年ぶりということでした。

その『佐方貞人シリーズ』は、柚月裕子の作品の中では『孤狼の血』に次いで私が好きな作品です。

久しぶりに読んだ『佐方貞人シリーズ』ですが、中野に法律事務所をかまえているとか、事務員として小坂千尋という法科大学院で勉強中の事務員がいるとか、シリーズ第一作の『最後の証人』では明記してあったはずなのに、十六年もたつとすっかり忘れてしまっていました。

 

しかし、佐方貞人の弁護士としての心構えは全く変わっていないようです。

すなわち、「罪はまっとうに裁かれなければいけない」という信念を持ち、また「事実と真実は異なる」として真実の追求をやめず、意外な真実が明らかにされるのです。

 

物語は、『砂の器』と同様に、法廷の場面と当事者の過去の様子とが同時並行的に描かれていて、こういう描き方は若干多用されすぎか、などと思いつつも、物語自体は特に目新しいことは感じませんでした。

ただ、物語の作り方は変わらずにうまいもので、単に登場人物が理不尽な仕打ちにあう物語というだけでは終わらないところはさすがだとは思います。

でも、この作者ならば弁護士の「青臭い」主張をもう少し展開してくれるかと期待はしていました。その点は残念です。

 

そのような物足りなさの印象の理由がどこにあるのか、未だはっきりとはしません。

現在の物語において佐方貞人の弁護活動を描きつつ、同時に過去の物語で本書のもう一人の主役の過去を描き出すという二つの時系列を書き分けるという手法は多分妥当なのでしょう。

でも、蕃永石事業協同組合での、その意見に重きを置かれているの祖父の原じいと、丁場を仕切っている児玉興業グループの代表取締役である児玉勝也との対立の場面での勝也の真意も今一つ分かりにくいものがあったのは残念でした。

 

とは言いながらも、過去の物語に登場してくる「蕃永石」をめぐる香川県蕃永町を舞台とした物語はこの作者らしく、読者の心を惹くものではありました。

ちょっとした残念な点はありましたが、それでもなおこの物語の面白さを否定できるものではありません。

昨今の検察の不祥事などを思うたび、このシリーズの信念に燃える佐方貞人の物語をずっと読み続けたいと思うのです。