『五分の魂 風の市兵衛』とは
本書『五分の魂 風の市兵衛』は『風の市兵衛シリーズ』の第七弾で、2012年10月に祥伝社文庫から360頁の書き下ろし文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。
『五分の魂 風の市兵衛』の簡単なあらすじ
“算盤侍”唐木市兵衛に、貧乏旗本の倅が犯した金貸し婆斬殺事件を洗い直してほしいという依頼が入った。調べを開始した市兵衛は、失踪した御家人一家の捜索に当たる定町廻り同心・渋井鬼三次と度々遭遇、手を組むことに。やがて事件の背後に花町の顔役と羽振りのいい骨董屋、元勘定吟味役たちの蠢きを嗅ぎつけたとき、二つの事件が“水戸”と“出資話”で繋がった。(「BOOK」データベースより)
『五分の魂 風の市兵衛』の感想
本書『五分の魂 風の市兵衛』は『風の市兵衛シリーズ』の第七弾となる長編の痛快時代小説です。
今回の唐木市兵衛は、友人の返弥陀之介を通じ、旗本の安川剛之進から息子が人を殺めた理由を知りたいとの依頼を受けます。
その息子安川充広はこの春に元服を済ませたばかりの十六歳で、何故か貸金の取り立てに来た金貸しのお熊という女を切り殺してしまったというのです。
ここで、何故「渡り用人」である市兵衛が密偵もどきの仕事を受けるに至ったのかの説明があります。もちろん、市兵衛自身が、自分がこの仕事を受けなければならないのかを納得するという物語の中での話です。
それは弥陀之助と安川剛之進との仲の説明から、「渡り用人」という勘定方の腕が必要なわけまで、市兵衛が、つまりは読者が納得する理由を丁寧に描いてあります。
これら、登場人物の個性まで含めた舞台背景がきちんと為されていることがこのシリーズの奥行きを深め、読者が素直に感情移入できる原因だと思われます。
この話はこれまでもしつこいくらいに書いていることで、それだけこの物語が背景説明を丁寧に、でも違和感なく行っていることの証しだと言えるのでしょう。
加えて、市兵衛の兄で十人目付筆頭の片岡信正、その部下の弥陀之助、北町奉行所定町廻り同心の渋井鬼三次などの登場人物が個性豊かに描き出されています。
そのうえで、江戸時代の生活状況、経済の仕組みなどの情報が、「渡り用人」である市兵衛の職業に絡めて説明してあるのです。
本書『五分の魂 風の市兵衛』では元勘定吟味役や骨董屋らが仕組んだ銅鉱山への出資話、というまさに現代にも通じる経済問題を中心にした話が問題になっています。市兵衛の知識こそが生かされる設定です。
この事件の黒幕と目される男と市兵衛の会話で、市兵衛は金は「神に与えられた道具」であり、その神の道具を「ときとして物や金を邪悪な道具にまで貶めてしまう人々がいる」と言いきります。
このような会話、文言は市兵衛の性格を明確にすると同時に物語に厚みも与えるものだと思われるのです。
読むたびに面白さを増してくるシリーズだと思います。今後の展開が楽しみです。