『軍鶏侍シリーズ』とは
本書『軍鶏侍シリーズ』は、南国園瀬藩を舞台に老剣士の岩倉源太夫が活躍する痛快時代小説シリーズです。
園瀬藩の風景を中心としたさまざまの情景描写が素晴らしく、また人間源太夫の振る舞いにも魅了される作品です。
『軍鶏侍シリーズ』の作品
『軍鶏侍シリーズ』について
野口 卓という作家で検索すると、いずれをみても藤沢周平を思わせる、との文言があります。
確かに、物語の設定や抒情感あふれる情景描写など、藤沢周平作品との共通点が随所に見られます。
ただ、これもどの文章でも触れられていることなのですが、藤沢作品の二番煎じではなく、全く独自の小説世界を構築されているのです。
何といっても、まずは本『軍鶏侍シリーズ』の特色としては「軍鶏」を取り上げるべきでしょう。
「軍鶏」はもとはタイから伝わったニワトリの一品種らしく、シャモという読みはタイの旧国名シャムに由来するそうです。爾後、闘鶏、食肉、鑑賞目的に品種改良が行われてきたとありました。(出典:ウィキペディア)
本シリーズ第一作の『軍鶏侍』を読む前までは、タイトルのこの「軍鶏侍」という文字が気になり、奇をてらった時代小説だと勝手に思い込んでいたものです。
ところが、「時代小説SHOW」というサイトだったと思うのですが、面白いと紹介してあったので読んでみたところこれが面白い、という以上の作品だったのです。
また、藤沢作品には有名な海坂藩の物語がありますが、この『軍鶏侍シリーズ』では園瀬藩が舞台となっています。
この園瀬藩の描写がすばらしく、私が幼い頃に夏の間だけ住んだ祖父母がいた田舎の風景を思い出させるものがあります。
そして海坂藩は北国の庄内地方がモデルであるのに対し、園瀬藩は南国の徳島県をモデルにしていると思われます。
というのも、この『軍鶏侍シリーズ』では「阿波踊り」を思わせる「盆踊り」を以降の物語展開で重要なモチーフとして使っているのです。
それが明らかなのはシリーズ第六弾で、シリーズ初の長編である『危機』であり、シリーズの外伝である『遊び奉行』です。
この二冊での「盆踊り」に対する力の入れようはかなりのもので、徳島市生まれである著者の郷土への愛情がうかがえます。
本『軍鶏侍シリーズ』の主人公の岩倉源太夫は、「軍鶏」の戦いを見ていて思いついたという「蹴殺し」という秘剣を持っています。
この“秘剣”も藤沢作品にも見られるところですが、本書の場合、この秘剣をもって戦いに臨み勝ち抜いていく、という剣の使い手としての源太夫の他に、“秘剣”という技をつかうことの意味を自分の弟子たちに教えていく、という側面があります。
佐伯泰英の『居眠り磐音シリーズ』でも道場の弟子たちの成長が語られていますが、本シリーズでも第一巻の「夏の終わり」や第三巻の「巣立ち」に出てくる大村圭二郎や、第二巻の「青田風」、第五巻の「ふたたびの園瀬」に出てくる東野才二郎と園の物語など、幾人もの弟子たちの成長譚が語られています。
更なるサイドストーリーとして、自分が殺した男の子を我が子として育てたり、園瀬藩の政争への関与など、時代小説の面白さが凝縮していると言っていいのではないでしょうか。
もちろん、それはそれだけの面白さを醸し出す文章の力があってのことです。
忘れてならないのは、岩倉源太夫に使える下僕の権助の存在です。源太夫に「何者だ」と思わせるほどの物知りであり、何かにつけて源太夫を助けます。
また、後添えとして途中から登場するみつも、源太夫をそっと支える夫人として存在感があります。
他にも池田盤晴を始めとする源太夫の友人たちなど、この小説に登場するさまざまな人物たちの造形は素晴らしく、物語の世界で生き生きと動きまわっているのを感じます。
このように、本『軍鶏侍シリーズ』は剣の使い手としての岩倉源太夫の面白さの他に、源太夫の家族や、源太夫が剣を教える道場の弟子たちの成長の物語、そして源太夫が仕える藩の政争に絡む物語と、多彩な側面を持っているのです。
情感豊かに描かれる園瀬の自然にひたりながら、源太夫の弟子たちの成長を見守りつつ、源太夫自身の立ち回りに血を沸かせ、夏には「盆踊り」を堪能する。
そうした心豊かな気持ちで小説を楽しむことができる、もってこいの時代小説シリーズだと思います。
ここ数年続巻が出ず、このシリーズも終わったのかと思っていたところ、2018年の7月に『師弟 新・軍鶏侍』という作品が新しいシリーズとして出版されました。
以前のシリーズの最終巻『危機』から五年が経過した園瀬の里を舞台にしています。
もちろん、岩倉源太夫は健在です。ただ、あたりまえですがみんな歳をとっています。
今後は「老い」を見据えた物語になるのでしょうか。それとも育ってきた若者らの物語になるのでしょうか。
このあと、次々に出版されるだろう続編を楽しみにしたいと思います。
しかし、この『軍鶏侍シリーズ』も、『師弟 新・軍鶏侍』のだ第五巻『承継のとき 新・軍鶏侍』をもって完結したようです。
実に残念ですが、作者の筆は『めおと相談屋奮闘記』のような町人ものを描くことに向けられているようで、本シリーズのような武家もの、それもいわゆる痛快時代小説と分類される作品は執筆されていないように思えます。
出来ればまた本シリーズのような作品を紡ぎ出してもらいたいのですが、こればかりは読者の勝手な好みを言うだけですので仕方ありません。
とはいえ、続編を読みたいというのが正直な気持ちです。
また、SPコミックスから本シリーズのコミック版が出ていました。山本康人の画だそうですが、残念ながら私はこの作者を知りません。
本シリーズの雰囲気をどのくらい再現しているものか、一度読んでみたいものです。