壬生義士伝 TV版

吉村貫一郎は、南部藩随一の文武両道の士といわれながら、妻子を養うために脱藩し、壬生浪(みぶろ)と呼ばれた新選組に入隊する。“人斬り貫一 ”と恐れられ、また“守銭奴 ”とさげすまれながらも、稼いだ金は妻子に送っていた。恒例の正月スペシャル。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

主演の渡辺健のイメージが少々強い男過ぎるかな、と思い、また、妻役の高島礼子もちょっと印象が違いました。新選組の主だった人物も金子賢の沖田総司や竹中直人の斎藤一も、また筧利夫の坂本龍馬も首をひねりました。

映画版と異なり、原作をそれなりに細かなエピソードまで追いかけているのは良いのですが、故郷会津の山なみの風景で、山道の所々に掘削の跡が残っていたりと、少々興をそぐ個所があったのは残念です。

しかし、最後まで見終わる頃にはそうした点はどこかに行っていました。沖田総司など最後まで違和感の残る人もいるにはいたのですが、皆さすがの役者さんで、原作の雰囲気をよく表現していたと思います。

 

ただ、新選組内部の事件の殆どに主人公がメインで映り込んでいるのは、仕方がないのかもしれませんが、ちょっと違う印象はありました。原作ではそこまで絡んではいなかったと思います。

全部で十時間という長編です。細切れにしか見れなかったは残念ですが、レンタルで見る価値は十分にあると思います。

壬生義士伝 映画版

浅田次郎原作、滝田洋二郎監督の時代劇。混迷の幕末期に新撰組隊士として、妻と子を守るためだけに生き抜いた吉村貫一郎。副長助勤・斎藤一はそんな吉村を憎みながらも、その小さくも強固な生き方に惹かれていく。“あの頃映画 松竹DVDコレクション”。(「キネマ旬報社」データベースより)

映画は、年老いた佐藤浩市が演じる斎藤一が村田雄浩演じる大野千秋の病院へ孫を連れていくところから始まります。

丁度満州へ旅立つ準備をしていたその病院に置いてあった吉村貫一郎の写真を見て、斎藤一の回想の場面へと移るのです。

 

中井貴一の演技が光る、かなり良くできた作品だと感じました。

勿論137分という上映時間ですので、原作の全てが表現されているわけではありませんが、家族を思う吉村貫一郎の姿は良く描けていたと思います。2004年の第27回日本アカデミー賞で、最優秀作品賞や最優秀主演男優賞を始めとする多数の賞を受賞しています。

日輪の遺産

日輪の遺産』とは

 

本書『日輪の遺産』は1993年8月に刊行されて2021年10月に新装版として文庫化された、文庫本で576頁の長編小説です。

太平洋戦争終戦時の財宝の行方をめぐる人々の行いを描く、感動的な、しかし浅田次郎作品としては今一つの物語でした。

 

日輪の遺産』の簡単なあらすじ

 

その額、時価200兆円。敗戦後の日本を復興に導くため、マッカーサーから奪った財宝を隠す密命を日本軍は下す。それから47年。不動産事業で行き詰まった丹羽は、不思議な老人から財宝の在り処を記した手帳を託される。戦争には敗ける。しかし日本はこれでは終わらない。今こそ日本人が読むべき、魂の物語。(「BOOK」データベースより)

 

丹羽明人は競馬場で知り合った老人の最後を看取り、お礼にと一冊の手帳を渡された。

ボランティアの海老沢と共に老人の大家だという資産家の金原と老人についての話をするうちに、手帳に書かれているとんでも無い話が全くの虚構でも無さそうなことに気づくのだった。

 

日輪の遺産』の感想

 

本書『日輪の遺産』は1993年出版の作品であって著者のごく初期の作品であり、残念ながら浅田次郎の作品にしては完成度が今一つと感じました。

本書は本書として面白いのですが、『壬生義士伝』を始めとする新選組三部作や『天切り松-闇がたりシリーズ』といった素晴らしい作品を読んだ後ではどうしてもこの著者に対する要求が高くなってしまい、一般読者の勝手な要求としてそう思ってしまいました。

 

 

終戦時の真柴司郎少佐小泉重雄中尉望月庄造曹長の命令に従いマッカーサーの財宝を隠そうとする三人の行動と、老人の手帳に記された事実に振り回される現代の丹羽明人海老沢金原という三人の姿とが交互に語られます。

頁が進むにつれ終戦時と現代との関連が次第に明かされていく仕組みはいかにも浅田次郎ではあります。

 

ただ、例えば終戦時の真柴少佐たちが財宝の隠匿作業の手伝いに少女たちを使う理由が、秘密を最小限のものとするためなどと少々分かりにくい理由だったり、クライマックスでのマッカーサーの行動が不自然だったり、と今の浅田次郎の小説では見当たらないだろう不自然さが少なからずあるのです。

著者は「大勢の登場人物が使いこなせず、視点が不安定となり、ときにはあいまいにもなっている。センテンスの配分が悪く、文末の処理も稚拙である。」とがあとがきで書いておられます。

「視点の曖昧さ」等のために物語として消化不足と感じるのでしょうか。改めて現在の浅田次郎の力量で書かれた本作品を読んでみたいと思いました。

 

色々ケチをつけた上で変かもしれませんが、それでもやはり浅田次郎の物語です。

今の浅田次郎の水準に比して完成度が低いというだけであり、面白い小説ではあります。

 

ちなみに、本書『日輪の遺産』を原作として、堺雅人や中村獅童といったキャストで映画化されています。
 

阪急電車

隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった…。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車―人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。(「BOOK」データベースより)

 

上記の惹句には本書を長編小説と紹介してありますが、私は連作の短編小説として読んでいました。別にどうでもいいことではあります。

 

有川浩という作家の最初に読んだ作品が図書館戦争シリーズ二作目の「図書館内乱」で、次に読んだのが本書でした。あまりに傾向の違いに驚いてしまいました。

図書館内乱」は自衛隊を思わせる図書隊という軍事組織の中での女の子が主人公の物語で、軍隊を舞台にした女子の青春(恋愛)小説とでもいえるものでした。

 

 

それに対し、本書はほのぼのとした人間模様が描かれています。阪急電車の今津線でのほんの十数分の間の出来事を各駅ごとの章立てで描き出したほんわかとした小編で出来ている連作短編集なのです。

たまたま同じ電車の同じ箱に乗り合わせたにすぎない、ひと駅ごとに入れ替わる何の関係も無い人々のそれぞれに各々の人生があって、その人生は交錯することはありません。

でも、ほんのたまに、ある人の人生が別のある人の人生と一点で重なり、そこで小さな恋物語が生まれたり、心許せる友達が出来たり、無神経なおばさん達をほんの少し懲らしめたありすることもあるのです。

 

少々話が都合がよすぎるのでは、と思わないではないのですが、せめて好きな本の中ではほのぼのと心温まる物語にひたってもいいじゃあないか、と思わせられる短編集です。

たまにはこんな物語もいいなと思ってしまいました。

蜩の記

豊後羽根藩の檀野庄三郎は不始末を犯し、家老により、切腹と引き替えに向山村に幽閉中の元郡奉行戸田秋谷の元へ遣わされる。秋谷は七年前、前藩主の側室との密通の廉で家譜編纂と十年後の切腹を命じられていた。編纂補助と監視、密通事件の真相探求が課された庄三郎。だが、秋谷の清廉さに触るうち、無実を信じるようになり…。凛烈たる覚悟と矜持を描く感涙の時代小説!(平成23年度下半期第146回直木賞受賞作)(「BOOK」データベースより)

 

本作品は侍の生きざまを描き出した十分な読み応えを感じる長編の時代小説で、第146回直木賞を受賞した作品です。

 

主人公である戸田秋谷の達観とも言うべき心根や、その息子郁太郎の武士の子としての心、そして本作品の語り手ともいうべき立場の檀野庄三郎の戸田秋谷や秋谷の娘薫への想い等々、登場人物それぞれの調和が読んでいて心地良く感じられました。

全体の構成としても、藩の過去の秘密に迫る家譜をめぐる謎ときの様相もあり、物語として読み手の興味をかきたてます。

 

更には、田舎の情景描写ひとつにしても読み手の心をを穏やかにするものでした。

また、秋谷の家を「家の中に清々しい気が満ちている・・・」という一言で表わし、秋谷やその家族がどのような人柄あるのかまで表現している文章など、魅かれるものが多数あるのです。

特に秋谷の「若かったころの自分をいとおしむ思い・・・」という台詞には心打たれました。このような表現もあるのかと、ただただ感じ入るばかりです。

輪違屋糸里

文久三年八月。「みぶろ」と呼ばれる壬生浪士組は、近藤勇ら試衛館派と、芹沢鴨の水戸派の対立を深めていた。土方歳三を慕う島原の芸妓・糸里は、姉のような存在である輪違屋の音羽太夫を芹沢に殺され、浪士たちの内部抗争に巻き込まれていく。「壬生義士伝」に続き、新選組の“闇”=芹沢鴨暗殺事件の謎に迫る心理サスペンス。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

芹沢鴨の愛人お梅、平山五郎の恋人吉栄、新選組の屯所、八木・前川両家の女房たちは、それぞれの立場から、新選組内部で深まる対立と陰諜を感じ取っていた。愛する土方のため、芹沢暗殺の企みに乗った糸里の最後の決意とは?息を飲むクライマックスと感動のラスト。巻末に著者と輪違屋当主の対談を収録。( 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

文庫本で上下二巻となる、新選組三部作の第二弾の長編時代小説です。

 

新選組の成立期、それも芹沢鴨の暗殺事件の裏面史といったところでしょうか。「輪違屋糸里」というタイトルではありますが、糸里は重要ではあっても登場人物の一人でしかありません。主人公は新選組と言って良いほどです。

本書は近藤や芹沢といった新選組の面々と、それに対峙する立場としての「女」が重要な存在になっています。

その女の一方の代表として島原の最高位である太夫の次に位置する「天神」である糸里がいて、もう一方に新選組の屯所になった八木家、前川家の夫々の女たちがいます。これらの女たちの目線と永倉新八や沖田総司他の独白とで客観的な新選組を浮かび上がらせているのです。

 

本書で示される芹沢像や、その芹沢像に基づく暗殺事件そのものの解釈については、浅田次郎の独特の解釈が為されています。この解釈については異論があるところでしょう。しかし、一編の物語としての面白さは素晴らしいものがあります。

 

本書を含めた新選組三部作では、侍ではないが侍になりたかった(百姓の)集団としての新選組が描かれています。そして、特に本書では真(まこと)の侍としての芹沢達を配置することで、侍たらんとした近藤達が描かれているのではないでしょうか。

また、これまで読んだ色々な小説の中でこれほどに詳しく芹沢鴨を描いた作品を知りませんし、更に言えば新見錦や平山五郎の人物像をも詳しく描写しているのもまた新鮮でした。

 

京都の『島原』と、本書で音羽大夫が芹沢鴨により手打ちにされた場所と書かれている『角屋』については、下記「浅田次郎関連リンク」参照

壬生義士伝

小雪舞う一月の夜更け、大坂・南部藩蔵屋敷に、満身創痍の侍がたどり着いた。貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新選組に入隊した吉村貫一郎であった。“人斬り貫一”と恐れられ、妻子への仕送りのため守銭奴と蔑まれても、飢えた者には握り飯を施す男。元新選組隊士や教え子が語る非業の隊士の生涯。浅田文学の金字塔。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

五稜郭に霧がたちこめる晩、若侍は参陣した。あってはならない“まさか”が起こった―義士・吉村の一生と、命に替えても守りたかった子供たちの物語が、関係者の“語り”で紡ぎだされる。吉村の真摯な一生に関わった人々の人生が見事に結実する壮大なクライマックス。第13回柴田錬三郎賞受賞の傑作長篇小説。( 下巻 :「BOOK」データベースより)

 

浅田次郎の新選組三部作の第一弾の長編時代小説です。

 

ただひたすらに金に執着し、そして死んでいった新選組隊士吉村貫一郎の物語です。吉村貫一郎とは実在の人物ではあるらしいのですが、その詳細は不明で、後に子母澤寛(しもざわ かん)が「新選組始末記」で記した吉村貫一郎像をもとに本書で創作したものらしいです。

 

 

三部作の中では一番涙を誘われました。物語は史実を交えて進んでいくので、読後にはどこまでが史実なのか知りたくなり、吉村の子供が作り出したという寒さに強い稲は実在するのか等、実際に二~三の事実については調べた程です。

最初に主人公の吉村貫一郎が腹を切ることは読者には分かっています。その上で、腹を切るまでの吉村の回想による独白と、吉村貫一郎を知る新選組の生き残りの隊士を始めとする人達へのある人物の聞き取りとが交互に示される、という構成で物語は進んでいきます。

ここで、聞き取りをしている人物の名前が明かされていませんが、読んで行くうちに浅田次郎は「新選組始末記」他を著した子母澤寛を思っていいたのだろうとに考えるようになりました。

ただ、語り手の一人に新選組生き残りの居酒屋主人がいるのですが、このモデルが分かりません。

 

各語り手の夫々の話が涙を誘います。それもピンポイントで心の涙のボタンを突いてくる感じです。特に後半の家族による語りの個所になると、更にいけません。この本は人前では読みにくい本だと、痛切に思いました。

実に読みやすい文章と、読み手の心をくすぐる舞台設定と、物語の世界に引き込む筋立てと、三拍子そろった面白い小説の手本のような作品です。殆どの人は面白いと思うのではないでしょうか。だからこそのベストセラーなのですから、改めて言う方がおかしいですね。

本書の終わりに大野次郎右衛門の手紙が漢文で掲載されています。私も含め普通の人は漢文の素養はなく読み下すことは出来ないでしょう。そこで、現代語訳されたサイトを紹介しておきます。くれぐれも本書読了後に再度の涙を覚悟の上で参照してみてください。現代語訳 大野次郎右衛門の手紙 参照