男の始末とは、そういうものでなければならぬ。決して逃げず、後戻りもせず、能う限りの最善の方法で、すべての始末をつけねばならぬ。幕末維新の激動期、自らの誇りをかけ、千年続いた武士の時代の幕を引いた、侍たちの物語。表題作ほか全六篇。(「BOOK」データベースより)
「椿寺まで」、「箱舘証文」、「西を向く侍」、「遠い砲音」、「柘榴坂の仇討」、「五郎治殿御始末」の六編が収められている短編集です。
明治維新という社会の変革についてゆけない侍の悲哀を描いた作品集です。どの物語も侍の矜持を捨てることを潔しとせず、それでいて明治という新しい世になんとかなじもうとする侍の哀しさが漂う物語として出来上がっています。
「箱舘証文」では「旧なるもの」の取り壊し、「西を向く侍」では太陽暦採用、「遠い砲音」もまた太陰暦から太陽暦に改められるに伴う「不定時法」から「定時法」への変更、「柘榴坂の仇討」では仇討禁止令、「五郎治殿御始末」は廃藩置県と、それぞれの出来事に伴って自らの居場所を失う侍たちのさまざまな悲哀が語られているのです。
この作家の『黒書院の六兵衛』などでもそうでしたが、単純に、時代に流されることについて思い惑うことのない大半の武士たちではなく、「侍」という生き方しかできない、ある意味不器用な人間の、さまざまな自己の貫き方を描いてあります。
侍としての生き方を貫くことと、新時代にあった生き方を選ぶこととの狭間で巻き起こる悲喜劇ですが、そこで繰り広げられる人間模様を謳いあげる浅田次郎という作家の素晴らしさを堪能できる作品集です。
中でも「柘榴坂の仇討」は中井貴一と阿部寛を主役に2014年に映画化されました。二人とも好きな役者さんなので早速見ましたが、それなりに期待に添える映画でした。
「西を向く侍」では、成瀬勘十郎という和算と暦法を学んだ人物が主人公となっていますが、この和算と暦法を主題にした小説を先日読んだばかりでした。それは本屋大賞も受賞した冲方丁が書いた『天地明察』という作品です。改暦という大事業の意味を詳しく描写しつつ、上質のエンターテインメント小説として仕上がった作品でした。
物語の流れの中での一時期としての明治維新を描いた作品はあっても、本書のように、明治維新期における侍の苦悩する姿を正面から書いた作品はそんなには知りません。少ない中で挙げると、津本陽が明治時代の剣術家の悲哀を丁寧に描写した短編集である『明治撃剣会』があります。また、杉本章子の『東京新大橋雨中図』は、最後の浮世絵師と呼ばれた小林清親を描いた、明治維新期の世相を一般庶民の生活に根差した眼線で描写している作品です。