『八月の御所グラウンド』とは
本書『八月の御所グラウンド』は、2023年8月に208頁のハードカバーで文藝春秋から刊行された長編の青春小説です。
真夏の京都を舞台にした二編の青春小説が収められていて、河﨑秋子著『ともぐい』と共に第170回直木賞を受賞した感動的な作品です。
『八月の御所グラウンド』の簡単なあらすじ
死んだはずの名投手とのプレーボール
戦争に断ち切られた青春
京都が生んだ、やさしい奇跡女子全国高校駅伝ーー都大路にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生。
謎の草野球大会ーー借金のカタに、早朝の御所G(グラウンド)でたまひで杯に参加する羽目になった大学生。京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとはーー
今度のマキメは、じんわり優しく、少し切ない
青春の、愛しく、ほろ苦い味わいを綴る感動作2篇第170回直木賞を遂に受賞!
十二月の都大路上下(カケ)ル
八月の御所グラウンド(内容紹介(出版社より))
『八月の御所グラウンド』の感想
本書『八月の御所グラウンド』は、八月の京都を舞台にした第170回直木賞を受賞した感動作品です。
普通の言葉で日常を描きながらも、日常に紛れ込んだファンタジックな出来事にまぎれて青春を描き出しています。
60頁弱の「十二月の都大路上下(カケ)ル」と140頁強の「八月の御所グラウンド」という二作品が収納されていて、共にスポーツをテーマとしていながらも、その競技中にあるはずの無いものが見えるという現象を描いています。
前者は高校生の駅伝ランナー、後者は自分の将来が見えていない大学生を主人公としていますが、共に主人公を含めてキャラクターが立っており、読者の心を直ぐにつかみます。
私がこの作者の作品を読むのは本書が初めてなので、この作者の作風がどういうものであるかはわかりませんが、登場人物のキャラクター設定はうまいものがあるようです。
第一話の「十二月の都大路上下(カケ)ル」は、女子全国高校駅伝の補欠である一年生のサカトゥーこと坂東というランナーが主人公です。
毎年12月に京都の都大路を駆け抜ける伝統行事でもあるこの大会は、かつては私もよくテレビ観戦したものです。その大会の補欠ランナーが諸般の事情により大会に出場することになります。
極度の方向音痴である主人公が、アンカーとして出場し、同じ区間で争った二年生の荒垣新菜と共に見える筈のないものを見たことが描かれています。
第二話の表題作「八月の御所グラウンド」は、事情により八月の京都に残された大学生が参加した草野球大会での出来事が描かれている話です。
彼女にも振られ、就職活動をする気力も無くただ怠惰に暮らしていた大学四年生の主人公の朽木は、友人の多門から大学卒業がかかった草野球大会への参加を頼まれます。
その大会で出会ったのが中国人留学生のシャオさんであり、そのシャオさんが誘った見知らぬ男のえーちゃんたちだったのです。
シャオさんが野球を勉強したいと思った理由が「オリコンダレエ」というはじめて聞いた日本語にあるなど、場面設定やその場の描写の仕方が私の好みにピタリとはまりました。
在るはずの無いものが存在し、主人公たちの生活の一場面の中に紛れ込んでいる状況が、単に不思議という以上の意味を持って迫ってきます。
そして、その描き方は読む者に自分自身の青春時代を思い出させ、自身の生き方を見つめ直すきっかけを指し示しているようです。
本書に収納された二作品では、青春の一場面に現れた特別な現象に接した主人公たちが感じることになった爽やかさや心の軽い痛みなどが示されています。
特に表題作の「八月の御所グラウンド」では、単純な爽やかさだけでなく、時代を異にした青春時代を送った青年たちへの哀しみをも含んだ想いが描かれていて、心に残る作品として仕上がっています。
本書は第170回直木賞を受賞した作品ですが、そのことに異論をはさめるはずもない作品だと思います。
これまでこの作者の万城目学の作品は名前は知っていたものの読んだことがなかったので、あらためてこの作者の作品を読んでみたいと思わせられる作品でした。