浅田次郎

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浅田次郎著の『憑神』は、実にコミカルで読みやすく、それでいて読了時には幕末の武士の存在について思いを馳せることになる、浅田次郎らしい長篇時代小説です。

 

時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままならない。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれた。だが、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神だった!とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして、やがては感涙必至。傑作時代長篇。(「BOOK」データベースより)

 

貧乏御家人の別所彦四郎は小十人組組頭でしたが、配下の者のしくじりにより職務も、婿としての立場も無くしてしまい、今は部屋住みの身分でした。

ある日、ほろ酔い気分で三巡稲荷と読める小さな祠に手を合わせたところ、貧乏神に取りつかれる羽目に陥ってしまいます。何とか”宿替え”という秘法により貧乏神のとり憑く先を変え、何とかその場を逃れた彦四郎だったのですが・・・。

 

この物語の重要な登場人物の一人である村田小文吾は、普段は少々間の抜けた男なのですが一種の神力を持っています。物語の当初に、この小文吾を加えた貧乏神との三人のやり取りはまるで落語の一場面を見ているようで、軽妙な面白さにあふれています。

貧乏神を追い払った後、今度は疫病神が現れ、彦四郎本人、そして周りの人々は疫病神の仕業に振り回さることになります。この間、彦四郎は自らの役務、ひいては武士というものの存在について考えるようになるのでした。

 

この過程の描写は実に細やかです。主人公の別所彦四郎は、御徒士(おかち)組の小十人組組頭という設定です。文庫本のあとがきの磯田道史氏によると、この御徒士組の描写は、浅田次郎が実在した御徒士の懐旧談が載っている「幕末の武家」という本を読み込まれて書かれたそうで、その暮らしぶりの描写はそれなりに根拠があるそうです。

このような具体的な資料に裏打ちされた文章ですので、ユーモラスに描かれている主人公の行動やお徒士と呼ばれる武士たちの行いも真実味にあふれています。

 

物語も後半になると彦四郎の武士道というものに対する考察も、より深いものになっていきます。それとともに前半のコミカルな描写は少しずつ影をひそめて行きます。

最終的に浅田次郎の武士道についての考えが示されていて、読み手の心に心地よい感動を残すのです。

 

この浅田次郎の幕末における武士のあり方、についての考察は、後に書かれることになる『黒書院の六兵衛』へと連なっていきます。また『流人道中記』もこの流れにある作品ではないでしょうか。

 

 

 

数年前に見た「憑神」映画で得た印象とは異なる作品でした。あの映画は今思えばユーモラスなストーリーに焦点を当てた作品として作られたということなのでしょう。

 

[投稿日]2015年03月22日  [最終更新日]2020年7月4日
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