浅田次郎

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泰平の世に積もりに積もった大借金に嫌気のさした先代は縁の薄い末息子に腹を切らせて御家幕引きを謀る。そうとは知らぬ若殿に次々と難題が降りかかる!笑いと涙の経済エンターテインメント、始まり、始まり―(上巻 : 「BOOK」データベースより)

御国入りで初めて見る故郷の美しさ、初めて知る兄弟の情。若殿は倒産阻止を決意するが、家臣共々の努力も焼け石に水。伝家の宝刀「お断り」で借金帳消しの不名誉を被るしかないのか。人も神様も入り乱れての金策に、果たして大団円なるか―(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

浅田次郎が得意分野の一つとする、長編のユーモア時代小説です。

個人的には、浅田次郎のユーモア小説としては今一つという印象でした。

 

越後松平丹生山三万石は借金二十五万両、利息だけで年三万両を抱え、全く金がなかった。そこで元藩主である第十二代松平和泉守は「大名倒産」を図り、何も知らない庶子の小四郎にすべてをかぶせることにした。

しかし、その小四郎こと松平和泉守信房は何とか藩の立て直しを図ろうとする。

ところが、丹生山松平家にとりついていた貧乏神は、薬師如来に助けられて心を入れ替え、七福神の力も借りて、小四郎を助けることとするのだった。

 

利息だけでも年に三万両という膨大な借金を前に、大名家をつぶしてしまおう、それも借金に充てるべき金をため込んで返さずに大名倒産を企図するというその発想自体、普通ではありません。

当然、登場人物もそれに合わせて普通ではありません。

御家滅却を図る中心人物としてある御隠居様こと先代の松平和泉守自身が、時には百姓与作、また時には茶人一孤斎、他にも職人左前甚五郎、板前長七などを演じ分ける奇人です。

そのそれぞれの人格の持つ才能は超一流だというところが一段と奇人ぶりを示しています。

更には江戸定府の天野大膳やご隠居様の側近である加島八兵衛などがいます。

 

それに対し、丹生山松平家の立て直しを図ろうとする立場では中心となる小四郎がいて、それを助ける仲間として幼少期の寺子屋仲間の磯貝平八郎矢部貞吉それに他家の勘定方であった比留間伝蔵らがいて小四郎を助けます。

特筆すべきは小四郎を助ける存在として貧乏神七福神などがおり、影の存在としてこの物語を仕切っていることです。

 

とにかく、まさに浅田次郎の物語であり、浅田次郎の『憑神』のように神様をも巻き込んでのドタバタ劇が演じられるのです。

ただ、『憑神』で登場した貧乏神は、「陽」の印象があった神様でした。だからこそ映画版では西田敏行が貧乏神に扮しても違和感がなかったのです。

 

 

しかし本書においての貧乏神はまさに見た目から貧乏であり、「陰」の神様です。そもそも怪我をした貧乏神が仏である薬師如来に助けられた恩返しに善きことをするというのですからちょっと違います。

その上で貧乏神の依頼に応じて小四郎らを助けようとする、酒を浴び、あるいは恋に溺れる人間味あふれた存在である七福神がいます。

このように、この物語で登場する神や仏は、浅田次郎の物語らしく実に人間的です。

例えば毘沙門天(別名多聞天)ことヴァイシュラヴァナ弁財天ことサラスヴァティーと艶めいた関係があり、また斬り殺されそうになっていた人間を助けるために死神に口づけをすることでこれを助けたりもしています。

 

以上のように、本書は浅田次郎ワールド全開の作品としての魅力が満載された作品です。

それは、小四郎の次兄・新次郎とその妻お初とのやりとりや、三兄・喜三郎の人柄や小四郎との会話、小四郎の育ての親である間垣作兵衛の話など、心を打つ場面が随所にあるところからもわかります。

一方、お初の父であり、大番頭という侍の中の侍と言われる小池越中守が丹生山へ帰る小四郎について大好きな鮭を食べるためだけに国入りをするなど、コミカルな側面も同様です。

 

浅田次郎の文章が胸に迫る理由の一つに、人物の心象描写の上手さがあります。短めの文章で畳みかけるように、疑問文を投げかけ、事実を断定し、その時の心根を断言します。

天切り松 闇がたりシリーズ』のときは、浅田次郎本人が、また十八代目中村勘三郎が言う「黙阿弥を彷彿とさせる江戸弁」でもって「男の色気」を出していたのですが、本書ではそうした技巧ではなく、浅田次郎の文章の力で読ませていると思われます。

 

 

しかしながら、個々の登場人物にまつわる出来事では丁寧な印象があるものの、ストーリー全体を通しての構造は少々簡略に過ぎると感じられました。

つまりは、小四郎の成功、それに対する御隠居様の末路に至る過程が簡略に過ぎたのです。

その点は、人格を有する神を登場させ、人間の幸、不幸の陰には神や仏の存在があるという物語世界、である以上は仕方のない、というよりは当然のことであるかもしれません。

人間の努力があり、その努力に対して神が力を貸すという世界である以上は、商人の商売繁盛も、豪商の家業繁栄も最終的には神の加護があればこそ、というのですから、物語の流れも少々無理筋になるのでしょう。

ただ、その点が納得できず、浅田次郎という作者に対してはより練り上げられた設定での物語展開を期待してしまうのです。

 

最後になりましたが、書き忘れていたことがありました。

それは、作者自身の「私が生まれた昭和二十六年は、大政奉還から算えて八十五年目にあたる。」との一文に驚かされたことです。

同年生まれの私に、現実を突き付けられた思いだったのです。私は明治維新からまだ百年もたっていない時代に生まれたのだと。

本書は本書として十分に面白い作品です。ただ、それ以上の要求をしてしまうファンがいたということでした。

[投稿日]2020年06月03日  [最終更新日]2020年6月22日
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