『大名倒産』とは
本書『大名倒産』は2019年12月に刊行され、2022年9月に上下二巻合計で775頁として文庫化された、ファンタジックな長編時代小説です。
個人的には、浅田次郎のユーモア小説としては今一つという印象でした。
『大名倒産』の簡単なあらすじ
天下泰平260年の間に積もり積もった藩の借金25万両。あまりの巨額に嫡男はショック死ー丹生山松平家12代当主は、庶子の四男・小四郎に家督を譲るとひそかに「倒産」の準備を進め、逃げ切りを狙う。そうとは知らぬ小四郎、クソがつくほどの真面目さ誠実さを武器に、最大の難関・参勤行列の費用をひねり出そうとするが…( 上巻 : 「BOOK」データベースより)
美しい故郷とお家を守りたいー天下一の塩引鮭が名産の御領国・越後丹生山へ初入りした若殿・小四郎。そのなりふり構わぬ姿に、国家老が、商人と民が、そして金が動き始める。人の世を眺めていた七福神まで巻き込んで、奇跡の「経営再建」は成るか?笑いと涙がてんこ盛りの超豪華エンタメ時代小説!( 下巻 : 「BOOK」データベースより)
越後松平丹生山三万石は借金二十五万両、利息だけで年三万両を抱え、全く金がなかった。
そこで元藩主である第十二代松平和泉守は「大名倒産」を図り、何も知らない庶子の小四郎にすべてをかぶせることにした。
しかし、その小四郎こと松平和泉守信房は何とか藩の立て直しを図ろうとする。
ところが、丹生山松平家にとりついていた貧乏神は、薬師如来に助けられて心を入れ替え、七福神の力も借りて、小四郎を助けることとするのだった。
『大名倒産』の感想
本書『大名倒産』は莫大な借金を前に、大名家をつぶして借金を免れようとする大名と、何も知らずに汚名だけを着せられようとする庶子の小四郎を助けようとする貧乏神たちの奮闘ぶりを描く、ユーモア小説です。
利息だけでも年に三万両という膨大な借金を前に、大名家をつぶしてしまおう、それも借金に充てるべき金をため込んで返さずに大名倒産を企図するというその発想自体、普通ではありません。
当然、登場人物もそれに合わせて普通ではありません。
御家滅却を図る中心人物としてある御隠居様こと先代の松平和泉守自身が、時には百姓与作、また時には茶人一孤斎、他にも職人左前甚五郎、板前長七などを演じ分ける奇人です。
そのそれぞれの人格の持つ才能は超一流だというところが一段と奇人ぶりを示しています。
更には江戸定府の天野大膳やご隠居様の側近である加島八兵衛などがいます。
それに対し、丹生山松平家の立て直しを図ろうとする立場では中心となる小四郎がいて、それを助ける仲間として幼少期の寺子屋仲間の磯貝平八郎や矢部貞吉、それに他家の勘定方であった比留間伝蔵らがいます。
特筆すべきは小四郎を助ける存在として貧乏神や七福神などがおり、影の存在としてこの物語を仕切っていることです。
とにかく、まさに浅田次郎の物語であり、浅田次郎の『憑神』のように神様をも巻き込んでのドタバタ劇が演じられます。
ただ、『憑神』で登場した貧乏神は、「陽」の印象があった神様でした。だからこそ映画版では西田敏行が貧乏神に扮しても違和感がなかったのです。
しかし本書『大名倒産』においての貧乏神はまさに見た目から貧乏であり、「陰」の神様です。そもそも怪我をした貧乏神が仏である薬師如来に助けられた恩返しに善きことをするというのですからちょっと違います。
その上で貧乏神の依頼に応じて小四郎らを助けようとする、酒を浴び、あるいは恋に溺れる人間味あふれた存在である七福神がいます。
このように、この物語で登場する神や仏は、浅田次郎の物語らしく実に人間的です。
例えば毘沙門天(別名多聞天)ことヴァイシュラヴァナは弁財天ことサラスヴァティーと艶めいた関係があり、また斬り殺されそうになっていた人間を助けるために死神に口づけをすることでこれを助けたりもしています。
以上のように、本書は浅田次郎ワールド全開の作品としての魅力が満載された作品です。
それは、小四郎の次兄・新次郎とその妻お初とのやりとりや、三兄・喜三郎の人柄や小四郎との会話、小四郎の育ての親である間垣作兵衛の話など、心を打つ場面が随所にあるところからもわかります。
一方、お初の父であり、大番頭という侍の中の侍と言われる小池越中守が丹生山へ帰る小四郎について大好きな鮭を食べるためだけに国入りをするなど、コミカルな側面も同様です。
浅田次郎の文章が胸に迫る理由の一つに、人物の心象描写の上手さがあります。短めの文章で畳みかけるように、疑問文を投げかけ、事実を断定し、その時の心根を断言します。
『天切り松 闇がたりシリーズ』のときは、浅田次郎本人が、また十八代目中村勘三郎が言う「黙阿弥を彷彿とさせる江戸弁」でもって「男の色気」を出していたのですが、本書ではそうした技巧ではなく、浅田次郎の文章の力で読ませていると思われます。
しかしながら、個々の登場人物にまつわる出来事では丁寧な印象があるものの、ストーリー全体を通しての構造は少々簡略に過ぎると感じられました。
つまりは、小四郎の成功、それに対する御隠居様の末路に至る過程が簡略に過ぎたのです。
その点は、人格を有する神を登場させ、人間の幸、不幸の陰には神や仏の存在があるという物語世界、である以上は仕方のない、というよりは当然のことであるかもしれません。
人間の努力があり、その努力に対して神が力を貸すという世界である以上は、商人の商売繁盛も、豪商の家業繁栄も最終的には神の加護があればこそ、というのですから、物語の流れも少々無理筋になるのでしょう。
ただ、その点が納得できず、浅田次郎という作者に対してはより練り上げられた設定での物語展開を期待してしまうのです。
最後になりましたが、書き忘れていたことがありました。
それは、作者自身の「私が生まれた昭和二十六年は、大政奉還から算えて八十五年目にあたる。
」との一文に驚かされたことです。
作者と同年生まれの私は明治維新からまだ百年もたっていない時代に生まれたのだと、現実を突き付けられた思いだったのです。
本書『大名倒産』は本書として十分に面白い作品です。ただ、それ以上の要求をしてしまうファンがいたということでした。
ちなみに、本書『大名倒産』が主演が神木隆之介で映画化されるそうです。2023年6月23日に公開で、杉咲花、松山ケンイチ、宮﨑あおい、浅野忠信、佐藤浩市らが出演するとありました。
詳しくは下記サイトを参照してください。