浅田次郎

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新撰組三部作のような重厚な江戸城引渡し劇を期待して読み始めたのですが、思惑が外れました。浅田次郎お得意のファンタジーとまでは言いませんが、それに近い、寓意的なミステリー小説でした。

しかし、小説としての面白さは『新撰組三部作』に匹敵する物語であり、最後には大きな感動が待っていました。
 

江戸城明渡しの日が近づく中、てこでも動かぬ旗本がひとり━━。
新政府への引き渡しが迫る中、いてはならぬ旧幕臣に右往左往する城中。ましてや、西郷隆盛は、その旗本を腕ずく力ずくで引きずり出してはならぬという。外は上野の彰義隊と官軍、欧米列強の軍勢が睨み合い、一触即発の危機。悶着など起こそうものなら、江戸は戦になる。この謎の旗本、いったい何者なのか―。
周囲の困惑をよそに居座りを続ける六兵衛。城中の誰もが遠ざけ、おそれ、追い出せない。
そんな最中、あれ? 六兵衛の姿が見えぬ!?勝海舟、西郷隆盛をはじめ、大物たちも顔をだす、奇想天外な面白さ。……現代のサラリーマンに通じる組織人の悲喜こもごもを、ユーモラスに描いた傑作。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

天朝様が江戸城に玉体を運ばれる日が近づく。が、六兵衛は、いまだ無言で居座り続けている……。虎の間から、松の廊下の奥へ詰席を格上げしながら、居座るその姿は、実に威風堂々とし日の打ち所がない。それは、まさに武士道の権化──。だが、この先、どうなる、六兵衛!
浅田調に笑いながら読んでいると、いつの間にか、連れてこられた場所には、人としての義が立ち現れ、思わず背筋がのび、清涼な風が流れ込んでくる。奇想天外な面白さの傑作です。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

江戸城引渡しに備え、官軍入城に先立っての露払いとして尾張徳川家の徒組頭加倉井隼人が選ばれた。早速に江戸城西の丸御殿に行くと、待っていた勝海舟に打ち明けられたのは、未だ一人の侍が立退かずにいる、ということだった。

外には官軍がひしめいており、官軍総大将の西郷からは「些細な悶着も起こすな」と言われているため、力を使うこともならず、途方に暮れるのみだった。

 

西の丸御殿に居座っている侍は何者なのか、という謎の解明だけで展開される上下二巻の大作です。

的矢六兵衛という名前は分かっている、しかし、この侍は的矢六兵衛ではない、というところが不思議の発端で、加倉井は勝から紹介された福地源一郎と共に解明に動き出します。

事情を知るものへの聞き取りの度に、その者の一人称の語りが挟まれるという浅田次郎お得意のパターンで物語は進み、少しづつ謎は解き明かされていきます。

と同時に、浅田次郎の思う「武士道とは」という問いに対する答えも少しづつ示されていて、この作品全体として、浅田次郎の思う「武士道」が示されていると感じられます。

 

一方、この作品では江戸城についてのトリビアも示されています。江戸城開け渡しの時には本丸、二の丸は焼け落ちており、仮御殿である西の丸のみが再建されていことや、的矢六兵衛の属する書院番は由緒正しき近侍の騎兵であるとか、お茶坊主が何かと「シィー、シィー」と奇矯な声出すなど、数限りなくと言って良いほどに記されていて、この点でも興味を惹かれました。

 

本書『黒書院の六兵衛』と同じく、江戸城明け渡しの前日に江戸城に居残った人物を描き出すという小説があります。それは朝井まかてが描く『残り者』という作品です。

ただ、この『残り者』で居残っているのは五人の女たちです。彼女らが何者かはすぐに明らかになり、何故に江戸城に居残っていたのかがゆっくりと語られることになります。それぞれの行動がユーモラスに、また時には哀しみを漂わせながら描かれているのです。

この作品もかなり読み応えのあるいい作品でした。

 

 

蛇足ながら、私が読んだ新刊書の『黒書院の六兵衛』では、巻末に江戸城西の丸借り御殿の略図が載っています。この略図がまるで迷路です。この迷路の中で六兵衛はその位置を少しづつ変えていくのです

 

ちなみに、2018年7月22日(日)から、WOWWOWの連続ドラマWで、『黒書院の六兵衛』がドラマ化されます。

主演は吉川晃司で的矢六兵衛を演じ、加倉井隼人役は上地雄輔が演じます。吉川晃司の役者としての魅力もさることながら、おバカタレントとして人気者であった上地雄輔が、役者としてどれだけ成長しているものか、出来れば見たいのですがWOWWOW未加入なので、DVD化されることを期待し、それを待つつもりです。

 

[投稿日]2015年03月22日  [最終更新日]2020年6月30日
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