浅田次郎

イラスト1

帰郷』とは

 

本書『帰郷』は、2016年6月に256頁のハードカバーで刊行されて2019年6月に264頁で集英社文庫化された、短編の戦争小説集です。

浅田次郎の戦争というものに対する思いが詰まった、あらためて浅田次郎の小説の素晴らしさを思い知らされた作品集でした。

 

帰郷』の簡単なあらすじ

 

戦争は、人々の人生をどのように変えてしまったのか。帰るべき家を失くした帰還兵。ニューギニアで高射砲の修理にあたる職工。戦後できた遊園地で働く、父が戦死し、その後母が再婚した息子…。戦争に巻き込まれた市井の人々により語られる戦中、そして戦後。時代が移り変わっても、風化させずに語り継ぐべき反戦のこころ。戦争文学を次の世代へつなぐ記念碑的小説集。第43回大佛次郎賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

歸郷/鉄の沈黙/夜の遊園地/不寝番/金鵄のもとに/無言歌

 

帰郷』の感想

 

本書『帰郷』は、浅田次郎の作品らしい切なさに満ちた戦争小説集で、太平洋戦争に従軍した兵士や、終戦後の帰還兵や一般人の姿を通して戦争の理不尽さが描き出されています。

浅田次郎の作品は、社会の理不尽さに翻弄される人物の姿が描かれることが多いようです。

それが時代小説であれば、江戸時代という封建時代という制度の持つ理不尽さや、その社会制度に拘束される侍という存在の理不尽さに対する憤りなどが描かれることになります。

戦争小説も同様であり、「戦争」が国民に強いる生き方や、軍隊という理不尽の権化のような巨大組織が一兵卒に対し要求する不条理があぶり出されているのです。

 

浅田次郎の作品は、ピンポイントで読み手の琴線をついてきます。

取り上げる視点の感性はもちろん、登場人物の心象を畳み掛けるように描き出すその文章は、読み手の心のボタンを的確についてくるのです。

特に浅田次郎の綴る登場人物の独白は心を打ちます。

例えば、本書第二話「鉄の沈黙」の中で表現されていた技術者の独白「国貧シキハ宿命、然シ科学技術ノ及バザルハ怠慢。」との文章を含む独白の場面や、第三話「夜の遊園地」での母親へ電話する場面など、挙げれば切りがありません。

こうした独白で示される心象表現の巧みさ、読み手に語りかける文章技術のうまさは他の追随を許しません。

 

作者の浅田次郎は、「戦争というのは「苦悩」の塊」であり「文学の根源を見出すことができる」のであって、「社会全体が帯びてしまった苦悩」は「文学が描くべき題材」だと言われています( HUFFPOST:参照 )。

また、「これは戦争小説ではなく、反戦小説です。戦争はけっしてあってはいけないことだと思うし、どんな事情があっても賛美することはできない。これからも小説を通じて、反戦を訴えていきたいと思っています。( 週刊現代:参照 )」とも言われています。

一方、小説の三大条件として「面白くて、美しくて、わかりやすい」ことも挙げておられ( BookBang:参照 )、戦争小説ではあってもそれなりに読者を惹きつける魅力を持つ必要があると言われているのです。

 

反戦小説といえば、城山三郎が元首相である広田弘毅の生涯を描いた『落日燃ゆ』は心に残る作品でした。

また、正面から反戦小説を書いた五味川純平の『人間の條件』(岩波現代文庫全三冊)などの戦争文学作品も心打たれた作品の一つでした。

 

 

ところで、浅田次郎は私と同じ1951年の生まれだそうです。いつも思うのですが、この二人の物事の捉え方の落差はどういうことでしょう。

同じ事柄をみても心の捉え方が全く異なること、そもそもある事柄を言語化する能力が異なる以前に、物事を感じる能力に雲泥の差があることをあらためて思い知らされるのです。

同時に、やはり浅田次郎の作品は面白く、はずれがない、とも感じた作品でもありました。

[投稿日]2023年07月19日  [最終更新日]2023年7月19日

おすすめの小説

心に残る戦争小説

坂の上の雲 ( 司馬 遼太郎 )
松山出身の歌人正岡子規と軍人の秋山好古・真之兄弟の三人を軸に、維新から日露戦争の勝利に至る明治日本を描く大河小説。
また、桜の国で ( 須賀しのぶ )
須賀しのぶ著の『また、桜の国で』は、第二次世界大戦前夜のポーランドの姿を、ワルシャワにある日本大使館に勤務する日本人外務書記生を主人公として描いた作品で、第156回直木賞の候補になった作品です。
永遠の0(ゼロ) ( 百田 尚樹 )
百田尚樹著の『永遠の0(ゼロ)』は、ゼロ戦パイロットであった宮部久蔵の孫の慶子と健太郎が特攻の生き残りを訪ね、宮部久蔵が「臆病者」や「天才パイロット」、「絶対に生きて帰ると言い続けていた」などの事実を知る様子を描く物語です。
同志少女よ、敵を撃て ( 逢坂 冬馬 )
逢坂冬馬著『同志少女よ、敵を撃て』は、「アガサクリスティー賞選評」などまで入れて全部で492頁もある長編の戦争冒険小説です。一人の少女の人間としての成長譚でもある、第166回直木賞の候補作となった非常に読みごたえのある作品です。
戦争と人間 ( 五味川 純平 )
激動の中国大陸、ファシズムの日本を舞台に、綿密な取材と圧倒的な筆力で描かれる戦争の構造、人間の条件。戦争文学の一時代を画す、不滅の金字塔

関連リンク

帰郷/浅田 次郎
いまこそ読んでほしい反戦小説集 戦争に運命を引き裂かれた名もなき人々。 大佛次郎賞受賞作(第43回) 戦争は、人々の人生をどのように変えてしまったのか。帰るべき...
浅田次郎「帰郷」書評 戦中と戦後つなげる想像力喚起 - 好書好日
戦争を描くことをライフワークにしている著者の新作は、六作の戦争小説を収めた短編集である。戦争小説は最前線で戦う兵士を主人公にしがちだが、本書は戦争が巻き起こす様...
【新刊紹介】8月にふさわしい反戦小説集:浅田次郎著『帰郷』
帰還兵、父が戦死したアルバイト学生、特殊潜航艇の中で間もなく死のうとしている海軍予備学生たち……。主人公も、時代も戦中、戦後と全く違う6編の短編が収められている。
浅田次郎の連作短編集『帰郷』が描くもの「これは戦争小説ではなく反戦小説です」
何事もなく、普通に生きていた人たちの日常が“戦争”によって壊され、思いもよらなかった人生を生きることになる――そんな人々の姿が描かれる『帰郷』は、「戦争について...
浅田次郎が語る、戦争と作家 - カドブン
『日輪の遺産』や『終わらざる夏』など、戦争をテーマにした小説を多数発表されてきた浅田次郎さん。待望の新連載は、日中戦争という苛烈な時代を生きた従軍作家の物語です。
「帰郷」浅田次郎著 - 日刊ゲンダイDIGITAL
戦争が終わって3カ月、新宿駅近くの闇市の片隅に立つ街娼の綾子は、体を売って日々をしのぐ自分が野良猫以下の生き物に思えて仕方ない。目の前の駅から汽車に乗れば、故郷...
戦争の傷跡から流れ続ける血のことは、誰も知らない。 - シミルボン
行きずりの娼婦に戦争と帰還後の地獄を打ち明ける、この世の絶望を乗り越えようとする二人の出会いを描く表題作ほか5編の短編集。浅田さんは第二次大戦については、そこに...
戦争によって引き裂かれた男たちの運命――浅田次郎が生み出す反戦小説 - ダ・ヴィンチWEB
平成が「戦争のない時代」として幕を閉じた。新しい令和という時代も、平和を当たり前と思える時代であってほしい。多くの人はそう思っているだろうが、そのために最も大切...
直木賞作家・浅田次郎 小説の三大条件を明かす - Book Bang
大竹まことさん(67)が司会を務める文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」のコーナー「大竹メインディッシュ」に7月28日、『帰郷』(集英社)を上梓した小説家...
作家・浅田次郎が語る「戦争の手触り」〜戦争を描くことは"使命"だと思っています
このたび上梓された『帰郷』は太平洋戦争をテーマに全6編を収録した短編集です。これまでにも『終わらざる夏』をはじめ、浅田さんは多くの戦争小説を発表し、ライフワーク...
元自衛官だった作家・浅田次郎さんが教えてくれた、戦争の知られざる6つの裏側
『地下鉄(メトロ)に乗って』や『鉄道員(ぽっぽや)』などの代表作や、『壬生義士伝』ほか様々な時代小説でも知られる作家・浅田次郎さん。しかし、彼がかつて自衛隊に所...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です