『ヨルノヒカリ』とは
本書『ヨルノヒカリ』は、2023年9月に320頁のソフトカバーで中央公論新社から刊行された長編の青春小説です。
たまにはこういう本もいいと思わせられる、心が洗われる、優しさに満ちた作品でした。
『ヨルノヒカリ』の簡単なあらすじ
「ここで、一緒に暮らしつづけよう」いとや手芸用品店を営む木綿子は、35歳になった今も恋人がいたことがない。台風の日に従業員募集の張り紙を見て、住み込みで働くことになった28歳の光は、母親が家を出て以来“普通の生活”をしたことがない。そんな男女2人がひとつ屋根の下で暮らし始めたから、周囲の人たちは当然付き合っていると思うが…。不器用な大人たちの“ままならなさ”を救う、ちいさな勇気と希望の物語。(「BOOK」データベースより)
『ヨルノヒカリ』の感想
本書『ヨルノヒカリ』は、“普通”という言葉の意味が問われる、皆とはちょっと変わった個性を持った人の生き方を描いた、ものの見方が少し変わるかもしれない、優しさにあふれた作品です。
殺伐とした作品を読むことが多い私には、たまにはこういう優しさに満ちた物語もいい、と思わせられる作品でした。
本書『ヨルノヒカリ』は、まったく悪人というものが登場してこない物語です。もちろん、子を顧みない母親や女を捨てる男などは背景に少しだけ登場しますが、物語の本筋には直接には関係しません。
そんな悪人が登場してこない物語としては少なくない数の作品がありますが、とくに女性が描く物語に多いように思われます。助成の視点のほうが優しいということになるのでしょうか。
例えば、『リカバリー・カバヒコ』のような青山美智子の各作品や、長月天音の『ほどなく、お別れですシリーズ』などような作品があります。
これらの作品は善人だけしか登場してきませんが、それでもなお登場人物たちの生き方が読み手に勇気を与えてくれるのですから不思議なものです。
でも、男性でも川口 俊和の『コーヒーが冷めないうちに』のような作品もありますので、作者が女性だからというわけでもなさそうです。
本書『ヨルノヒカリ』はまた普通ではない生き方をしている人たちの物語ともいえます。
そのような物語といえば、「多様性」をテーマにした作品として強烈な印象があった朝井リョウの『正欲』という作品がありました。この作品は個々人の性癖がテーマになっていましたが、本書の場合、それとも異なる物語だと思えます。
本書の場合は、他者との繋がり方がよく分からないという点で普通ではないということです。性癖云々とはまた意味合いが異なります。
もともと私は意思疎通が苦手という人を描いた作品は決して得意とする方ではありません。
しかしながら本書『ヨルノヒカリ』の場合、ある種ファンタジー的な描き方であるためか、私の苦手意識を刺激しませんでした。
何よりも人物の心象風景を詳細に語るという作品ではなかったことが一番の理由だと思われます。
主人公の28歳になる夜野光は子育てが下手な母親に結果として捨てられ、代わりに同じアパートに住む年寄りたちに愛情を持って見守られて生きていたようです。
光にはまた成瀬という親友がいて、何かにつけ成瀬の両親や姉、それに妻の美咲に助けられて生きてきました。
一方の主人公でもある35歳の木綿子さんも、他者との関わりをうまく保つ元ができずに祖母と共に暮らした手芸店を一人守っている存在です。
光はある嵐の日に「従業員募集」の貼り紙を見て飛び込んだ「いとや手芸用品店」に住み込みで働くことになります。
その店の店主が木綿子という美人であり、何も言わずに光を住み込みの店員として雇ってくれたのです。
光は幼いころから一人で生きてきたため料理や掃除などは得意であり一時は料理人として働いていたこともあるくらいです。
一方の木綿子は手芸に関連する事柄以外は全く何もできない人でした。そこで、光は家事全般を引き受け、手芸のことを教えてもらいながら住み込みで働くことになったのです。
木綿子という人は男の人に対して恋心を抱くということが分からないでいます。また光は男がいなくては生きていけなかった母親の影響のためか人を好きになることに臆病だったのです
その光が、木綿子の営む手芸用品店で暮らす様子を描いているだけの物語ですが、光と木綿子それぞれに世間一般の基準からは少し外れたところに生きている人物であるところから周りの人たちが何かと世話をしたがるのです。
28歳の男と35歳の女とが一つ屋根の下に共同生活をするということに世間は何かと助言をしたがります。
普通とは異なる二人の生活はどうなるのか、二人の周りの人物たちは子の二人をどうしたいのか。物語は二人の行く末への関心と共に、普通とは異なる生き方に対する周りの対応についても疑問符を突きつけているようです。
ゆっくりと流れる時間の中で、高揚や興奮などとは無縁の静かな読書のひとときをもたらしてくれた、優しい気持ちに慣れた作品でした。