1970年代の日本という時代を背景に、自衛隊に入隊した若者たちの姿が哀しみを持ちつつもユーモアという衣に包まれて描かれています。全部で九つの物語で構成されている短編集です。
それぞれの物語では上官であったり同僚であったりと、さまざまな切り口の話が繰り広げられるのですが、そこは浅田次郎の物語ですから、各々の物語の底にはきっちりと人情物語がひそんでいます。そして、狭い世界の中で繰り広げられる物語であるために同じ人物が繰り返し登場します。登場人物への照明の当たり方の程度が違う、と言ったほうが良いのかもしれません。
本書においても、人物の心情を挟み込みながら交わされる会話文の調子の良さ、見事さという浅田節は健在です。この文章の美しさ、語りの調子の良さに乗せられて、読み手は簡単に浅田次郎の世界に引き込まれてしまうのです。
本書の終わり近くに「脱柵者」という物語があります。「脱柵」とは脱走の謂いです。自衛隊は「個人の行為が個人の責任に帰着しない世界」であり、「個性を滅却させて・・・緊密な連帯を保ち続けねばならない」世界だと言います。著者は大学出だという主人公にこのような自衛隊についての考察を語らせているのですが、この考察が浅田次郎本人の言葉ではないかと思うのです。
この主人公は自衛隊からの脱走を試みます。「娑婆」への逃走を図るのです。その時の脱走兵に対する上官らの態度は胸に迫ります。
自衛隊を描いた小説でまず浮かぶのは、我が郷土の先輩の直木賞作家である光岡明氏の『草と草との距離』が自衛隊員を描いた小説だったと思うのですが、もし間違っていたらごめんなさい。
浅田次郎の自衛隊に絡んだ作品と言うと後掲の立花もも氏のレビューには浅田次郎のエッセイ『勇気凛々ルリの色』もあわせて読んで欲しいとありました。抱腹絶倒のエッセイらしく、是非読んでみたいものです。
蛇足ながらタイトルになっている『歩兵の本領』とは、1911年(明治44年)に発表された日本の軍歌だそうで、YouTubeで聞くことができます。