浅田次郎

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中央公論新社

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万延元年(一八六〇年)。姦通の罪を犯したという旗本・青山玄蕃に、奉行所は青山家の安堵と引き替えに切腹を言い渡す。だがこの男の答えは一つ。「痛えからいやだ」玄蕃には蝦夷松前藩への流罪判決が下り、押送人に選ばれた十九歳の見習与力・石川乙次郎とともに、奥州街道を北へと歩む。口も態度も悪い玄蕃だが、道中で行き会う抜き差しならぬ事情を抱えた人々を、決して見捨てぬ心意気があった。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

「武士が命を懸くるは、戦場ばかりぞ」流人・青山玄蕃と押送人・石川乙次郎は、奥州街道の終点、三厩を目指し歩みを進める。道中行き会うは、父の敵を探し旅する侍、無実の罪を被る少年、病を得て、故郷の水が飲みたいと願う女…。旅路の果てで明らかになる、玄蕃の抱えた罪の真実。武士の鑑である男がなぜ、恥を晒して生きる道を選んだのか。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

江戸時代も末期の万延元年、一人の流人を蝦夷松前藩まで押送する若き与力の姿を描いて侍とは、法とは何かを問う、長編の時代小説です。

 

姦通の罪を犯した青山玄蕃が切腹を拒んだため、三人の奉行が知恵を絞り出した結論が預かりという処置でした。

そこで玄蕃を青森の三厩まで押送する役目を仰せつかったのが十九歳の見習い与力の石川乙次郎だったのです。

 

史料に残りえなかった歴史を書きたい」という作者の言葉がありました。読了後、あらためてそういう目で本書を眺め直してみると、江戸末期の世相および種々の手続き、流人押送の前例等々が微に入り細にわたって記されていました。

実際、よくもまあこれだけ詳しく調べたとあらためて感心させられます。その上で「そのためには、残りえた史料をなるたけ多く深く読み、名もなき人々の悲しみ喜びを想像しなければならない。」と続くのです(『流人道中記』浅田次郎 : 参照)。

例えば冒頭から二十頁まで、三人の奉行による議論の場面がありますが、雨にけむる和田倉御門外評定所までの描写には短いながらも素晴らしいものがあります。

ちなみに、この場面の挿絵の出来栄えのもまた見事です(挿絵が語る 二人の旅路 : 参照)

加えて、ここでの三人の奉行の青山玄蕃に対する処遇についての議論自体が、前提となる当時の世相、旗本としての面目、侍という存在のもつ思考方法などの理解が無ければかけるものではないのです。

 

このように、本書の頁を繰る場面ごと描かれる、今とは異なる当時の建物や部屋のたたずまい、そこにいる武士や町人の発する言葉、振る舞いなど、当時の細かな知識が必要なことがよく分かります。

更に例をあげると、旅に際し与力は馬に乗ってもよいが同心は駄目だとか、天領内は直参の面目からも馬に乗れなどの言葉、また、目的地の三厩までの概ね一月の旅程で一人片道二両掛かるという叙述、後に出てくる「宿村送り」という制度など。

また、知行二百石の旗本であっても、御目見以下の分限では冠木門しか許されず、長屋門は駄目、それでも、奴、女中をそれぞれ三人、都合六人の使用人を使う、などきりがありません。

そして、こうした細かな知識がこれでもかと物語の流れの中に記されていながらもなぜか読書の邪魔をしません。さらりと書かれているので、読み手もさらりと読み流してしまうのでしょう。

でありながらも、どこかで見た、読んだ豆知識として頭の片隅には残っているようで、再度似た情報に接していくうちに固定されていくのです。

 

このような点を背景に、何といっても押送人である石川乙次郎の成長の様子が読みごたえがあります。

旅の途中で巻き起こる様々な出来事に対する玄蕃の対処、それに対する乙次郎の見方の変化は小気味がよく感動的です。

ただ、上巻を読み進めるうちは、旅の途中の初めて食べた鰻の味や次の按摩や稲葉小僧のエピソードなどは浅田次郎の名作『壬生義士伝』や『黒書院の六兵衛』などの感動からは遠い印象しかありませんでした。

 

 

しかし、下巻に入り小僧の亀吉の哀しみに満ちたエピソードや、「宿村送り」などという聞いたこともない話などを読み進むうちに様子が変わってきます。

これまでのエピソードの小さな興奮が読み手の心に積み重なっていたのでしょう。クライマックスに至っては強烈な感慨を抱くまでに至っていました。

本来であれば、その間の状況をこそ述べるべきなのかもしれませんが、ネタバレなしで書く自信はありません。

旧態依然とした社会制度、そうした制度を顧みることもない役人、人間が制度の中で生きるということを体現する侍の生き方、などに対する浅田次郎の思いが凝縮されたラストだと思います。

先日読んだ浅田次郎の『大名倒産』などで示された繫文縟礼で示される幕府の制度も同様の思いから書かれたと思われます。

 

 

ただ、残された青山玄蕃の家族を思うと、玄蕃の自己満足ではないか、もっと他の方法があったのではないか、との思いがあるのも事実です。

玄蕃の貫いた人間としての生き方、玄蕃なりの武士道は結局は残された家族らの犠牲の上に在るのではないでしょうか。

そうしたことも含めて、浅田次郎ここにあり、と明言できるさすがの小説でした。

[投稿日]2020年06月22日  [最終更新日]2020年6月22日
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『流人道中記』浅田次郎 - 中央公論新社
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