『残り者』とは
本書『残り者』は2016年5月に刊行されて2019年6月に344頁で文庫化された、長編の歴史小説です。
明治維新の江戸城明け渡し時に大奥にとどまった五人の女を描いた作品で、非常に読み応えがある作品でした。
『残り者』の簡単なあらすじ
時代は幕末、徳川家に江戸城の明け渡しが命じられる。官軍の襲来を恐れ、女中たちが我先にと脱出を試みるなか、大奥にとどまった「残り者」がいた。彼女らはなにを目論んでいるのか。それぞれ胸のうちを明かした五人が起こした思いがけない行動とはー。激動の世を生きぬいた女たちの矜持が胸を打つ傑作時代小説。「BOOK」データベースより)
江戸城明渡しの前夜、一同の前で天璋院が言った「ゆるゆると、急げ」との言葉を胸に皆が江戸所を去る中、奥女中のりつは、最後の確認のために職場である呉服之間に戻った。
しかし、大奥には御膳所の御仲居のお蛸、御三之間のちか、そして天璋院の御部屋である新御殿の御下段之間に御中﨟のふきと和宮方の呉服之間のもみぢとが居残っていたのだった。
『残り者』の感想
江戸城明渡しの時の居残り者を描いた小説といえば浅田次郎の『黒書院の六兵衛』という作品がありました。
江戸城引渡の前夜、西の丸御殿に的矢六兵衛という御書院番士が退去せずにいたのですが、調べてみるとこの男は以前からいた的矢六兵衛ではないという事実が明らかになります。
では、今いる的矢六兵衛はいったい何者なのか、何のために明渡し寸前の江戸城に居座っているのか。
侍のありようをめぐり、浅田節が冴え渡る物語です。
本書『残り者』も『黒書院の六兵衛』同様に明渡し前の江戸城での居残り組についての話です。
しかし、本書で居残っているのは五人の女たちです。
彼女らが何者かはすぐに明らかになり、何故に江戸城に居残っていたのかがゆっくりと語られることになります。
この居残っていた五人は江戸城最後の夜を共に過ごすことになりますが、それぞれの行動がユーモラスに、また時には哀しみを漂わせながら描かれています。
五人がそれぞれの思惑で江戸城内に残ったものの、互いの居残りの理由は分からずに、それぞれに疑心暗鬼にとらわれながらも次第に心を通わせてい様は、読み手もまたいつの間にか物語の世界に引き込まれているのです。
また、本書『残り者』での大奥の内部についての描写は丁寧です。
それはルビが振られた漢字が多用されている文章を用いることで、あたかも大奥の様式美を体現しているようでもあり、読み手はいつの間にか荘厳な雰囲気の中にいることになります。
更に大奥の佇まいの美しさに加えて、お針子や賄いなどの職種についての説明も同様です。
知らずの内に大奥の生活の一端を垣間見ることになっていて、その面からも大奥の美しさに取り込まれることになるようです。
いずれにしろ、本書は私の心をわしづかみにした作品であり、かなり読み応えのある作品でした。
私にとって本書の醸し出す雰囲気、空気感は、この朝井まかてという作者の直木賞受賞作『恋歌』よりも高く評価されるべきと感じたようです。