『夜露がたり』とは
本書『夜露がたり』は、2024年2月に256頁のハードカバーで新潮社から刊行された短編時代小説集です。
“著者初の「江戸市井もの」 過酷にして哀切、いっそ潔く、清々しい”という惹句のとおりの物語集でした。
『夜露がたり』の簡単なあらすじ
夜は溟くて重く、救いはわずかしかなかった。市井ものの正統にして新潮流。「どいつもこいつも、こけにしやがって」「難儀だね、身内って奴から逃れられないものさ」、追い詰められ女と男は危うい橋を渡ろうとする。「あの場所の生まれでなければ」と呪い、「死んどくれよ」と言葉の礫をぶつけながら、その願いが叶いそうになると惑う。ここに江戸八景の本物がある。「傑作」と呼ぶしかない短篇集。(内容紹介(出版社より))
目次(「BOOK」データベースより)
『夜露がたり』の感想
本書『夜露がたり』は、著者砂原浩太朗が初めて出した市井ものということです。八編の短編が収められています。
江戸の町人の暮らしを描き出した短編と言えば、すぐに山本周五郎を思い出す人が多いでしょう。
山本周五郎に最初に接した本は新潮文庫の『深川安楽亭』でしたが、この作品は市井ものではなくいわゆる一場面物に分類される作品集ですが、そこに流れる哀愁は同様のものがあると感じています。
本書の読後感は藤沢周平を最初に読んだ時の感想と似たものがありました。
それは、それまで読んでいた時代小説とは異なって、ストーリー展開に山場もなく平板なもののまま終わってしまった作品だったというものです。
登場人物たちの先行きの希望などを示すこともなく、単に江戸の町民の生活の一場面を切り取り提示してあるだけのものだったのです。
ただ、それからしばらく間をおいて別な藤沢周平作品を手に取ると全くの別作品を読んだようで、今度は図書館で全作品を読み終えるほどになりました。
藤沢作品の情景描写の素晴らしさ、心象風景の描き方のうまさに惹かれ、描かれている登場人物たちの人生に引き込まれてしまったのす。
その再読したときの藤沢作品と似た印象を本書『夜露がたり』にも感じたのです。
そこに示されているものは思い通りにならない人生の悲哀であり、慟哭です。中にはかすかな光明を示している作品もあります。
文章のタッチは藤沢作品とは異なりますが、市井に暮らす人々の明るい側面ではなく、思い通りに行かない人生の断面を切り取った悲哀に満ちた作品集です。
作者の砂原浩太朗は、これまで封建制度に縛られた武家社会に生きる侍の姿を、厳しい中にも優しい目線で描いてこられました
しかし、本作では市井に生きる一般庶民の姿を描き出すというまた違った作風を読ませてくれたのです。
もちろん山本周五郎や藤沢周平とはその作風をかなり異にしますが、それでもなお武家社会を描き出した作品は勿論のこと、市井に生きる人々の哀しみをも描き得ることを示したと感じました。
これからもまた新たな砂原浩太朗作品を期待できると思います。楽しみです。