『俺たちの箱根駅伝』とは
本書『俺たちの箱根駅伝』は、2024年4月に上下二巻合わせて712頁のソフトカバーで文藝春秋から刊行された長編のスポーツ小説です。
箱根駅伝に「関東学生連合チーム」としてオープン参加をする選手たちと、彼らを中継するテレビマンたちの奮闘を描いた感動の作品です。
『俺たちの箱根駅伝』の簡単なあらすじ
それは、ただのレースではない。2年連続で本選出場を逃した崖っぷちチーム、古豪・明誠学院。4年生の主将・隼斗にとって、10月の予選会が最後の挑戦だ。故障を克服し、渾身の走りを見せる彼らに襲い掛かる、のは「箱根の魔物」。隼斗は、明誠学院は箱根路を走ることが出米るのか?絶対に負けられない戦い、始まる。( 上巻:「BOOK」データベースより )
217.1km。伝説のレース、開幕。明誠学院駅伝チームを率いることになった、商社マンで伝説のOB・甲斐。彼が掲げた“規格外”の目標は、“寄せ集め”チームのメンバーだけではなく、ライバルやマスコミをも巻き込んでゆく。煌めくようなスター選手たちを前に、彼らが選んだ戦い方とは。青春とプライドを賭け、走り出す。( 下巻:「BOOK」データベースより )
『俺たちの箱根駅伝』の感想
本書『俺たちの箱根駅伝』は、箱根駅伝に出場する「関東学生連合チーム」のメンバーと、その箱根駅伝を中継するテレビマンたちの姿を描いた感動のスポーツ小説です。
箱根駅伝を走るまでの主役たちの様子を描いた上巻と、本選が始まってからを描いた下巻とで全部で七百頁を越える作品ではありましたが一気に読み終えてしまいました。
本書で描かれている駅伝チームは、箱根駅伝予選敗退組による「関東学生連合チーム」という混成チームであり、オープン参加としてチームも個人としても記録は残りません。
そのため、本選出場のチームに比べ彼らが使用するタスキは重さが違うため出場選手たちのモチベーションが違い、上位進出などできる筈がない、と考えられています。
本書中でも、他大学の監督からの批判的な意見が出る中での甲斐新監督の采配などが見どころの一つになっています。
さらには中継チームでも、「関東学生連合チーム」はオープン参加のチームであるがゆえに取材も十分に為されないために、中継に十分な資料が無いなどのトラブルのもとになるのです。
具体的には、本書『俺たちの箱根駅伝』では、明誠学院大学陸上競技部の四年生である青葉隼斗を中心に、勇退した諸矢久繁同競技部前監督の指名で就任することになった甲斐真人新監督の姿や箱根駅伝を中継しようとする大日テレビのスタッフの姿が交互に描かれています。
青葉隼斗は、主将である自分のミスから箱根駅伝本選出場を逃したのであり、そういう自分が「関東学生連合チーム」の一員として本選に出場してもいいものか思い悩むことになります。
そうした隼斗の気持ちはありつつも、かつての仲間たちの批判や応援をどう受け止めていくか、作者の筆は冴え渡ります。
また、新監督として皆の信任を得るためにも「関東学生連合チーム」の監督として皆を納得させる結果を残す必要がある甲斐監督はいかなる手を打ってくるのか、先の展開が気になります。
こうした筆の運びは、あの『半沢直樹シリーズ』と同様であり、あちらは企業小説であってミステリー風味も備えた痛快小説としての楽しみがありましたが、本書もまた同様に読者の関心を惹きつけているのです。
本書が『半沢直樹シリーズ』と異なる点を挙げるとすれば、こちらはスポーツがメインの小説だという点はもちろんなのですが、それ以上に本書では箱根駅伝本選出場ということと同時に、それを中継するテレビチームの内情をも描き出してあるということでしょう。
この点は、箱根駅伝を描いたスポーツ小説としてまず思い出す三浦しをんの『風が強く吹いている』や堂場瞬一が描いた『チーム』という作品とも異なるところです。
『風が強く吹いている』という作品は走ることの素人たちが同じ下宿にいる仲間たちと駅伝を走ることを目指す作品で、私が三浦しをんに惹かれるようになった作品でもあります。
また、堂場瞬一の『チーム』は、本書と同じように本選出場がかなわなかった選手たちを集めて走る「学連選抜」の物語です。
両作品共にかなり読みごたえがある作品ですが、箱根駅伝を走る選手たち自身の物語でした。
本書ではそれに加えて、箱根駅伝を中継するテレビスタッフの奮闘の様子までも描き出してあります。
駅伝本選を走る選手たち自身の物語に加え、そのレースを客観的に見ている中継スタッフをもまた物語に取り込むことで、読者の箱根駅伝への関心は一段と広がりを持ってくるように思えます。
特に本書下巻になると箱根駅伝本選の模様が往路、復路ともに詳しく描写されていきます。
そこでは、毎年正月の二日、三日に私たちがテレビの前にくぎ付けとなるテレビ画面で知っているあの景色が再現されていくのです。
そこに実際に箱根路を走るランナーたちの心象が描かれ、それに加えて実況する側の裏側まで見せてくれるのです。
テレビの画面を思い出しながらの読み手の興奮は次第に盛り上がっていき、最終走者がゴールに飛び込むまでその興奮はおさまることはありません。
作者の池井戸潤にはこれまでも『陸王』や『ノーサイド・ゲーム』他のスポーツ小説と言える作品もありました。しかし、それらはあくまで企業スポーツの一環として描かれていたのです。
しかし本書はそうではなく、純粋に駅伝というスポーツそのものが描き出されていて読者をスポーツの現場へと連れて行ってくれるのです。
久しぶりにミステリーやアクションではなく、純粋に人間の身体のみを使用するスポーツ分野で興奮する作品を読みました。