『桜の血族』とは
本書『桜の血族』は、2023年8月に384頁のソフトカバーで双葉社から刊行された長編の警察小説です。
女性が主人公の警察小説、それもマル暴刑事の話で、読了後には全く異なった印象となるほどの面白さを持った作品でした。
『桜の血族』の簡単なあらすじ
警視庁組織犯罪対策部暴力団対策課の桜庭誓は父も夫もマル暴刑事。遺伝子レベルでヤクザを理解する特殊な刑事だった。結婚後は退職して専業主婦をしていたが、夫の賢治がヤクザに銃撃されてしまい、犯人逮捕のために現場復帰する。そんな中、日本最大の暴力団吉竹組の元組員宅で爆破事件が発生。ベトナムマフィアの仕業かと思いきや、事件は本家と関東に分裂した吉竹組の抗争が絡んでいた。誓は自分に思いを寄せる片腕の武闘派組長・向島春刀とともに、血塗れの抗争を防ぐ。(「BOOK」データベースより)
『桜の血族』の感想
本書『桜の血族』は、主人公となる刑事に加え、その相棒も女性刑事という珍しいコンビの警察小説です。
そのうえ、所属が警視庁組織犯罪対策暴力団対策課所属というのですからいわゆるマル暴刑事としての女性二人の行動が中心となる作品です。
主役は父親が桜庭功という伝説のマル暴刑事といわれた男で、自分もマル暴刑事だった仲野誓という女性です。
誓は専業主婦をしてましたが、夫の仲野賢治が銃撃されて車いす生活になったため、その敵討のために再びマル暴刑事として復帰することになります。
その際にコンビを組んだ相手がこれまた警視庁で初めて女性刑事になったという藪哲子(やぶあきこ)という女性でした。
当初、本書で語られるストーリーは端的に言えばお伽話だという印象でした。
この物語はマル暴と称される警察官の物語ではありますが、普通は男社会として描かれる暴力団と警察とのやり取りを女性のマル暴刑事を主役として設定することに特色を出しています。
その上で、女性とは言ってもヤクザを相手にするのですから、女性マル暴刑事は直情傾向の気の強い女性として描くことは必然でしょうし、それでこそ暴力団との対峙を明確に印象付けるのだと思われます。
例えば誓は、夫の賢治が銃撃されたときに向島一家を内偵していたため、向島一家総長の向島春刀のもとへ令状も無く単身乗り込むほどの女性として描かれています。
このように、そうした女性を組み込んだストーリーが、物語のリアリティという面からはどんどん遠ざかっているのであり、どうしても現実味を喪失し絵空事の物語になっているのです。
絵空事の物語であること自体は決して非難しているわけではありません。
それどころか、例えば大沢在昌の『魔女シリーズ』のように絵空事に徹すればそれなりに非常に面白い物語として成立すると思われるのです。
しかし、本書の場合、暴力団と刑事との対峙という現実世界にある状況を背景にしているために中途に現実味を帯びてしまっていると思われ、その点でお伽話的に感じてしまうのだと思います。
また、何よりも本書の主人公桜庭誓のキャラクターが今一つ定まっていないというところにその原因があると思っていました。女性マル暴として未だ女の部分を残していることが中途半端だと思っていたのです。
しかし、私のその印象は読了後に覆されました。作者の意図にそのまま乗っかってしまったのです。
本書を読み終えた今、感想は当初の思いとは全く違った結果となっています。
当初、お伽話だと思っていたこの物語は、陰惨な暴力を背景にした暴力団、ヤクザの物語になっていました。
今では、早く続編を読みたいと思っているのです。