『任侠シネマ』とは
本書『任侠シネマ』は『任侠シリーズ』の第五弾で、2020年5月に刊行され、2023年4月に中公文庫から376頁の文庫として出版された、長編のユーモア小説です。
古風なヤクザが経営再建に乗り出すこのシリーズは今野敏の多くの作品の中でも楽しみなシリーズの一つで、本書も面白く読み終えることができました。
『任侠シネマ』の簡単なあらすじ
「誠司、映画は好きか?」阿岐本組は、組長の器量と人望で生き残ってきた、昔ながらのヤクザ。そんな組長・阿岐本雄蔵の元に次々と持ちかけられる一風変わった相談に、代貸の日村誠司はいつも振り回されていた。今度は潰れかけている映画館を救え!?厳しい業界事情もさることながら、存続を願う「ファンの会」へ嫌がらせをしている輩の存在が浮上し…。大好評「任俠」シリーズ第五弾!(「BOOK」データベースより)
『任侠シネマ』の感想
まず最初に、本稿では本書『任侠シネマ』に対する不満点を強調して書いていますが、それは本書が面白い小説であることを否定するものではありません。面白い作品であることは間違いないのです。
ということで、今回も例によって阿岐本組組長阿岐本雄三の兄弟分である永神がある映画館の経営立て直しの話を持ってきたところから始まります。
『出版』『学校』『病院』『浴場』と続いてきたこのシリーズの今回の仕事の分野は『映画』です。
映画好きの私としては期待のテーマです。でも、このシリーズ当初から比べると魅力が薄れてきた印象があります。
というのも、シリーズ第三作の『任侠病院』までは建て直し対象の仕事自体に問題を見出し、ヤクザの筋目を通すことで業務を正常に戻すという流れがはっきりとしていました。
しかし、前作の『任侠浴場』はそうではなく、再建すべき対象が家族の問題などであり、なにも再建対象が「浴場」でなくても成立する物語であるように感じたのです。
その点は一歩譲るとしても、阿岐本組長自身が乗り出す場面が多いのはいいのですが、少々都合がよすぎます。組長の言葉のとおりに物語が進みすぎであり、違和感を感じてしまいました。
それと同様のことが、前作ほどではないのですが本書でも言えます。
本書『任侠シネマ』で書かれていることは映画館でなくても言えることが多いと思われます。
確かに、本書では「千住シネマ・ファンの会」という映画ファンクラブが登場したり、阿岐本組代貸の日村誠司や近所に住む高校生の坂本香苗らが健さんの任侠映画などにはまる姿などが描かれてはいます。
しかし、それは物語の本筋ではなく、経営再建すべき今回の問題点は何も映画館でなくても起きうる事態だったのです。
以上の個人的文句に対し、本シリーズが面白くなりそうな点もあります。
今回は新しく北綾瀬署のマル暴刑事の甘糟達男の上司として仙川修造という係長が登場します。ヤクザは存在自体が悪であり、ヤクザを根絶するためならば何でもするという男です。
若干、現実の警察を皮肉っている側面も見えるこの男の存在は、かなりデフォルメされているとはいえ本書のようなユーモア小説ではなかなかに面白そうな人物でした。
本シリーズのスピンオフ作品である『マル暴シリーズ』の第三巻が待たれると同時に、そのシリーズの『マル暴総監』で登場するユニークな警視総監がこのシリーズにもゲスト出演すれば面白いのにと思ってしまいました。
また、さすがに本書では高倉健の「昭和残侠伝・血染めの唐獅子」や「日本侠客伝」などを見た日村の姿があり、また「ニュー・シネマ・パラダイス」を語る阿岐本組長の姿があります。
そうした姿は映画好きならではのものであり、家庭でのDVDもいいですが、映画館で映画を見ることの面白さ、総合芸術と言われる映画の魅力が存分に語ってあります。
残念ながら映画館で映画を見る機会が少なくなってしまった私ですが、やはり大画面と迫力のある音量での映画を見たいと思わせられる記述でした。。
映画をテーマにした小説作品といえば、原田マハに『キネマの神様』という作品があります。映画に対する愛情があふれている、ファンタジックな長編小説です。
また、金城一紀の『映画篇』という作品は、誰もが知る映画をモチーフに、人と人との出会い、友情、愛を心豊かに描く短編集でした。
共に映画の楽しさ、面白さ、映画の魅力について存分に語ってある作品で、小説としても読むべき本の一冊だと思っています。
本書『任侠シネマ』でも、同様に映画の魅力を語る阿岐本組長や、その魅力にはまった日村や坂本香苗の姿を通して映画のすばらしさを語りかけているのです。
話を元に戻すと、本書『任侠シネマ』で描かれている出来事は「映画館」でなくても良さそうだと思え、更に阿岐本組長の言葉のとおりに展開しすぎないか、という点で前巻の『任侠浴場』と似た印象を持ったのです。
今野敏という作家が多作であり、忙しいのは分かりますが、作品全体として何となく荒っぽい構成になってきている感じがあるこの頃です。
できればもう少し丁寧な推敲、構成を願いたいところだと、素人ながらにファンとして思ってしまいました。