『マインド』とは
本書『マインド』は『警部補・碓氷弘一シリーズ』の第六弾で、2015年5月に中央公論新社からハードカバーで刊行され、2018年5月に中公文庫から448頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。
警視庁捜査一課に属する碓氷弘一警部補を主人公とする長編警察小説で、シリーズの初期と異なってきている印象がする作品です。
『マインド』の簡単なあらすじ
ゴールデンウィーク明けの朝、出勤した警視庁捜査一課・碓氷警部補の元に、都内で起こった二件の自殺と二件の殺人の報が入る。一見関連性がないように見える各事件だが、発生時刻はすべて同じ日の午後十一時だという。さらにその後、同日同時刻に別で三件の事件が起きていたことが判明。第五係と、再度捜査協力に訪れた心理調査官・藤森は、意外な共通点に気づくが。(「BOOK」データベースより)
同日の同一時刻に二件ずつの殺人事件と自殺とが起きた。
一見関連のなさそうなこれらの事件に、警視庁の田端捜査一課長も「偶然という言葉を嫌う」警察官の一人として疑念を抱き、碓氷弘一警部補の属する捜査第五係が捜査を開始することになった。
捜査の途中、今度は警察庁の心理捜査官である藤森紗英も関心を持っていて碓氷警部補らの捜査にくわわることになる。
同じように同時刻に強姦未遂が二件、盗撮事件が一件起きている事案があるというのだった。
『マインド』の感想
本書『マインド』は、警視庁捜査一課に属する碓氷弘一警部補を主人公とする長編警察小説ですが、シリーズの初期と異なってきている印象がする作品です。
本書では藤森紗英の分析が話の中心になってくるのですが、だからなのか、今野敏の小説では普通とはいえ、本書では特に会話文が多くなっています。
警察小説には、例えば大沢在昌の『新宿鮫』という物語が、新宿署の鮫島警部という独特なキャラクターを中心に、ハードボイルドタッチで動的に物語が展開するように、一人のヒーロー中心にした物語があります。
暴力を手段とすることをためらうことなく職務を遂行し事件を解決する、警察小説のひとつの形としてあるように思えます。
また、本書の作者である今野敏の『安積班シリーズ』のように、中心となる主人公個人を描くというよりも、チームとしての捜査員の動きを描くタイプもあります。
このシリーズは東京湾臨海署の刑事課強行犯係安積班の活躍を描く小説で、班長の安積警部補を中心に個性豊かなメンバーそれぞれの活動を描き出す人気シリーズで、チームとしての捜査が描かれています。
本書『マインド』はこうしたタイプとは異なり、まるで一場面ものの舞台上での役者たちの演技のようでもあります。
つまりは場面の転換にあまり意識がいかず、藤森紗英との会話により物語が展開していく、極端に言えば舞台上での会話劇のような静的な印象なのです。
というのも、心理捜査官である藤森紗英は、プロファイリングにより当該犯罪を分析し、犯人像を推論することで、捜査官らを手助けする立場にあるのですから、会話文が多くなるのももっともといえばもっともなのかもしれません。
ここでプロファイリングといえば、富樫倫太郎の『生活安全課0係シリーズ』の空気の読めないキャリアを主人公小早川冬彦が思い出されます。
この物語はコミカルな長編の警察小説で、ずば抜けた頭脳を持つキャリアの小早川冬彦が、出向先の科捜研から、杉並中央署生活安全課に突如誕生した「何でも相談室」に赴任することとなり、空気が読めない男冬彦が杉並中央署をかき乱しながらも、その頭脳が冴えを見せる物語です。
本書『マインド』の藤森紗枝は、冬彦のような能天気な男ととは異なります。捜査員が集めてきた種々の事実から犯人像を導き出す過程にコミカルな要素はありません。そして、あるクリニックへとたどり着くのです。
言うまでもないことですが、会話文が主体だからと言って面白くないというのではなく、本書の特徴として静的な印象があるというだけで、今野敏の物語の面白さは十分に持っている小説です。
ちなみに、警察庁の心理捜査官の藤森紗英は、本シリーズ四冊目の『エチュード』でも登場しており、その時も碓井警部補と組んでいるキャラクターです。