本書『恋する組長』は、名前が示されない探偵を主人公とする全六話からなる連作短編小説です。
コメディタッチの小説ではなく、軽いハードボイルド小説と言うべき作品でしょう。
“おれ”は、東西の指定広域暴力団と地場の組織が鎬を削る街に事務所を開く私立探偵。やくざと警察の間で綱渡りしつつ、泡銭を掠め取る日々だ。泣く子も黙る組長からは愛犬探しを、強面の悪徳刑事からは妻の浮気調査を押しつけられて…。しょぼい仕事かと思えば、その先には、思いがけない事件が待ち受けていた!ユーモラスで洒脱な、ネオ探偵小説の快作。(「BOOK」データベースより)
名前が示されない探偵といえば、プロンジーニの『名無しの探偵』や、ダシール・ハメットの『コンチネンタル・オプ』、日本では三好徹の『天使シリーズ』の「私」などが思い出されます。
少々おっちょこちょいで能天気さを持つという点では東直己の『ススキノ探偵シリーズ』に似ているのですが、内容はかなり違います。何しろ本書の探偵は暴力団に敵対するのではなく、主だった顧客が暴力団なのです。
本書『恋する組長』について最初イメージしていたのは今野敏の『任侠シリーズ』だったのですが、そうでは無く、軽いタッチのハードボイルド小説でした。
ただ、笹本稜平という作家の力量からすると少々中途半端に感じられます。
『恋する組長』の登場人物は、主人公”おれ“の事務所の電話番である尻軽女の由子とS署一係の門倉権蔵刑事(通称ゴリラ)、そして山藤組や橋爪組といった地場であるS市の独立系の暴力団暴力団関係者と限定していて、こじんまりとまとまってしまっています。
登場人物だけでなく、主人公の”おれ”も暴力団の親分の言葉には逆わない使い走り的な立ち位置なのですが、それなりに存在感を出していこうとする雰囲気もあり、何となくキャラがはっきりとしません。
もう少し、コメディなのかハードボイルドなのかのメリハリをつけてもらいたいと、読んでいる途中から思ってしまいました。
笹本稜平という作家のスケールの大きさからすると、この『恋する組長』という物語ももっと面白くなる筈だと、ファンならではの勝手な言い分ではありますが、思ってしまったのです。
その面白くなるはずの続編は、今現在(2018年12月)の時点では書かれていないようです。