『署長シンドローム』とは
本書『署長シンドローム』は、2023年3月に335頁のハードカバーで刊行された長編の警察小説です。
大森署が舞台ですが『隠蔽捜査シリーズ』には属してはいなさそうで、多分ですが新しいキャラクターのもと始まる新シリーズになりそうな楽しく読めた一冊でした。
『署長シンドローム』の簡単なあらすじ
大森署を長年にわたり支えてきた竜崎伸也が去った。新署長として颯爽とやってきたのは、またもキャリアの藍本小百合。そんな大森署にある日、羽田沖の海上で武器と麻薬の密輸取引が行われるとの報が!テロの可能性も否定できない、事件が事件を呼ぶ国際的な難事件に、隣の所轄や警視庁、さらには厚労省に海上保安庁までもが乗り出してきて、署内はパニック寸前!?藍本は持ち前のユーモアと判断力、そしてとびきりの笑顔で懐柔していくが…。戸高や貝沼ら、お馴染みの面々だけでなく、特殊な能力を持つ新米刑事・山田太郎も初お目見え。さらにはあの人物まで…!?(「BOOK」データベースより)
『署長シンドローム』の感想
本書『署長シンドローム』は、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也のあとに大森署に赴任してきたキャリアである美人署長の藍本小百合を主人公とする長編小説です。
大森署を舞台にした作品なので『隠蔽捜査シリーズ』に属する、もしくはスピンオフ的な作品と思っていましたが、どうも違うようです。
確かに、ほんの少しだけ今では神奈川県警刑事部長になっている竜崎伸也も登場しますが、それは単なる顔見世であり、中身は全く独立した物語でした。
とは言っても舞台は大森署であり、登場人物も大森署副署長の貝沼悦郎や警務課課長の斎藤治、関本良治地域課課長、久米政男地域課課長、笹岡初男生活安全課課長らの『隠蔽捜査シリーズ』の面々がそのまま登場します。
ただ、署長として赴任してきたキャリアの藍本小百合警視正と、大森署刑事組織犯罪対策課に新任の山田太郎巡査長とが新しく登場しています。
この二人が曲者で、まず藍本小百合は誰もが振り向くほどの美人でありながら超がつくほどの天然として場を和ませる力を持っているという、前任の竜崎伸也にも負けないほどの特徴を有しています。
彼女が着任してから、例えば第二方面本部長の弓削篤郎警視正や、野間崎正信管理官などは視察と称してやたらと大森署にやって来るようになっています。
とにかく、藍本署長の美貌はモラルやコンプライアンスを超越しており、反抗的な部下も署長に会ったとたん反抗する気を無くしてしまうし、署長に会った者たちは必ずもう一度会いたがるのでした。
そして山田太郎巡査長は、一度見た場面を映像として規則するという特技を有していますが人物像はそれほど詳しくは紹介してありません。でも、本書ではかなりの活躍を見せます。
本書『署長シンドローム』は、大森署副署長の貝沼悦郎の目線で話は進みます。
ある日、組織犯罪対策部長の安西正警視長までもが藍本署長に会いに来ることになりました。
話を聞いてみると、羽田沖の海上で武器や麻薬の取引が行われるらしく、大森署に二百人規模の捜査本部を設けたいというのです。
大森署管轄内で大きな麻薬取引が行われ、さらには武器取引もあるらしくテロの疑いさえあるという情報がもたらされたのです。
ここで、麻薬が絡んだ事件ということで、厚生省麻薬取締部の麻薬取締官の黒沢隆義なる人物も登場してきます。
この人物が問題児であり、「地方警察ごときが、厚労省を相手に偉そうなことを言うんじゃないよ。」と言い切る人物です。
この黒沢に対抗するように嫌な奴として馬淵浩一薬物銃器対策課長が配置され、副署長の貝沼はこうした登場人物たちの勝手な振る舞いに悩まされることになるのです。
『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也は合理性を重んじ、警察官として市民生活を守ることに最も適した方途を選択することを第一義としていました。
本書の主人公である藍本小百合大森署署長は、物事の考え方がシンプルであることを第一義としているようで、物事の本質だけをみて考えて行動するため、結果として元署長の竜崎伸也の言動と似た言動をとることになるようです。
実際、語り手である貝沼副署長に、藍本小百合署長の言葉を聞いたような言葉だと言わせ、結果的に竜崎の行いと同様の行動をとることになっているのです。
そのうえで、「ひょっとしたら、大森署はとてつもなく強力な武器を手に入れたのではないだろうか。」などと言うまでに至ります。
本書の魅力と言えば、他の今野敏作品と同様に何よりもキャラクターの造形のうまさをあげることができます。
本書の藍本小百合という新署長も、誰もが何かにかこつけて藍本小百合の顔を見に訪れるほどに美人だというだけでなく、その能力も素晴らしいものを持っているというその存在自体が魅力的な人物です。
特別に何かをするということではないのですが、何も特別なことをするではなく普通のことを普通に行っているだけなのに結果がついてくる、そういう存在です。
そして、山田太郎という奇跡的な記憶力の持ち主も登場しているのです。
前述したように、たぶん新シリーズの幕開けと考えていいのではないでしょうか。
今野敏という作家のファンとしては見逃すことのできないシリーズとなりそうです。