今野 敏

任侠シリーズ

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任侠浴場』とは

 

本書『任侠浴場』は『任侠シリーズ』の第四弾で、2018年7月にハードカバーで刊行されて2021年2月に377頁で文庫化された、長編の痛快小説です。

本シリーズの今回の舞台は銭湯です。今野敏の人気シリーズであり面白い作品ではあったのですが、何となく今一つ乗り切れない印象もありました。

 

任侠浴場』の簡単なあらすじ

 

日村誠司が代貸を務める阿岐本組は、小さいながらも人情味溢れる昔ながらのヤクザ。人望の篤い親分・阿岐本雄蔵の元には一風変わった経営再建の相談が次々持ちかけられる。今度の舞台は古びた銭湯!?乗り気な組員たちの一方、不安でいっぱいの日村。こんな時代にどうやって…。そして阿岐本組は銭湯の勉強と福利厚生(?)を兼ねてなぜか道後温泉へー。大好評「任〓」シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

いつもの通り、赤坂に事務所を構える永神が、相談があると兄貴分の阿岐本雄蔵をたずねてやってくるところから始まります。

永神の来訪は阿岐本組代貸の日村にとって不安しかありません。この叔父貴の持ってくる話では苦労させられるからです。

案の定、今回は赤坂六丁目にある古い銭湯について相談に来た永神だったのですが、当事者に会い、詳しい話を聞いてみると、銭湯の持主はどうにか経営を続けたい、というものでした。

話は日村の心配する方向へと進み、とうとう問題の銭湯の立て直しに乗り出すことになるのです。

 

任侠浴場』の感想

 

まず、本書『任侠浴場』の表記ですが、Amazonの表記に合わせ、書籍記載の『任俠』ではなく『任侠』という文字を使用しています。

 

本書『任侠浴場』は、これまでの『任侠シリーズ』作品と比べての話ですが、今ひとつのめり込めませんでした。

勿論、本書もこの『任侠シリーズ』の痛快さ、小気味よさは味わうことはできます。ユーモアたっぷりに語る阿岐本組長の弁舌も達者であり、その点では私も思わず引き込まれてしまいました。

特に、「なくしちゃいけねえものを、ずいぶんとなくしちまったんじゃねえか」という阿岐本組組長阿岐本雄蔵の言葉に私も思わず首肯していました。

また、それが銭湯とどのような関係があるかと問いかける代貸の日村誠司に対して「自分でかんがえてみるんだな」と答える阿岐本の言葉は、そのまま読者への問いかけとして何故なのかを考えていたのです。

 

たしかに「失われた古き良き日本」という言葉は言い古された感はありますが、昭和を生きてきた年代にとって常に心の底にある問いかけでもあり、それを突きつけられれば考えないわけにはいきません。

蛇足ですが、そんな美しい日本を思う心が近年の時代劇人気の一つの理由ではないか、などと思っています。

特に『蝉しぐれ』などで代表される藤沢周平の作品がいつまでも人気があるのは、人情ものの語りのうまさと共に、どこか懐かしさの漂う日本の風景をうまく取り込んだ情景描写のうまさなどにもあると思っているのです。

 

 

同じことは第146回直木三十五賞を受賞した葉室麟の『蜩の記』などにも言えるのではないでしょうか。

その先には死が待つだけの自分の生をただ見つめる日々を送る侍の生きざまの美しさを静謐な文体で綴るこの作品は、思わず現代を生きる自分を見つめてしまう名作でした。

 

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一方、現代ものでは浅田次郎の描く世界にも似たものを感じます。

特に天切り松 闇がたりシリーズの文章は、語り手である松蔵の台詞が河竹黙阿弥の台詞回しに通じているらしく、日本語の美しさを肌で感じることができます。

 

 

さて本書『任侠浴場』ですが、そうした古き良き日本へ思いを馳せつつも、しかしながら、これまでの『任侠シリーズ』三作に比べると今ひとつわり切れません。

これまでの作品も、ユーモア小説の常として物語は阿岐本組長の思惑に沿って都合よく流れていたのですが、本作品はその印象が特に強く感じられます。

他の作品に比べ、阿岐本組長自らが乗り出す場面が多いのですが、いくらなんでも組長の意図に沿いすぎです。

 

例えば、組長が挙げる銭湯経営がうまくいかない原因の一つとして経営者の家族の問題がありますが、銭湯経営の手伝いをしようとしない経営者の息子、娘にたいする組長の対処法は安易です。今の子がそう簡単にはなびくとは思えません。

特に、より直接的な銭湯経営の改善策として挙げる、心をこめた掃除、他の対処法は、これまでの出版社や病院の経営立て直しの場面に比して簡単に思えます。

本書『任侠浴場』はユーモア小説であり、経営指南書でもなんでもない以上、綿密な再建方法を示す必要が無いのは分かりますが、本書の場合、少々簡単に過ぎます。

もう少し再建策を具体的に示して欲しい、という思いが強く残りました。

 

とはいえ、本シリーズのスピンオフ作品である『マル暴シリーズ』の主人公であるマル暴刑事の甘糟が顔を見せ、漏らしてはいけない情報を示してくれたりと、遊び心もいつもの通りであり、気楽に面白く読むべき作品として期待にこたえてくれていると思います。

あいかわらず、続編が期待されるシリーズであることは間違いありません。

[投稿日]2018年08月25日  [最終更新日]2022年10月28日
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中央公論新社 任侠シリーズ 特設ページ
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