『脈動』とは
本書『脈動』は、『鬼龍光一シリーズ』の第六弾で、2023年6月に352頁のハードカバーでKADOKAWAから刊行された長編の伝奇+警察小説です。
単純に、今野敏の小説として楽しく読めた作品ですが、それ以上のものではなく、伝奇小説としても、警察小説としても標準的な作品でした。
『脈動』の簡単なあらすじ
警察官による暴力や淫らな行為ー警視庁内で非違行為が相次ぐ。常時ではあり得ない不祥事の原因とは?事態の悪化をおそれた警視庁生活安全部少年事件課の巡査部長・富野輝彦は旧知のお祓い師・鬼龍光一を呼び出す。その結果、警視庁を守る結界が破られており、このままでは警察組織は崩壊するという。一方、富野は小松川署で傷害事件を起こした少年の送検に立ち会い、半グレ集団による少女売春の情報を掴む。一見無関係なふたつの出来事は、やがて奇妙に絡み合う…。(「BOOK」データベースより)
『脈動』の感想
本書『脈動』は、単なる警察小説ではなく、伝奇小説と融合したミステリーシリーズである『鬼龍光一シリーズ』の第六弾となる作品です。
さすがに今野敏の作品らしく読みやすく、伝奇小説+警察小説としてそれなりの面白さはあるのですが、しかしながら伝奇小説としても警察小説としても中途に感じ、本書であればこそという面白さまでは感じませんでした。
ここで「伝奇小説」とは、本来は「中国の唐-宋時代に書かれた短編小説のこと( ウィキペディア-伝奇小説:参照 )」をいうらしいのですが、現在の日本では、「奇異なる伝承(の物語)」のなかでも「伝承・史実の幻想的再解釈」を成立条件とする作品を指しているそうです( ウィキペディア-伝奇ロマン:参照 )。
私にとっての「伝奇小説」は、この現在の日本的な意味での「伝奇小説」であって、半村良の『石の血脈』や『産霊山秘録』から始まり、その後に夢枕獏や菊地秀行のいわゆる伝奇バイオレンス作品と呼ばれる作品群を読んだものです。
話を元に戻すと、本『鬼龍光一シリーズ』は、そうした伝奇小説の中でもさらに警察小説との融合作品という側面が強いシリーズになっています。
本書『脈動』では警視庁内での「非違行為」つまり警察官の不祥事が多発するという事態に陥りますが、その原因が、警視庁に設けられていた結界が破られたことにあるというのです。
つまりは、警察は「本来は霊的には恐ろしく不浄な場所の筈です」が、霊障、即ち霊によって起こる障害が起きないように「結界」を張ってその中を浄化していたのが破られ、不祥事が多発しているというのです。
そこで、警視庁生活安全部少年事件課少年事件第三係所属の巡査部長である富野輝彦とその部下の有沢英行が、鬼道衆の鬼龍光一や奥州勢の安部孝景といったお祓い師たち、それに元妙道の池垣亜紀などの力を借りてその原因を探り、事態の解決を図るのでした。
ここで登場してきた鬼龍光一や安部孝景、それに池垣亜紀などの重要人物たちについては簡単な紹介しかありませんし、彼らの呪法についての説明なども全くありません。
しかし、それも当然で、本書は『鬼龍光一シリーズ』の第六弾だったのであり、彼らはこのシリーズの中心人物だったのです。
というのも、『鬼龍光一シリーズ』の鬼龍光一という名前を見て、かつて読んだ『拳鬼伝シリーズ』(現在は改題され、『渋谷署強行犯係シリーズ』となっています)の琉球空手使いの整体師竜門の物語だと勝手に思い込んでおり、読まずにいたのでした。
ところが、いざ本書『脈動』を読んでみると全く異なる物語であり、『拳鬼伝シリーズ』の格闘小説というよりは伝奇小説であって、陰陽道などが絡む物語であり、さらには警察小説の要素も持った物語だったのです。
結局、冒頭に書いたように、単純に今野敏の小説として楽しく読めた作品で、それ以上のものではない、普通に面白く読めた作品でした。