法務官僚の神谷道雄が殺された。警察庁警備局の隼瀬順平は神谷が日米合同委員会に関わっていたこと、“キンモクセイ”という謎の言葉を残していた事実を探り当てる。神谷殺害事件の専任捜査を極秘に命じられる隼瀬。しかし警視庁は捜査本部を縮小、公安部も手を引くことが決定される。やがて協力者である後輩の岸本行雄の自殺体が発見されるが…。日米関係の闇に挑む本格的警察インテリジェンス小説。(「BOOK」データベースより)
今野敏による、長編のインテリジェンス小説です。
本書の惹句には「本格的警察インテリジェンス小説」とあります。しかし、このところ、 麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)などのリアルなインテリジェンス小説を何冊か読んでいたからか、本書の惹句に関しては違和感を感じるしかありませんでした。
確かに、描かれている事件は「日米合同委員会」という国益に関するものであって、通常の刑事警察の事案とは異なるものでした。
つまり、日米安全保障条約に基づく日米地位協定の運用について協議する実務者会議であり、日本の支配者構造の実態を示していると言われる「日米合同委員会」に絡んでくる問題であって、まさに公安の扱う事案だと思われるのです。
また、主人公やその活動内容も犯人逮捕に向けての刑事の活動を描いたものではなく、警察庁の警備局所属警察官を主人公とする、いわゆる公安所属の警察官の活動を描いたものでした。
しかし本書の構成は、まるで普通の警察小説であるかのようでした。
麻生幾らの描く公安警察の活動は、文字通り国益に直結する情報収集活動のための協力者育成の様子や、より直接に国外の諜報組織とのカウンターインテリジェンスの活動の様子であったりと、いわゆるスパイものがそのまま当てはまる物語です。
それに対し、本書において描かれている活動は、殺人事件に隠された謎を解き明かすものであって、普通の警察小説、つまりは刑事警察の活動とあまり変わらないものでした。ただ、活動の主体が公安の人間だということなのです。
すなわち、本書では諜報活動に関する事柄ではなく、被害者が残したとされる言葉「キンモクセイ」の隠された意味を探る、という通常の警察小説とあまり異ならない活動が描かれています。
そういう意味では、やはり本書は惹句にあるような「本格的警察インテリジェンス小説」というよりは、主人公は公安の人間であっても、公安が主人公ではあるけれども、通常の警察小説だと言った方がしっくりくる小説だと思います。
しかしながら、それは単に小説のジャンル分けのことを言っているだけであって、この小説の面白さとは関係がありません。
相変わらずに今野節が効いていて、会話主体で改行を多用した文章は非常に読みやすく、筋立ても面白い作品として仕上がっています。
また、他のいわゆるインテリジェンス小説に登場する「ZERO」の裏管理官も全国の公安をまとめる権力者としてではなく、通常の課長さんといったイメージで登場したりと独特の描き方がしてあり、それはまた新鮮に感じました。
さらには、日本の防諜組織に関する著者の意見も登場人物の口を借りてきちんと主張してあり、その主張も一読者としても納得できる内容です。
主人公が公安マンとして普通に生活していく中で、一人の先輩の言動から一歩を踏み出したがためにとんでもない事件へと巻き込まれていくその様子を日本という国を考えさせながらも面白いエンターテインメントとして仕上がっているのはさすがです。
小説の分類など二の次であって、面白い小説は面白いと感じるそのことが大切だと改めて考えた小説でもありました。