『キンモクセイ』とは
本書『キンモクセイ』は、2018年12月に刊行され、2021年12月文庫化の文庫本で408頁の長編のインテリジェンス小説です。
日本のインテリジェンス、つまりは諜報活動に関する現状や防諜活動に対する意見なども明記された読みやすく、面白い作品です。
『キンモクセイ』の簡単なあらすじ
法務官僚殺害の容疑者として、アメリカ人の殺し屋の可能性が浮上。警察庁警備局警備企画課のキャリア・隼瀬順平は、専任チームでの対処を上司から命じられるが…。「キンモクセイ」とは何か?誰が味方で敵なのか?警察インテリジェンス小説の傑作。(「BOOK」データベースより)
日米合同委員会に参画していた法務官僚の神谷道雄が殺された。
そこで警察庁の警備局に所属する公安マンである隼瀬順平にこの事件への対処を命じられる。
捜査の中で、被害者が「キンモクセイ」という言葉を残していたことを探り当てあてるが、警視庁は捜査本部を縮小し、公安部も撤退することが決まる。
そんな中、後輩が自殺するという事件がおきるのだった。
『キンモクセイ』の感想
本書『キンモクセイ』は、いかにも今野敏の作品らしく普通の公安小説とは異なるタッチのインテリジェンス小説です。
本書の惹句には「本格的警察インテリジェンス小説」とあります。
しかし、このところ、麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)などのリアルなインテリジェンス小説を何冊か読んでいたからか、本書の惹句に関しては違和感を感じるしかありませんでした。
確かに、描かれている事件は「日米合同委員会」という国益に関するものであって、通常の刑事警察の事案とは異なるものです。
「日米合同委員会」とは日米安全保障条約に基づく日米地位協定の運用について協議する実務者会議です( ウィキペディア : 参照 )。
まさに日本の支配者構造の実態を示していると言われる機関であり、まさに公安の扱う事案だと思われます。
従って、主人公やその活動内容も犯人逮捕に向けての刑事の活動を描いたものではなく、警察庁の警備局所属警察官を主人公とする、いわゆる公安所属の警察官の活動を描いたものです。
しかし本書の構成は、まるで普通の警察小説であるかのようでした。
麻生幾らの描く公安警察の活動は、文字通り国益に直結する情報収集活動のための協力者育成の様子や、より直接に国外の諜報組織とのカウンターインテリジェンスの活動の様子であったりと、いわゆるスパイものがそのまま当てはまる物語です。
それに対し、本書において描かれている活動は、殺人事件に隠された謎を解き明かすものであって、普通の警察小説、つまりは刑事警察の活動とあまり変わらないものでした。
ただ、活動の主体が公安の人間だということなのです。
すなわち、本書『キンモクセイ』では諜報活動に関する事柄ではなく、被害者が残したとされる言葉「キンモクセイ」の隠された意味を探る、という通常の警察小説とあまり異ならない活動が描かれているのです。
そういう意味では、やはり本書は惹句にあるような「本格的警察インテリジェンス小説」というよりは、主人公は公安の人間であっても、通常の警察小説だと言った方がしっくりくる小説だと思います。
しかしながら、それは単に小説のジャンル分けのことを言っているだけであって、この小説の面白さとは関係がありません。
相変わらずに今野節が効いていて、会話主体で改行を多用した文章は非常に読みやすく、筋立ても面白い作品として仕上がっています。
また、他のいわゆるインテリジェンス小説に登場する「ZERO」の裏管理官も、全国の公安をまとめる権力者としてではなく、通常の課長さんといったイメージで登場したりと独特の描き方がしてあり、それはまた新鮮に感じました。
さらには、日本の防諜組織に関する著者の意見も登場人物の口を借りてきちんと主張してあり、その主張も一読者としても納得できる内容です。
主人公が公安マンとして普通に生活していく中で、一人の先輩の言動から一歩を踏み出したがためにとんでもない事件へと巻き込まれていくことになります。
本書『キンモクセイ』は、その様子を日本という国を考えさせながらも面白いエンターテインメントとして仕上げられており、さすが今野敏の作品だと感じる作品でした。
また小説の分類など二の次であって、面白い小説は面白いと感じるそのことが大切だと改めて考えた小説でもありました。