『五郎治殿御始末』とは
本書『五郎治殿御始末』は、2003年1月に中央公論新社から刊行され、2009年4月に新潮文庫から
2021年04月には新装版として中公文庫から301頁の文庫として出版された短編時代小説集です。
『五郎治殿御始末』の簡単なあらすじ
明治維新期。「武士」という職業がなくなり行き場を失った岩井五郎治は、遺された孫のために命も誇りも投げ出す覚悟を決める。訪れた最期の時、新しい時代を生きる孫に、五郎治が託した遺品とは。表題作ほか全六篇の人生、そして時代に始末をつけた侍たちの物語。書き下ろしエッセイ、著者と中村吉右衛門丈の対談を特別収録。(「BOOK」データベースより)
『五郎治殿御始末』について
本書『五郎治殿御始末』は、明治維新という社会の変革についてゆけない侍の悲哀を描いた短編時代小説集です。
どの物語も侍の矜持を捨てることを潔しとせず、それでいて明治という新しい世になんとかなじもうとする侍の哀しさが漂う物語として出来上がっています。
「箱舘証文」では「旧なるもの」の取り壊し、「西を向く侍」では太陽暦採用、「遠い砲音」もまた太陰暦から太陽暦に改められるに伴う「不定時法」から「定時法」への変更、「柘榴坂の仇討」では仇討禁止令、「五郎治殿御始末」は廃藩置県と、それぞれの出来事に伴って自らの居場所を失う侍たちのさまざまな悲哀が語られているのです。
この作家の『黒書院の六兵衛』などでもそうでしたが、単純に、時代に流されることについて思い惑うことのない大半の武士たちではなく、「侍」という生き方しかできない、ある意味不器用な人間の、さまざまな自己の貫き方を描いてあります。
侍としての生き方を貫くことと、新時代にあった生き方を選ぶこととの狭間で巻き起こる悲喜劇ですが、そこで繰り広げられる人間模様を謳いあげる浅田次郎という作家の素晴らしさを堪能できる作品集です。
なかでも「柘榴坂の仇討」は中井貴一と阿部寛を主役に2014年に映画化されました。二人とも好きな役者さんなので早速見ましたが、それなりに期待に添える映画でした。
「西を向く侍」では、成瀬勘十郎という和算と暦法を学んだ人物が主人公となっていますが、この和算と暦法を主題にした小説を先日読んだばかりでした。
それは本屋大賞も受賞した冲方丁が書いた『天地明察』という作品です。改暦という大事業の意味を詳しく描写しつつ、上質のエンターテインメント小説として仕上がった作品でした。
物語の流れのなかでの一時期としての明治維新を描いた作品はあっても、本書のように、明治維新期における侍の苦悩する姿を正面から書いた作品はそんなには知りません。
少ないなかで挙げると、津本陽が明治時代の剣術家の悲哀を丁寧に描写した短編集である『明治撃剣会』があります。
また、杉本章子の『東京新大橋雨中図』は、最後の浮世絵師と呼ばれた小林清親を描いた、明治維新期の世相を一般庶民の生活に根差した眼線で描写している作品です。