『イノセンス』とは
本書『イノセンス』は、2025年8月に幻冬舎から480頁のハードカバーで刊行された、長編の青春音楽小説です。
主役二人それぞれの視点で書かれた誉田哲也らしいタッチの、素人にはかなり専門的と思える、しかし面白い音楽小説です。
『イノセンス』の簡単なあらすじ
失踪した孤高の天才ギタリスト×彼に憧れるスランプ中のシンガーソングライター。二人が出会った時、新たな音楽が生まれる。音楽活動に行き詰まった立石梨紅は、数年前に業界から消えた人気ロックバンドのギタリスト・伊丹孔善の楽曲と出会う。彼にアドバイスをもらおうとするも、消息は不明。自身の手で捜そうと決意するが…。天才ギタリストは、一体どこに消えたのかー。夢から逃げた男と、夢を追いかける女。すべての大人たちに贈る青春小説。(「BOOK」データベースより)
『イノセンス』の感想
本書『イノセンス』は、かなり音楽関連の専門的なフレーズがちりばめられた、しかし素人にも分かりやすく描かれた長編の青春音楽小説です。
誉田哲也らしい複数の一人称視点で語られる作品であって、中心人物二人の心象がわかりやすく描写された作品でした。
主役は、役者やモデルとしても活動しているものの、本人は音楽を一番やりたいと思っている立石梨紅というシンガーソングライターです。
そして、本名を高林春樹という伊丹孔善というギタリストが本書のもう一人の主役級の登場人物です。
その立石梨紅が自身の音楽に違和感を感じていた時に出会ったのが伊丹孔善というギタリストの音だったのです。
そこで、梨紅は直接会って話を聞くために伊丹孔善を探し始めるのでした。
まさに誉田哲也の青春小説ではあるのですが、少しだけではありますが、冗長さを感じてしまいました。それは、主人公の立石梨紅のパートが少々長く、物語の進行が遅く感じたところです。
でも、この女性は誉田哲也の描く女性像としては王道ではあります。
何か自分のやりたいことに対しては、まっしぐらに突き進む強い女性。それでいて、人としての基本的なところで思い悩むこともある繊細な神経も持ち合わせている女性です。
自分の書いた音楽に違和感を感じ、その原因を突き止めるために、ネットで見つけた自分の琴線に触れたギター演奏をするギタリストに会うために一途に突き進みます。
もう一方の視点の人物である伊丹孔善は、自分の音楽に完全性を求めるあまり隘路に入ってしまい、結局は音楽から、そして周りの人間からも逃亡し、音楽を自分の周りから遮断してしまうほどの人物です。
そうした人物を探し出し、はねつけられてもしつこく付きまとう梨紅。でありながら、誉田哲也が描く二人の関係関係は実にカラッとしています。
二人を取り巻く人たち、とくに伊丹孔善が隠れ住んだ土地の人たちが魅力的です。
伊丹孔善が借りた家の大家の篠雅之やラーメン屋のような近所のバーRATTのオーナー石丸浩司などがいます。
そして、ルキさんと呼ばれていた伊丹孔善の相棒の柴犬のコンちゃんの存在が、孤高に見える伊丹孔善の存在にクッションを与え、人間性を取り戻しているようです。
最も面白いと感じたのは、音楽の専門的なことを具体的な事例を挙げて、素人にもわかるように説明してあるところです。
特にサザンオールスターズの楽曲の「愛しのエリー」を取り上げ、同曲のレイチャールズのカバー版である「Ellie My Love」との聞き比べの場面は実に面白く感じました。
ただ、問題は、私自身が両曲の差を聞き取ることができなかったところです。結局は聞き手が能力を持っていなければどうにもならないことを教えられました。
いずれにせよ、久しぶりに読んだ誉田哲也の青春小説でしたが、やはりとても面白く読み終えることができた作品でした。
ちなみに、音楽小説と言えば恩田陸の『蜜蜂と遠雷』を挙げないわけにはいかないと思います。
この作品は、実際に存在する「浜松国際ピアノコンクール」をモデルとするピアノコンテストでの、おもに四人の出場者を描いた青春群像小説で、第156回直木三十五賞および2017年本屋大賞を受賞した作品です。