『見知らぬ妻へ』とは
本書『見知らぬ妻へ』は、1998年5月に光文社から刊行され、2001年4月に光文社文庫から286頁の文庫として出版された短編小説集です。
やはり浅田次郎の作品は短編もいいと思わせられる、どこか懐かしさを感じる八つの物語からなる作品集でした。
『見知らぬ妻へ』の簡単なあらすじ
新宿・歌舞伎町で客引きとして生きる花田章は、日本に滞在させるため偽装結婚した中国人女性をふとしたことから愛し始めていた。しかしー。(表題作) 才能がありながらもクラシック音楽の世界を捨て、今ではクラブのピアノ弾きとして生きる元チェリストの男の孤独を描いた「スターダスト・レビュー」など、やさしくもせつない8つの涙の物語。(「BOOK」データベースより)
『見知らぬ妻へ』の感想
本書『見知らぬ妻へ』は、浅田次郎らしい短編が収められた、郷愁と、感傷と、哀愁にあふれた八つの話からなる作品集です。
「踊子」、「かくれんぼ」、「うたかた」、「ファイナル・ラック」の四つの話は、過去を振り返り思い出を語る物語です。
顔も思い出せないひと夏の恋、幼いころの罪の意識と共に思い出すある記憶、とある団地で亡くなった老女の回想、競馬で負け迷い込んだ友人との過去と続きます。
これらの記憶は、「うたかた」を除き、苦い痛みと共に思い出す郷愁と共に思い出される出来事についての語りです。
「スターダスト・レヴュー」「金の鎖」「見知らぬ妻へ」の三作は、かつてはチェリストだった場末のクラブのピアニスト、親友のために身を引いた女、言葉も通じない偽装結婚の相手の中国人女性と愛した男たちそれぞれの、哀愁に満ちた人生が語られます。
特に「見知らぬ妻へ」は、この作者の『鉄道員(ぽっぽや)』という作品集に収められている「ラブレター」という作品にも通じる物語であり、心に染み入る話でした。
残された「ファイナル・ラック」は、友人の死に打ちひしがれる男の、ファンタジックな物語です。
浅田次郎の『夕映え天使』も本書と同様に「昭和」という時代に対する感傷にも似た憧憬をテーマにした物語でした。
そこでは、解説の鵜飼哲夫氏が「感覚的に捉えたものが思想であるとする小説作法に似ている」と書かれていましたが、私にはその意味がよくわかりませんでした。
でも、本書での解説の橋爪大三郎氏は、本書について「時代や場所を区切られ、それぞれの事情に置かれた男女が、大切な他者につながろうとしてつながり切れない、孤独のなかにもがいている。」と表現されています。
そして、本書は「どの作品も、恋愛小説の体裁をとっているが、その実質はむしろ、孤独小説とも言うべきものではないか。」と書かれています。
こちらの意見のほうは素直に理解することができました。
鵜飼哲夫氏と橋爪大三郎氏とでは解説の対象作品が異なるのですから比べること自体がおかしいのですが、鵜飼哲夫氏の「感覚的に捉えたものが思想である」という言葉は何を意味するのかよく理解できませんでした。
それに対し、本書についての橋爪大三郎氏の「孤独小説」という言葉は、本書の物語の本質をつくものとして素直に腑に落ちたのです。
本書のそれぞれの主役たちは、多くは恋愛という形で他者と繋がろうとしながらその思いが果たせずに終わった物語だったのです。
ともあれ、本書は感傷にすぎると言われようと私の琴線に触れる物語集であり、やはり心に沁みる作品集でした。