『Nの逸脱』とは
本書『Nの逸脱』は、2025年1月にポプラ社から278頁のハードカバーで刊行された、第173回直木賞候補作となった長編小説です。
文章は明快であり、爽快感さえ感じてしまうほどなのに、内容は暗く、ダークな雰囲気を醸し出している不思議な印象の作品でした。
『Nの逸脱』の簡単なあらすじ
何気なく開けてしまった隣人の扉、「フツウ」の奥に隠されていたものはー。爬虫類のペットショップでアルバイトをする金本篤は、売れ残ったフトアゴヒゲトカゲが処分されそうになるのを見て、店長に譲ってくれと頼む。だが、提示された金額はあまりに高額で、「ある男」を強請って金を得ようと一計を案じるのだが…。自ら仕掛けた罠が思いがけぬ結末を呼び込む「場違いな客」など、町の「隣人」たちが繰りひろげる3つの物語。(「BOOK」データベースより)
『Nの逸脱』の感想
本書『Nの逸脱』は、三篇の短編若しくは中編の作品が収められている、第173回直木賞の候補作となった作品集です。
決して明るくはないのに妙な魅力のある文章に惹きこまれて読み進めると、思いもかけない展開に感動すら覚えるという奇妙な経験に驚いてしまった作品集でした。
思いもかけない展開と言うのは、ストーリー展開上の意外性ということでもありますが、本書のそれぞれの話の独創的な成り立ちに対する意味も含みます。
三篇ともに常緑町の一角で起きた、日常から逸脱していく人間を描いた作品で、どの作品もホラーとまでは言わないもののダークな雰囲気を纏っています。
第一話の「場違いな客」は、爬虫類のペットショップのアルバイト店員である金本篤の思いもかけない行動に関する物語です。
この店に訪れた客と金本とのやり取りの意外性は私の想像の範疇をはるかに超えるものでした。と同時に、最終的にはもう一つの予想外の展開も待っていたのです。
この物語では、主な登場人物は三人しかいませんが、その誰もが個性的であり、個人的な好みは別として、短編小説の物語の登場人物として強烈な存在感がありました。。
また、爬虫類のペットショップという私にとっての異世界を垣間見せてくれる作品でもあり、その観点からも面白い作品でした。
第二話の「スタンドプレイ」は、学校で生徒から陰湿な差別や侮辱を受けた西智子という教員のとある行動が描かれています。
四十頁強しかない短い作品でホラーチックな進行でしたが、そうではなく、人間が根源的に持っているであろう否定的な側面の表出が描かれます。
ここでも、主人公の行動は予想の上をいくものであり、さらには結末もまた予想を超えたものでした。
第三話の「占い師B」は、弟子入り志願者を受け入れてしまった坂東イリスという占い師の物語です。
まるでシャーロックホームズを思わせるこの主人公坂東イリスの言動がまず読者の関心をひきつけます。
ところがその主人公のもとにあらわれる秋津という女性がまたユニークなのです。この二人の織り成すエピソードは強烈でした。
坂東イリスという占い師と天才的な直観を持つ弟子入り志願者の秋津という女性との掛け合いが見どころの一つでもありますが、物語自体はユーモラスな雰囲気さえ漂っていて読者を飽きさせません。
本書は、キャラクター造形のうまさという点ではどの話も存在感がありました。
ただ、第二話の「スタンドプレイ」の教師も個性的でしたが、最後の話の主役である坂東イリスという占い師の個性が一番強烈だったように思えます。
「霊視」を飯の種としている人物の種明かしをしているようで、実はかなり高等な人物観察をしており、さらにはホームズのような推理力を見せています。
読み終えてから、本書の三篇の物語で感じた「意外性」という点を改めて振り返ってみると、それはよくできた短編推理小説でのどんでん返しと似たものだ、というものです。
つまりは、自分の予想の裏を書かれた驚きと感動と同様であり、ただ、意外性の幅が物語のテーマにまでかかわる幅広いものであったということなのでしょう。
いずれにせよ、この年の直木賞は該当作がないというものでしたが、本書が受賞しても何らおかしくないものだったという印象ではありました。
それだけ、私の感覚にはまった作品だったのでしょう。この作家のほかの作品も読んでみたいと思わせるものでした。
