『白鷺立つ』とは
本書『白鷺立つ』は、第174回直木三十五賞の候補作となった2025年9月に文藝春秋から304頁のハードカバーで刊行された長編の歴史小説です。
この物語は第32回松本清張賞を受賞し、さらに第174回直木賞候補作ともなった作品であって、江戸時代後期の比叡山で起きた千日回峰行をめぐる僧たちの物語であり、その内容に圧倒されました。
『白鷺立つ』の簡単なあらすじ
玉照院の師弟はやんごとなき秘密を抱えていた。天明飢饉の傷痕いまだ癒えぬ比叡山延暦寺に、失敗すれば死といわれる千日回峰行を成し遂げようとする二人の仏僧がいた。歴史に名を残すための闘いは、やがて業火となり叡山を飲み込んでいくー。異形の本格歴史小説。第32回松本清張賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
『白鷺立つ』の感想
本書『白鷺立つ』は、寛政八年に比叡山で行なわれた千日回峰行から始まる二人の僧を中心とした愛憎の物語です。
舞台となっている比叡山延暦寺は、日本の天台宗の総本山であり、千日回峰行とは「比叡山山内で行われる、天台宗の回峰行の一つ」のことです( ウィキペディア(千日回峰行) : 参照 )。
作者住田祐の舞台背景の天台宗総本山である比叡山や千日回峰行という行事の描写は緻密であり人間描写も濃密であって、第32回松本清張賞を受賞し、第174回直木賞候補作になっています。
・仏教・天台宗の教えについては 「仏教・天台宗の教え | 天台仏青連盟について」
・「千日回峰行 (比叡山)」については 「千日回峰行 (比叡山)」
をそれぞれ参照してください。
話は変わりますが、北嶺千日回峰行に関しては、私がまだ若いころに、千日回峰行を達成した方がいるというニュースが流れたことを記憶しています。
それが多分ではありますが、1980年(昭和55年)と1987年(昭和62年)との二回にわたり千日回峰行を達成された酒井雄哉師のことだったと思われます( 千日回峰行関連旧跡 : 参照 )。
叡山の山道を飛ぶように走っている人物を見たのはニュースだったか、NHKで放送されたというドキュメンタリー映像だったかは覚えていません。
ちなみに、比叡山の「北嶺千日回峰行」に対し、奈良・吉野の金峯山寺で行なわれる「大峯千日回峰行」という荒行があるそうです。詳しくは下記を参照してください。
小説でも、山崎豊子の『不毛地帯』の中でメインのストーリーではありませんが、主人公のかつての軍人仲間の一人が比叡山延暦寺での千日回峰行を行う印象的な場面がありました。
本書を読むまでは、私は千日回峰行とは千日をかけて比叡山を歩きとおす行だと思っていたのですが、全くの思い違いでした。
単に一日約30㎞の山道を1000日間歩きとおす、というだけでも過酷と思うのですが、本書を読むと、現実はそれ以上の過酷さがあることがよく分かります。
話を元に戻しますが、こう書いてくると千日回峰行という行そのものがテーマになっているようにも思えますが、そうではありません。
本書の恃照と戒閻という二人の僧にとっては、回峰行は仏の道を究める手段であると同時に、二人が自分という存在を確認するため、また世間に対してその存在を主張するために行うものだと考えられるのです。
そこに千日回峰行という天台宗の行の過酷さを詳しく描き出すことにより、御仏に尽くし、万民の救済を願う僧たちの思いの強さを示しているようです。
主人公の恃照の師僧である玉照院憲雄は「天明三(1783)年に千日回峰行を満行し、記録上は十六人目の大行満大阿闍梨となった」とありますが、現実の記録によれば十六人目の大行満大阿闍梨は天明三年の玉照院「正憲」となっています。
つまり、憲雄なる僧は架空の存在であり、「正憲」なる実在した僧の存在を借りた人物像ということになります( 千日回峰行関連旧跡 : 参照 )。
もちろん、主人公の恃照及びその弟子の戒閻は虚構の存在だろうとは思っていたのですが、その師僧も架空の人物だったのです。
しかし、物語の展開上重要な位置にいる大行満大阿闍梨の正教坊聖諦や什善坊眞超、それに眞仁、尊眞などの歴代の天台座主は実在の人物のようです。
と、俗な関心から登場人物の実在性を調べてみましたが、あまり意味はないことでしょう。大事なのは、現実の立場を踏み外さない範囲での物語の中での役割であり、その行いです。
ある壁を乗り越えて回峰行に挑んだ二人の姿を描いている本書は、久しぶりに作者と登場人物それぞれに生きる人間の熱量を感じた作品でもありました。
本書で語られる天台宗の行、回峰行とは別の過酷さは尋常ではなく、にもかかわらず登場する僧たちは、天台宗の最高位である座主に至るまで、俗な一般庶民とあまり変わりのない姿を持つ人間として描かれています。
ですが、その俗な姿こそが本書の魅力の一つにもなっているように感じます。主人公の恃照も、その弟子の戒閻に至ってはそのままに嫌味な人間の姿を体現しているのです。
その点がいいのか悪いのかはわかりませんが、プロの眼を通して高い評価を得ているのですからそれいいのでしょう。
先に書いたように、受賞こそなりませんでしたが本書は第174回直木賞の候補作になっています。
でも、第32回松本清張賞は受賞しているほどに評価の高い作品であり、実際に読んでみてそのことが実感として感じられた作品でもありました。
特に、本書が作家デビュー作品だというのですから驚きです。作者の筆力はとても新人の運びではないと感じられます。
見事な作品でした、というしかありません。