辻堂 魁

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文庫

光文社


夜叉萬同心シリーズ(2018年06月28日現在)

  1. 冬かげろう
  2. 冥途の別れ橋
  3. 親子坂
  1. 藍より出でて
  2. もどり途

 

本『夜叉萬同心シリーズ』は、『風の市兵衛シリーズ』が一躍人気シリーズとなった辻堂魁のデビュー作品を含む、言わば「殺しのライセンス」を持つ凄腕同心が活躍する、痛快時代小説です。

 

 

主人公は、萬七蔵という名の隠密廻り方同心です。第一作の『夜叉萬同心 冬かげろう』では、「今年四十歳。北町奉行所定町廻りを拝命して三年。文化元年には隠密廻り方を拝命して、さらに二年四カ月がたっていた。」との説明があります。

七蔵が十歳のときに同じ北の定町廻り方だった父親・忠弼を捕縛した兇徒仲間の意趣返しによって亡くし、翌年に母親も身罷り、以来元同心の老いた祖父清吾郎と二人暮らしで育っています。

剣は一刀流の富田道場に通い、若干十六歳で師範代をも務める技量に達していたほどの腕前です。また、二十三歳で遠い親戚筋の妙を娶りますが、五年後には流行り風のために急逝し、七蔵が二十九歳のときには祖父・清吾郎を亡くしています。

当初、七蔵の本所・深川界隈の悪所に自ら入り込み、そこで得た情報をもとに犯人を追いつめる徹底した現場主義的な手法は強引に過ぎるとして評判は悪かったといいます。しかし、そのために本所・深川の顔役の間では、夜叉のごとく情け容赦ない夜叉萬と呼ばれる存在になっていました。

そうした働きに目をつけたのが今の北町奉行の小田切土佐守直年であり、直接に奉行の命で働く存在として抜擢され、隠密廻り方を命じられたのです。

その七蔵の手下として、築地は木挽町の地本問屋・文香堂の倅の樫太郎がいます。この樫太郎は、去年まで髪結いを営んでいる嘉助が、使って欲しいと連れてきた若者でした。

それにもう一人、六年前まで女掏摸をやっていましたが、父親の死をきっかけに北町奉行の内与力である久米信孝の手下として働いていたお甲という女がいます。二年前に七蔵の仕事を手伝ったことで、その事件の残党から命を狙われ、久米が上方へ逃がしていたものでした。

七蔵は、「権力や地位に胡坐をかいて奉行所の役目である捕縛の役目を果たせない犯人」をそのままにしておくことはできないという北町奉行の意を受けて、犯人を切り捨てることも暗黙のうちに認められているのです。私らの世代では言わば「殺しのライセンス」を持つ男ということになります。

「殺しのライセンス」という言葉は、大ヒット映画の主人公、007というコードを持つジェームズ・ボンドの持つ殺人許可証のことであり、この映画以降、正義のために悪人を殺すヒーローの設定では常に使われていた言葉です。

役人ではありませんが、弱者のために強者を倒すという設定は、 池波正太郎の『仕掛人藤枝梅安』にも通じる普遍的な設定なのかもしれません。

 

 

そもそも、萬七蔵は同心職であり、その職分は町方に限られ、侍には及びません。主を持たない浪人者は町方の担当だったと言いますが、そうではない主持ちの江戸勤番侍や、旗本らの犯罪行為はその侍の主筋の目付などの職務であり、奉行所の手は届かないのです。

しかしそれでは理不尽に殺された市井の町人らは二重に殺されることになると土佐守は言います。一度は犯人に、二度目は奉行所に殺される事になるのです。そうした泣き寝入りするしかない弱きもののために七蔵は夜叉になるのです。

 

特に、シリーズ二作目以降は世の中の弱者の悲哀を前面に描き、非道に対する果せぬ仕置きを代わりに執行する男としてのヒーロー的存在としての萬七蔵という色合いが濃い物語になっています。

この作者の、弱者の救済というよりも、虐げられた市井の人たちの恨みを晴らす立場に近い主人公を描いたシリーズとして『日暮し同心始末帖シリーズ』があります。こちらは、本『萬万蔵シリーズ』と世界観を共通にするものの若干ですが哀切の度合いが低く、より『風の市兵衛シリーズ』に近いのではないかと思っています。

 

 

いずれにせよ、このシリーズもかなり面白いシリーズとして育ってきています。

[投稿日]2018年06月28日  [最終更新日]2018年9月24日
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