『夜叉萬同心 藍より出でて』とは
本書『夜叉萬同心 藍より出でて』は『夜叉萬同心シリーズ』の第四弾で、2014年6月に学研M文庫から文庫本書き下ろしで刊行され、2017年6月に光文社時代小説文庫から316頁の文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。
『夜叉萬同心 藍より出でて』の簡単なあらすじ
舟運業者らが開いたご禁制の賭場から大金が奪われたとの噂が流れ、次いで勘定奉行所の役人が殺された。萬七蔵は事件の探索を始めるが、そんな中、かつての親友・連太郎が訪ねてくる。七蔵は再会を喜ぶも、友の様子は微妙に変化していた。やがて友に関する重大な事実が明らかになり…。納涼花火の夜陰に紛れ、暗躍する勢力と七蔵が対決する。傑作シリーズ第四弾。(「BOOK」データベースより)
序 落とし前
千住上宿で行われた舟運業者の定例の会合が三人組の押し込みに遭い、舟運仲間行事役頭取の川路屋九右衛門と両国界隈では顔利きの馬之助という男が会っていた。
第一章 別嬪さん
倫が行方不明になった。翌日、内与力の久米信孝から千住宿での押し込みの噂を調べるよう命が下る。しかし、被害者の筈の川路屋らはそういう事実はないという。その帰り、何かと噂のある馬之助が川路屋へ行く姿を見た。
その馬之助は白闇の連こと平一と会っていたが、平一は一匹の迷い猫を抱えていた。
第二章 藍より出でて
平一は別嬪さんと呼ぶ猫を連れたまま、依頼通り角丸京之進を殺害していた。屋敷に帰った倫は七蔵を角丸殺害の現場へと連れていく。その夜、佐賀町の船頭浅吉は殺され、貧乏御家人の脇坂多十郎も襲われた。
家へ帰った七蔵を待っていたのは、亡くなった妻妙の兄で、行方不明だった幼馴染みの桃木連太郎だった。
第三章 始末人
翌朝、七蔵の手下の嘉助が、角丸の仲間の船頭織の浅吉が殺されたと知らせて来た。その夜、七蔵は嘉助から三人目の男のことと、手下のお甲に命じていた押し込みの一軒の真偽とと馬之助について調べ、白闇の連という始末人の話を聞きこんできた。
第四章 千住大橋
馬之助は白闇の連からの残金の要求をはねつけ、連から襲われてしまう。一方。七蔵は始末人は必ず通ると、千住大橋で待つのだった。
桔 浮気者
事後の処理について久米から説明を受ける七蔵は、裏の事情は何も知らないふりをするのだった。屋敷に帰った七蔵は久しぶりに訪ねてきた音三郎に会い、倫のことを浮気者だとつぶやく。
『夜叉萬同心 藍より出でて』の感想
本書『夜叉萬同心 藍より出でて』は、『夜叉萬同心シリーズ』の第四弾となる、長編の痛快時代小説です。
前巻と同じく本書でも猫の倫が需要な役割を占めています。というよりも、倫が狂言回しとなり、物語を進行させているのです。その意味では、ある種ファンタジーの濃い物語とも言え、リアルな物語を求めている読者には受け入れられないかもしれません。
また、このシリーズはこれまで連作の短編からなっていましたが、本編は初の長編となっています。
物語が哀切な色合いを帯びているのはほかの巻と同様で、もしかしたら七蔵自身に関係する分、読みようによっては一番哀しみが深いと言えるかもしれません。
ただ、“白闇の連”と呼ばれる始末屋が、七蔵と張り合うほどの立ち合いの腕をどのようにして身につけたのか、その点だけは説明が簡単に過ぎた気がします。
江戸を飛び出し、やさぐれてあちこちの親分のもとで出入りで鍛えられたというだけでは、七蔵という剣の遣い手に並ぶほどの腕を持つ理由としては弱いでしょう。その点は残念でした。
その点を除けば、痛快時代小説として気楽に読み進めることができる作品だったと思います。
「日暮し同心」との共演を期待しますが、本書の時代を見ると奉行は小田切土佐守であって『日暮し同心始末帖シリーズ』の時代よりも前である以上、少なくとも今の七蔵の年代のままでは共演は期待できなさそうです。