辻堂 魁

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不浄な「首斬人」と蔑まれる生業を継いだ別所龍玄。父に代わって首打役の手代わりを始めたのは十八の春であった。親子三代の中で一番の腕利きとなった彼の元には、外には出せないお家の事情を抱える武家から、武士が屠腹するときの介添役を依頼されるようになる。凄惨な生業の傍ら、湯島無縁坂での穏やかな家族との日々。凛として命と向き合う、若き凄腕介錯人の矜持。(「BOOK」データベースより)

 

首切りをその業とする一人の若き天才を描いた、四編からなる連作の短編時代小説集です。

 

 
切腹
岩本錬三郎が旧主に新田開発について中止の上申書を提出したところ、無礼な振る舞いだとして領内からも追放され、江戸の知己を頼りもはや十年になる。しかし、岩本を信奉し教えを請いに来るものも多く、坂上家は岩本の影響力を恐れてか切腹を命じてきたのだった。

密夫(まおとこ)の首
北町奉行所平同心の本条の付き添いを受け、龍玄は北町奉行から尾張家松姫のお輿入れお道具の小さ刀のお試し御用を申し付かった。その日、新たに設けられた仕置き場には二十三歳になる小伝馬町の畳職人の明次が死罪のお裁きが下されていた。

捨子貰い
龍玄は、打ち首になった幼馴染みの倉太郎からの、豊島郡の十五郎から妹のお陸とその乳飲み子の駒吉を救い出してほしい、との伝言を受けた。幼いころの龍玄と倉太郎との約束を守ってほしいというのだった。

蔵の中
寛政元年師走大晦日、名門の旗本朝比山家の百助が亡くなった。朝比山万之助は、最初に訪れた植村隼人という縁者、百助の湯かんをしている朝比山家の家老松田常右衛門らを斬り、そこに現れた祖母の永寿院に対し、自分は別所龍玄の介錯しか受けぬと言い放つのだった。
 

「首斬人」と言えば、まずは山田浅右衛門の名が浮かびます。「首切り浅右衛門」などとも呼ばれていました。

私が「首切り浅(朝)右衛門」に接したのは漫画が最初でした。小池一夫原作、小島剛石画の『首切り朝』というコミックがそれです。このコンビの漫画はほかにもいろいろと読みました。高名なところでは『子連れ狼』があり、山田浅右衛門はこの作品にも登場していたと思います。

 

 

小説でも鳥羽亮『絆 山田浅右衛門斬日譚』など多くの作品があります。私もかつて山田浅右衛門を描いた作品を読んだ記憶はあるのですが、残念ながら作者、タイトル共に覚えていません。

 

 

山田浅右衛門と言っても、その名は代々受け継がれていたようで、先に述べた小島剛石画の『首切り朝』は三代目吉継が描かれており、鳥羽亮『絆 山田浅右衛門斬日譚』は七代目吉利を主人公としているようです。

 

そして、本書辻堂魁著の『介錯人』です。本書の主人公別所龍玄も山田浅右衛門と同様に、罪人の首打ちと首を討たれた罪人の死体を使った試し斬りを行い刀剣の鑑定などを行い、収入源としていたとあります。つまりは山田浅右衛門の存在と似た存在です。

しかしながら、共に浪人ではあっても山田浅右衛門は将軍家御腰物御試しという御用があり、一方別所家は牢屋敷の首打人でした。

ただ、龍玄の父勝吉は介錯の経験はないものの、介錯の経験がある祖父の別所弥五郎を侍として誇らしく思っており、自らがさる譜代大名家からの殿様の差料の試し斬りと鑑定の依頼を承ってからは「介錯人・別所一門」を称し始めます。

つまりは、罪人の首切り人はあくまで不浄の御用、職務ですが、武士の切腹の場での介錯は、侍の死に際しての作法に組み込まれた儀式の担い手であり、誇るべき御用だったと思われます。

 

主人公が人の命を直接に奪う「介錯人」であるためか、本書のトーンは非常に低いところで推移しています。重苦しい、という言わけではありませんが、本書の主人公別訴龍玄が感情の起伏を見せていないように、本書の雰囲気も低めのトーンのままなのです。

辻堂魁という作者の他の作品で『仕舞屋侍』というシリーズがあります。その作品では十二歳の童女の“お七”という娘が主人公九十九九十郎の世話をするのですが、この娘が少々重い物語の雰囲気を和らげ、物語自体の暗さを救っています。本書では、龍玄の妻と幼い娘がその役割を担っているのです。

 

 

本書の主人公別所龍玄という介錯人については、2015年3月に宝島社から『介錯人別所龍玄始末』という作品が発表されています。

そして、その「内容紹介」に、「風の市兵衛」シリーズに登場する敵役、という一文がありました。私は全く覚えていなかったのですが、『風の市兵衛シリーズ』の第四弾『月夜行』に登場するそうです。

 

 

本書がシリーズ化されるものかどうかはっきりとはしませんが、是非シリーズ化されることを期待したいものです。

[投稿日]2019年04月11日  [最終更新日]2019年5月21日
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ひとりの若き天才の生き様――『介錯人』著者新刊エッセイ 辻堂魁
介錯人・別所龍玄の物語は、「士分でござる」「槍ひと筋の者でござる」と高らかに言い聞かせる士分、あるいは槍ひと筋の者が、いかなる者かを考えたときから始まった。

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