タイトルを読んですぐわかる通り主人公は盗人です。しかし娯楽小説としての本書からすると、ピカレスク(風)小説と言うべきなのでしょうか。ここらは、「ピカレスク小説」という言葉の定義の問題になってくるので、これ以上は立ち入りません。
本書の主人公は、斎乱之介という二十八歳の男です。この男、元は孤児でしたが、人買いから逃げ出したところをお杉という遣り手の女に買われ、そのお杉から斎権兵衛という小人目付頭が買い取り息子のように育てます。その後、後に明らかにされる経緯により、今では義賊となっているのです。
この主人公の敵役として登場するのが、妖怪と呼ばれた鳥居甲斐守です。時代小説の悪役としては定番の人で、老中である水野忠邦の行った天保の改革の際に苛烈な取り締まりを行ったことで江戸市民の反発を買った人物として知られています。
その鳥居甲斐守の手足となって働くのが北町奉行所定町廻り方同心の大江勘句郎であり、その手下で深川八幡界隈の地廻りの文彦という手下です。
また本書では、主人公とその敵役という二本柱のほかに、甘粕親子という存在が設けてあるのが特徴的です。主人公の直接の憎まれ役としての鳥居甲斐守や大江同心がいますが、もう一つの柱として今の公儀十人目付である甘粕孝康がおり、また今は隠居して孝康にその地位を譲った甘粕克衛とがいるのです。
端的に言うと、このシリーズは辻堂魁のシリーズものの中では他のシリーズに比べると魅力的とは言い難い物語です。
それは、主人公の生い立ちについての設定が少々安易に過ぎると思われたり、敵役である鳥居甲斐守があまり魅力的とは言い難い、ステレオタイプな悪漢像に終わっているなど、種々の原因があると思われます。
勿論、単に乱之助と鳥居甲斐守という善悪の対立ではなく、そこに甘粕親子という、主人公の対立存在ではあるけれども正義の味方、というピカレスクものだからこその第三者を登場させていたりと読み応えのありそうな設定が為されていたり、工夫はされていると思います。
しかしながら、どうしてもストーリーも含めて他のシリーズほどには引き込まれません。辻堂魁の小説としての面白さは持っているのですから、少々残念な気がします。
ただ、本書の出版年が2011年7月だということを考えると、未だストーリーの構築が未熟だと考えられるのかもしれませんが、『風の市兵衛シリーズ』の第一作『風の市兵衛』の出版年が2010年3月ですから、一概に出版年のせいだとも言えない気もします。
蛇足ながら、ピカレスク小説という側面から時代小説を見ると、まずは池波正太郎が盗賊雲霧仁左衛門を主人公に描いた『雲霧仁左衛門』を思い出しますし、世のために殺人を請け負う『仕掛人・藤枝梅安シリーズ』もありますね。
これらの作品はあらためて内容を説明するまでもないほどに高名な作品で、池波正太郎の代表作としてテレビドラマ化、映画化と接する機会も多い作品です。ふた昔も前に数作品を読んだだけなので、あらためてまた読みなおそうかと思っています。
また近年の作者で言うと田牧大和の『鯖猫(さばねこ)長屋シリーズ』があります。かつて≪黒ひょっとこ≫として名を馳せた義賊が、今は猫の絵かきとして、猫のサバが一番偉いと言われる鯖猫長屋に住まい、持ち込まれるさまざまな難題を猫のサバの力を借り、というよりサバに指示されて解決していくというファンタジックな人情時代劇です。
もしかしたらこのシリーズはピカレスク小説というよりは、単に人情時代小説というべきかもしれません。それほどに悪漢としての側面は無く、人情話が前面に出ている小説です。