『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』とは
本書『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』は『夜叉萬同心シリーズ』の第二弾で、2008年3月にベスト時代文庫から文庫本書き下ろしで刊行され、2017年4月に光文社文庫から317頁の文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。
『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』の簡単なあらすじ
北町奉行所の隠密廻り方同心・萬七蔵は、「夜叉萬」と恐れられる存在だ。永代橋崩落の大惨事に揺れる江戸で、押しこみ強盗の末に一家を惨殺する卑劣な窃盗団「赤蜥蜴」の探索をすることに。直近の襲撃のみ、一味のやり口が変化していることに七蔵は戸惑うが、そこから導き出されるのは意外な真実だった。人間の業や情愛、運命を鮮やかに描き出す、シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)
『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』の感想
本書、辻堂魁著の『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』は、『夜叉萬同心シリーズ』の第二弾となる、連作短編の痛快時代小説です。
この『夜叉萬同心シリーズ』は、クールな主人公萬七蔵が世の悪を懲らしめ、非道を正すという、まさに痛快時代小説の王道をゆく作品であり、本書では、文化4年(1807年)に起きた永代橋の崩落事故にまつわる三つのエピソードが語られています。
まず、「序 崩落」では、ある男が必死で逃げている最中に崩落事故に巻き込まれ、あるものを隠す様子が描かれています。
次いで「第一章 がえん太鼓」では、七蔵は崩落事故で行方不明となっている万吉という臥煙を探すように命じられます。七蔵らが調べると、そこでは定火消しの斉東家らが言うこととは異なり、高圧的な臥煙らの横暴な振る舞いが問題となっていた事実が浮かび上がるのでした。
そして「第二章 川向うの女」は、御公儀番方徒組三番組御家人・林勘助の溺死体が上がったことから、七蔵がその探索に乗り出します。崩落事故で行方不明になった妻袈裟を探す勘助の姿、そして一人の女を助けたある男の姿が浮かび上がってきたのでした。
また「第三章 散茶女郎の小判」では、残虐な手口で恐れられている「赤蜥蜴」と名乗る押し込みの一団を追う七蔵の姿があります。冒頭「序」で描かれた崩落事故は、事故の様子を描き出すとともに、この物語へとつながっていたのでした。
こうして永代橋の崩落事故にまつわる三つの物語が描かれるのですが、そこにあるのは、第一章では樋口屋という釘鉄銅物の問屋に降りかかった悲運であり、第二章では御公儀番方徒組三番組御家人・林勘助とその妻の袈裟の悲哀です。
これらの哀しみに隠された非道を暴き、懲らしめるのが萬七蔵とその仲間たちなのです。奉行からの切り捨て御免の暗黙の了解を得ている七蔵は、悪を前に思い斬り剣の腕をふるいます。
一方、七蔵の屋敷では、行儀見習いとして入った叔母由紀の孫娘で十三歳になる文がいて、明るさを増しています。
また、第二章で登場した猫の倫が七蔵の家に住み着いたようで、文と梅に可愛がられる姿などが描かれていて、こうした描写は、殺伐とした内容が描かれることが多いこのシリーズの、息抜きともなっています。
また、このシリーズの第一巻『夜叉萬同心 冬かげろう』でも登場した鏡音三郎という男が今回も登場しますが、町娘の綾が音三郎に対し抱く愛情の場面などは実に爽やかであり、清涼剤ともなっているようです。
ここらは『日暮し同心始末帖シリーズ』での主人公日暮龍平の家庭の描写がいつも前を見つめていて希望を示していて、暗くなりがちな物語に明るさをもたらしているのと同じで、定番の手法だとは言えうまいものです。