『夜叉萬同心 冬かげろう』とは
本書『夜叉萬同心 冬かげろう』は『夜叉萬同心シリーズ』の第一弾で、2008年3月にベスト時代文庫から文庫本書き下ろしで刊行され、2017年3月に光文社文庫から335頁の文庫として出版された、長編の痛快時代小説です。
『夜叉萬同心 冬かげろう』の簡単なあらすじ
北町奉行所の隠密廻り方同心、萬七蔵は、目的遂行のためには手段を選ばぬやり方から、「夜叉萬」と呼ばれ密かに恐れられていた。脂粉の香りを残し去ってゆく辻斬りの探索の過程で七蔵が見た卑劣な真実とは―。七蔵のふるう豪剣は、誰を斬り、何を裁くのか?悪道を歩む人間を見つめ、その因果や定めを鮮やかに描き出す、名手による時代小説、超絶の醍醐味ここにあり。(「BOOK」データベースより)
『夜叉萬同心 冬かげろう』の感想
本書『夜叉萬同心 冬かげろう』は、『夜叉萬同心シリーズ』第一弾の連作短編の痛快時代小説です。
最初読んだときのメモを見ると、この作家の『風の市兵衛』シリーズの面白さからしてかなりの期待を持って読んだのですが、残念ながら期待に応えた作品ということはできませんでした、と書いています。
しかし、今回再度読み返して見ると、それほど捨てたものではないと思うようになりました。それは、『日暮し同心始末帖シリーズ』を読み、少しだけですが萬七蔵が登場していたのに驚き、再度本書を読んだことからそう思ったのかもしれません。
つまりは、読んだ時の私の気持ち次第で作品の面白さが変わったわけで、私の読書歴もあまり大したものではない、という証左かもしれません。以下はその時の文章をそのままに載せてあります。
北町奉行所隠密廻り同心である萬七蔵(よろずななぞう)は、一刀流の免許皆伝という腕前を買われ、奉行直属の隠密御用を命じられている「殺しのライセンス」を持つ同心です。
旗本の部屋住み連中の集まりである「紅組」の乱暴狼藉を懲らしめる典型的な勧善懲悪の物語の「桜花」、瑞龍軒清墨という絵師が暗黒亭黒主という号で描いていた春画を巡る事件の「かどわかし」、磐栄藩用人の斎藤弥兵衛という侍から’蜉蝣’と呼ばれている辻斬りを切るように頼まれる「冬蜉蝣(ふゆかげろう)」という三つの物語です。
振り仮名交じりの漢字を多用し、細かなところまで描写されている文章が目につくのですが、残念ながら物語の内容にまでは関心が移りません。普通の時代小説でしかない、と感じてしまいました。残念ながら、辻堂魁という作者の魅力が発揮された物語ではありませんでした。
というのも、本書『夜叉萬同心 冬かげろう』は辻堂魁のデビュー作だったのです。魅力的な物語である『風の市兵衛シリーズ』は、本書の二年後に書かれていますので、少なくとも2014年6月の時点では第四作が出ている『風の市兵衛』シリーズは面白さが一段と増していることでしょう。
本書は痛快時代小説と言っていいのでしょう。
似たような設定の小説としては鳥羽亮の『剣客同心シリーズ』が思い浮かびます。正面から殺しの許可があるわけではないのですが、当初は見習い同心であった主人公の長月隼人も、第一作目の終わりには定町廻り同心となり、悪から恐れられる同心となっていきます。
以上が最初に書いた時の文章です。
しかし、感想文であるはずなのに、重要人物として鏡音三郎という侍が登場しているのにそのことには何も触れていないのは問題でしょう。
この鏡という人物は、永生藩の藩内の争いに深く絡んでいて、なにより町娘の綾との淡い恋心が描かれ、本書のストーリーに深くかかわる重要な人物です。ましてや、このあとのシリーズにも登場し、七蔵らを手助けもする役目もあるのです。
ただ、本書に登場した当初の印象は紅組になぶられているだけの男で頼りない存在でした。しかし、そのうちに、それなりの剣を使い七蔵らを手助けするようにもなります。
本書『夜叉萬同心 冬かげろう』以降、次第に辻堂魁という作家の作品の深みが増している様には思います。多くの作品を書くうちに文章も練れてきたのではないでしょうか。
とにかく、痛快時代小説の書き手として注目すべき作家さんであることには間違いありません。
ちなみに、私が読んだのはベストセラーズ から出版されているベスト時代文庫(2008/2/20)版の『夜叉萬同心 冬蜉蝣』でした。ところが、その後、学研M文庫から『夜叉萬同心 冬かげろう』が出て、現在は光文社時代小説文庫から『夜叉萬同心 冬かげろう』として出版されています。