ベストセラー作家辻堂魁による、読売屋を主人公とする長編の痛快時代小説シリーズです。
主人公は名を水月天一郎といい、築地の読売「末成り屋」の主人です。年は三十歳。
主人公の父親は三百石の旗本で、気の荒いと評判の御手先組の水月閑蔵というヤクザな男でした。
母の孝江によると、この父親は長身痩躯に鮮やかな黒が似合う優男だったといいます。しかし、剣はつかえたものの、酒と博打と喧嘩に明け暮れ、女との浮名も絶えないなか、賭場の喧嘩が元でということになっている闇討ちに遭い命を落としたのだそうです。
天一郎はその父親に似ているらしく、天一郎という名前も父親の閑蔵が賽子の一天地六の目からつけたといいます。
父親の死後天一郎は、色黒のしかめっ面で小太り、金に吝く、旗本千五百石の家禄だけが取り柄の、容姿も人柄も評判の悪い男だった村井五十左衛門のもとに、後添えとして入った母親の孝江に連れられて村井の家へ入りました。
五十左衛門には先妻との間に静香、秋野、珠紀という三人の娘がいましたが、天一郎はこの三人に冷たい目で見られるばかりだったことを覚えています。
父親によく似ているという天一郎は、二十二歳の折に五十左衛門のもとを飛び出し、読売屋の末成り(うらなり)屋となりました。
その後、彫師であり摺師の鍬形三流や、下絵描きと表題や引き文句の飾り文字などを受け持つ錦修斎、売り子の唄や和助らと共に末成り屋を営んでいます。
鍬形三流は本名を本多広之進といい、本所の御家人・本多家の次男で二十九歳です。十五歳の時に養子に出され彫りと摺りの修行に励みましたが喧嘩をして欠け落ち、芝新町の船宿汐留の女将・お佳枝の世話になっていました。
錦修斎は、御徒町の御家人・中原家の三男で本名を中原修三郎といい、木挽町の裏店で町芸者のお万智と暮らしている三十歳です。六尺を超える長身で、長い総髪を束ね背中に垂らしています。用心槍を自在に使う腕達者でもあります。
唄や和助は、芝三才小路の御家人蕪城家の四男で二十四歳。本名を蕪城和助といいます。十二、三歳のころから盛り場を徘徊する悪童だったそうで、天一郎に自ら売り込み売り子として雇われました。剣術も学問も駄目で、得意は唄と女だそうです。
そして、姫路酒井家江戸家老・壬生左衛門之丞の息女である美鶴という娘が花を添えています。
また、壬生左衛門之丞の相談役であり養育掛の島本文左衛門がお目付け役として美鶴につけた、文左衛門の孫娘のお類という十三歳の娘がいます。
このほかの重要人物として、南小田原町に住む座頭の玄の市がいます。天一郎たちが《師匠》と呼ぶ玄の市は、目は見えなくても指先の肌触りで字を読み、算盤をはじくのは字を読むより楽だといいます。
玄の市は、小商人や貧しい庶民からは定めの利息以外はとらなかったし、厳しい取り立てもやりません。長い目で見れば結局は自分の稼業のためになるというのでした。
そもそも、玄の市の数寄者心から修斎と三流を居候させていたのですが、そこに、天一郎と玄の市との付き合いが始まり、天一郎とこの二人との交流も始まったのです。
こうして、玄の市は自分の持ち物である築地川堤の古びた土蔵を提供し、天一郎らが末成り屋を始める元手を用立てたのでした。