『夜叉萬同心 本所の女』とは
本書『夜叉萬同心 本所の女』は『夜叉萬同心シリーズ』の第六弾で、2019年4月に光文社時代小説文庫から326頁の文庫本書き下ろしで出版された、長編の痛快時代小説です。
『夜叉萬同心 本所の女』の簡単なあらすじ
夜叉萬と綽名される北町奉行所の隠密廻り方同心・萬七蔵。その御用聞を務める元女掏摸のお甲は、幼い頃に自分を捨てた母・お泉と再会。お泉から、岡場所より消えた武家の内儀を捜してほしいと依頼される。一方、七蔵は本両替商の手代・惣三郎が行方不明となった事件を追うが、二人はやがて、暗い欲望を持つある男の元へ辿り着く―。名手による傑作シリーズ!(「BOOK」データベースより)
序 落葉
夜叉萬の手先を務めるお甲は、お泉の夫だという丸之助という男と共にいた本所の河岸通りの一軒の出茶屋で、出茶屋のおかみ夫婦と二人の幼子に気持ちが晴れるのを感じていた。
第一章 二つの失踪
その日萬七蔵は、北町奉行小田切土佐守直年の直々の命により、行方不明になっている日本橋本両替町の金銀御為替御用達である嶋屋の惣三郎という手代の行方を探ることになったが、調べるにつれ、有能と言われていた惣三郎の裏の顔が見えてくるのだった。
一方お甲は、幼いころに自分を捨てて以来会う母親のお泉から、行方不明になった女郎を探してほしいと頼まれる。その女郎は武家の妻女であり、探索を公にはできないというのだ。
第二章 おはや
惣三郎の行方を探っている夜叉萬は、惣三郎が岡場所だけではなく、吉田町の丹右衛門の賭場でも遊んでいたという事実を探り出していた。
また、お滝の行方を探っていたお甲は昨日訪れた大川端の出茶屋にいた。ところが、そこに四人の侍が現れ、出茶屋のおかみのおはやを相手にした仇討ちが始まるのだった。
第三章 悉皆屋
翌日、砂村新田の海辺で簀巻きにされた嶋屋の惣三郎の亡骸が見つかった。丹右衛門が被った損害という新たな情報と合わせると、丹右衛門の仕業とも思われた。
一方、お甲はやはり御家人の女房だった二人の夜鷹が行方不明になっていたこと、そしてそれが悉皆屋の百次という男が怪しいという話を聞き込む。
結 別離
萬七蔵は久米信孝とともに、おはやのその後の処理のために松江藩の屋敷へとやってきていた。また、お甲は大川端の出茶屋へと来ていた。
『夜叉萬同心 本所の女』の感想
本書『夜叉萬同心 本所の女』は、『夜叉萬同心シリーズ』の第六弾となる長編の痛快時代小説です。
本書では、まず萬七蔵に関連しては嶋屋の惣三郎の失踪事件があり、次いでお甲に関しての、幼い頃にお甲を捨てた実の母のお泉との話とそのお泉から頼まれたお滝という女郎の探索の話があって、更におはやという敵持ちの女の話という、都合三つの話が語られていて盛沢山です。
そして、そのどれもが切なさにあふれた物語となっているのですが、夜叉萬の出番としては半分ほどしかありません。もちろん、見せ所の七蔵の剣劇の場面はちゃんと用意してあり、そうしたメリハリはきちんとつけてあります。
ただ、重要な登場人物である悉皆屋の百次という男が第三章に至って突然登場してきたのには、若干違和感を感じないではありませんでした。
たしかに本『夜叉萬同心シリーズ』は謎解きをメインとする捕物帳ではありませんが、それでもこれだけ重要な人物が突然登場するというのは不自然という印象は持ちました。
ただ、お甲に関しての三つの物語は一般受けする通俗的な話と言えるでしょうが、個人的にも決して悪い印象は持てずに、哀切感の漂う物語として嫌いではありませんでした。
それが夜叉萬の物語として適当かどうかはまた別の話です。
何よりも、本巻は前巻から二年以上の間をおいての『夜叉萬同心シリーズ』の新刊です。このシリーズがいまだ続いていることを喜びたいと思います。